2 原初の魔導巨兵
この惑星には、五つの大陸がある。
魔法帝国の皇帝が「我々がいる場所こそ世界の中心である。この大地こそが中央大陸なのだ」そんな千年前の自分勝手な皇帝の発言によって、五つの大陸には名前が付いた。
魔法帝国があった大陸を中央大陸と呼び。
周囲にある四つの大陸にはそれぞれ、東方大陸、西方大陸、南方大陸、北方大陸の名が付けられる。
あくまでこれは、人種族=人が知る世界の話だ。
旧星暦時代に比べれば、人種族が知る世界は狭く、五つの大陸の外には未踏の大地が広がっている。
五大陸のひとつ、西方大陸で新たな戦争が起ころうとしている。
西方大陸は、ヒョウタンの実に似た形をしており、大陸の南側、下半分で二つの勢力が睨み合っていた。
ひとつは、西側諸国を集めた複数の国からなるアムルシアン連邦。
もうひとつは、古い歴史を持つ東側にある大国シルビルード。
二つの勢力の間には、どちらにも属さない国がいくつもあり、バーディガン王国もそんな国のひとつだ。
アムルシアン連邦と大国シルビルードが緊張状態になってから既に二年。
両国の間にあったバーディガン王国は、どちらにつくでもなく曖昧な態度でのらりくらり、両国からの協力要請を躱しつづけていた。
バーディガン王国の王と貴族たちは、心のどこかで睨み合うだけで戦争にまで発展することはないだろう、そう高を括っていたのだ。
しかし、両国の緊張状態は日に日に高まり、バーディガン王国の国境に両勢力が進軍、圧力をかける。
結果、王と貴族たちは、民の命は出来るだけ保証するが、王と貴族の地位は剥奪するとしたシルビルードではなく、王と一部の貴族の地位の保証と、王たちに逃亡先を用意すると約束したアムルシアン連邦の手を握る。
王と貴族は、民にとって最悪の選択をした。
王は言った。
「ふん、民が王の為に死ぬのは当たり前だ。それなのにシルビルードは、余の高貴な血を絶やすと世迷言を言ったのだ。余が生き延びれば国など幾らでも建てなおせる、アムルシアン連邦と手を結ぶのは当然だ」
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新星暦一二三八年六月――西方大陸バーディガン王国、要塞都市ワグナウア。
ワグナウアは、シルビルードとの国境に近い要塞都市で、アムルシアン連邦軍とバーディガン王国軍の共同部隊が展開、開戦の準備をすすめていた。
「王様がバカだと国民は苦労しますね」
「軽率な発言は控えろ。バーディガン王国は、アムルシアン連邦の手を取った同志だぞ」
「隊長は真面目っすね。それにしても、未だに『ガラカム』みたいな年代物の魔導巨兵が現役なんですね」
「俺たちが駆る『マルクト』には劣るが、『ガラカム』とて悪い機体ではないさ。素体となる巨人樹は『マルクト』と同じボルゲン種だしな」
魔導巨兵『マルクト』。アムルシアン連邦が、中央大陸より長命種のひとつエルフ族の魔導巨兵設計者リーゼ・リッター博士を招聘して、新星暦一〇五七年に完成させた、重装甲型の量産型魔導巨兵である。
装甲には、養殖が容易な甲長五メートルを超える陸亀、ギガントトータスの甲羅を使い、心臓や操縦室を守る部分には、より硬いミスリルと呼ばれる魔法鉱石が使われている。
色は基本深緑だが、色だけ塗り替えた特別機も確認されている。
重装甲型というだけあって、全体的にボリュームがあり、素体につかわれている巨人樹属ボルゲン種は、巨人樹の中でも樹形が太く、装備重量限界値が高い重装甲型向きの品種である。
成樹までの成長期間も七~九年と早く、オーガ属でリーダー級以上の魔物の心臓であれば拒否反応を起こしにくいという部分も相まって、世界で最も多くの量産機に使われているのが、このボルゲン種だ。
ただし、相性の良い素材が限られていることもあり、専用機製作には不向きである。
ボルゲン種の樹高は二十メートル前後あり、木だけに魔導巨兵の身長も一律ではない。
ボルゲン種を使った機体は、太い樹形もあり、体格のいい人が全身鎧を着たような姿をしている。
魔導巨兵『ガラカム』。新星暦八〇〇年代にエルフ族が輸出用としてデザインした魔導巨兵だ。設計者は公表されていない。
素体は、『マルクト』同様、巨人樹属ボルゲン種を使い、装甲にはハーミットクラブという森の奥地に生息する巨大蟹の甲羅が使われている。
ハーミットクラブの甲羅は、ギガントトータスの甲羅よりも脆く、一世代前の魔導巨兵に使われていた素材である。
大国が払い下げた中古機体も多く出回っており、小国の軍隊ではまだまだ現役として使用されている。
バーディガン王国で使用する機体は曇った赤茶色、葡萄色に統一されている。
「てか、本当にシルビルードはくるんすかね」
「偵察部隊が、ギガントトータスが引くドールキャリアを確認している。案外、今日あたり開戦するかもしれんぞ」
「隊長、そういうこと言っちゃうと、本当に戦争がはじまっちゃいますよ」
会話の直後、金属同士が激しくぶつかる鈍い音が響く、同時に地面が揺れた。
離れた場所に立つ魔導巨兵『ガラカム』二機が突如崩れ落ちる。
「何があった」
倒れたガラカムの近くにいた兵士に向けて、通信魔法を飛ばす。
「矢です。ガラカムのコックピットが一撃で射抜かれました」
「マシンドールの装甲を射抜くことが出来る矢など……いや、月弓なら可能か、全部隊へ連絡しろ。原初の魔導巨兵『月弓』が、第四王女グレース・シルビルードがいるぞ。小盾装備のマシンドールは、至急大型の盾に換装しろ」
シルビルード軍の強襲型魔導巨兵『ホーンウルフ』の大群が闇夜に紛れて押し寄せる。
強襲型魔導巨兵『ホーンウルフ』。マシンドールの中では珍しい四足歩行の獣型魔導巨兵である。
素体は、獣に似た樹形をしたバウガンド種。心臓はレッサーフォレストフェンリルをはじめとしたオオカミ属の中位から上位の魔物、装甲は、『マルクト』は同じギガントトータスの甲羅を使っている。
その姿は、鎧を着た巨大な狼で、体高六、七メートルと、二十メートル前後はある『マルクト』や『ガラカム』に比べるとかなり小さく見える。
シルビルードの自国生産機で、量産機の中でも人形遣いとの相性の幅が広い。
名前の通り、頭の先には交換可能な角型の槍が付いており、集団戦を得意としている。
「隊長、奇襲でバーディガンの連中完全に浮足立ってるっすよ。どうします、逃げますか?」
「バカもん。ここでグレース王女を討てば、今後の戦いが楽になる。名ばかりの要塞都市など敵にくれてやれ、俺たちは王女を討つ」
戦場を駆け回る騎馬隊が、『月弓』を見つけ閃光弾を打ち上げた。
「マシンドール同士がやり合う戦場を馬で駆け回るなんて、俺には真似できねーすよ」
「同感だな。かなり近い、騎馬隊の勇気に報いるぞ、近くにいるマシンドールは俺に続け!『月弓』を仕留める」
勝敗を左右する魔導巨兵同士の戦いがはじまった。
合計九機しか魔導巨兵がいない、アムルシアン連邦とバーディガン王国の共同部隊に対して、シルビルード軍は五十機近い魔導巨兵を用意していた。
しかも、一機は桁外れの力を持つ旧星暦の遺産、原初の魔導巨兵だ。
『ホーンウルフ』が、一般的な魔導巨兵に比べて契約しやすい機体というのも大きいだろう。
戦力差は大きく、一時間もしないうちに戦いは、シルビルード軍の勝利で幕を下ろした。
戦いの終了を告げるかのように、曇り空が晴れ、月明りが戦場を照らす。
丘の上に立つ、四本腕で二張の弓を持つ異形の魔導巨兵
足元には、『マルクト』と『ガラカム』、四機の魔導巨兵が転がっていた。
魔導巨兵を止めるには、足をすべて砕くか、胸にある心臓を貫くか、操縦室に座る人形遣いを殺すか、再利用を考えるなら人形遣いを殺すのが一番だ。
「『マルクト』は敵の新型ですし、出来ればライダーだけを殺したかったのですが……仕方ないですね」
「姫様、それは贅沢というものです。こちらのマシンドールの大破はゼロ、成果は上々かと」
「そうでしょうけど、せっかくならより良い結果を目指したいじゃないですか……まーいいです。帰りましょう、アドル」
「しかし、姫様、よろしいのでしょうか。部隊はこのまま西に進軍し、バーディガン王国の第六魔導巨兵工房をはじめとした重要拠点の制圧に向かうと聞いております」
「かまいません。お兄様に頼まれたのは要塞都市ワグナウアへの参戦だけです。それに第六魔導巨兵工房は既に閉鎖された工房だと聞いております。残っているのは、恐らく子供たちだけでしょう。バーディガン王国の子供たちは逃げられません、わたくしは、あなた方にも子供殺しをさせたくないのです」
「バーディガン王が持つ血統魔法『呪いの首輪』ですか、子供だけを土地に縛る呪いの鎖ですな」
「ええ、バーディガンの王は最悪で最低です。この戦争で、あの男の血統だけは必ず絶やさねばなりません」
バーディガン王が持つ血統魔法『呪いの首輪』。
バーディガンの土地で生まれた、十五歳以下の子供だけを対象とする魔法で、魔法を受けた子供は、課題をクリアするまで、指定された地域から出ることが出来ない。
まさに不可視の牢獄である。
不確かな情報だが、不可能と思える課題を達成した子供は、大きな力が得られるとも伝えられている。
※エルフ族やダークエルフ族がデザインした魔導巨兵は、『マルクト』といった意味不明の四文字の名前が多い、これは彼らが昔使っていた言葉の名残である。
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