16 改修型
読んでいただいてありがとうございます。
この話は、短編3話を書くつもりで書きました。
帰還したバンデル・ノワスの報告は、シルビルード軍上層部に大きな衝撃を与えた。
子供たちしかいないと考えていた第六魔導巨兵工房に、三機もの魔導巨兵が配備されていたのだ。
しかも、その三機は、スフィーロ種の特徴を持つ未確認機体である。さらに、『ホーンウルフ』が一機拿捕され、敵の戦力として利用されてしまったのだ。
少なくとも第六魔導巨兵工房には、四人の人形遣いがいることになる。
人形遣いが大人なのか、子供なのかも分からない。
簡単に制圧できると考えていた場所で、三機の『ホーンウルフ』を失い、貴重な二人の人形遣いまでをも失った。
予想だにしない、大きな痛手である。
上層部は、第六魔導巨兵工房の扱いを決めかねていた。
ベースキャンプは残し、当分の間は、兵士を交代で常駐させる予定だが、森の中に潜った兵士の話では、バンデル小隊が、攻略した際に作成した地図と、今のダンジョンでは、大きく道筋を変えているとの報告もあった。
魔導巨兵だけですら厄介だというのに、形を変えるダンジョンの攻略まであるとなれば、その面倒臭さは、一段も二段も跳ね上がる。
せめてもの救いは、バンデル・ノワスと『ホーンウルフ』の契約が切れたことだろう、最低三機のうち一機は、敵に利用される心配が無くなった。
大国シルビルードは、後に売りに出される、とある魔導巨兵によって、さらなる混乱を招くことになるのだが、それは少し先の話だ。
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最近の僕は、午前中サキ姉の手伝いをして、午後には、妹のララの手伝いをするといった毎日を送っている。
今日もララが研究をする、入り口に『5』と書かれた倉庫に顔を出した。
「リュカ兄ちゃん、今日もお手伝いありがとなの」
そばかすが目立つ顔をくしゃくしゃにして笑うララの頭を、僕はいつものように撫でた。
ララは、ここのところ、サキ姉とキキが使う、『ホーンウルフ』の新しい武器の開発に夢中だ。
一般的な武器製作は、鉄を叩いて伸ばして作る鍛造と、大量生産に向く、溶かした鉄を型に流し入れて作る鋳造の、どちらかなのだが、ララの製作方法は、そのどちらとも違う、錬金術を利用した方法だ。
助手である僕は、丸めて置かれた二メートル四方の布を、伸ばしながら床に並べていく。
紙などを丸めると、癖が付きなかなか真っすぐ広がらないのだが、この布は魔導具だ。
床に置くと、いままで丸められていたのが嘘のように、しわひとつなくピンと伸びる。しかも、隣に置かれた布は、元々一枚の布であったかのように連結し、つなぎ目さえも見えなくなった。
この布は、魔力保有量が多い魔物の血で染められた布で、創造と変化を合わせ持つ魔法文字が描かれている。錬金術師たちは、この魔法の布の上に、素材を置いて、自分のイメージに副った形に作り替える。
六メートル四方に置かれた魔法の布の上に、大量のルプスニウム合金の塊が置かれた。
ララは布の端に手を置き、目を閉じる。
ルプスニウム合金の塊は、生物のように何度も形を変えながら、ララが思い描く理想の形へと近付いていく。
徐々に塊は、巨大な短剣へと変化する。
ララが作っているのは、『ホーンウルフ』の両腕に装着する折り畳み式の短剣、可変式の短剣だ。
一から新しい武器を作るとなると、作業は一度では終わらず、かなりの時間がかかるのだが、今回はサキ姉が図面を用意したこともあり、数分で可変式の短剣が完成した。
武器をひとつ作るたびに、ララは『黒小鬼』に乗り込み、完成した武器を運ぶ。この作業の方が、武器作りより大変そうである。
こういうとき、僕が魔導巨兵に乗ることが出来れば、手伝ってあげられるのに、そう思ってしまった。
ルプスニウム合金製の武器は、この段階では、一般的な鉄の武器とそれほど硬さが変わらない。
しかし、魔導巨兵が触れることで、より硬さが増し、切れ味も良くなるのだ。
魔法の布を使った錬金術は、武器限定のモノでなく、基本、何にでも応用が効く、作り出すことが出来る物の種類が多ければ多いほど、その錬金術師は優秀だといえる。
ララは、僕らが使う武器は勿論、日用雑貨から衣服まで、作れない物の方が少ない。
首輪を喰い千切った後のララは、まさに天才錬金術師だ。
鏡で自分の首を見る。
おかしい、僕も首輪を喰い千切ったはずなのに、運動能力は人並以下。まー最近流行り病は患っていないし、少しだけ健康になれた気はする。
首輪が千切れる際に願ったことが問題だったのだろうか、ララの手伝い終えた僕は、外で草の上に横になりながら、星の海をぼーっと見つめた。
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ついに、バンデルが置いていった『ホーンウルフ』の改修が終わった。
巨人樹の加工は、心臓を抜き取った状態で行う必要がある。
原初の魔導巨兵のような、触る者を容赦なく絞め殺す防衛機能は無いが、心臓が入った状態の巨人樹は、加工しようとしても、すぐに再生がはじまってしまう。
完成した『鋼鉄の一角狼改修型』は、頭を覆う兜の形状が大きく変わっていた。これは、新しい魔物の心臓との相性を上げるために、変更した部分だ。
僕は、サキ姉に促されるまま、『鋼鉄の一角狼改修型』の操縦席に座った。十秒……二十秒……三十秒、何の変化も起きないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
結論を言おう、ダメだった。
「やはり、ダメだったわね。リュカはビーストタイプとの相性が悪いみたい、こういうこともあるわ、元気を出してね」
「ありがとう、サキ姉」
兄弟の中で、僕だけが魔導巨兵に乗れないのだ。落ち込むなと言われても無理である。
「でも、これはこれで役に立つから直せて良かったわ」
サキ姉は、すぐに笑顔に戻った。
「役に立つって、サキ姉やキキの予備機体にでもするの」
「違うわよ、売るの!マシンドールを個人で取引するには、本来職人連合で沢山の資格を取って、売り買い出来るようになるまで五、六年かかるのだけど、魔導巨兵設計者は、その辺りも全部免除なの。
マシンドールには、設計者の情報が必ず刻まれる。鑑定士が見れば一目で、誰が作ったモノなのかが分かるのよ。ホーンウルフリペアにも、私の名前が刻まれたはずよ、これを世に出せばいい宣伝になるわ」
ニコニコと話すサキ姉だが、僕には何を言っているのかチンプンカンプンである。
世間であり得ないとされる、魔導巨兵の心臓交換も、魔導巨兵設計者であれば、十分可能な技術だという。
ただ、この世界にいる魔導巨兵設計者の大半は、新しい魔導巨兵の開発にしか興味がない。
量産機と呼ばれる魔導巨兵は、魔導巨兵設計者が設計した物を製造者が生産する。
だが、製造者では、魔物の心臓に入れる指輪に魔法文字を刻むことも、それを魔物の心臓に入れることも出来ない。
よって、設計者不明の魔導巨兵を調べる際には、真っ先に心臓に残る情報を見る。
『鋼鉄の一角狼改修型』は、心臓を入れ替えており、本来適合しない魔物の心臓を使うために、サキ姉は元々あった魔法文字を改造して心臓に納めた。
よって『鋼鉄の一角狼改修型』を鑑定した場合、最初に設計したダークエルフ族の魔導巨兵設計者と一緒に、二人目の設計者としてサキ・アルダンの名前が、鑑定者の瞳には映るだろう。
話を聞いてみれば、確かにとんでもない宣伝効果があるように思う。
西方大陸には、魔導巨兵設計者が常駐する国が、北にひとつしかなく、大国シルビルードも、ダークエルフ族の魔導巨兵設計者が、常駐ではなく、数年に一度不定期に顔を出す程度だ。
「ホーンウルフリペアは、凄い金額になるわよ。お金ではなく、物での取引を御願いするつもりだけど、魔導巨兵用荷車とそれを引く魔物、後は、マシンドールなら何でもいいのだけど、今回の戦争で壊れた『ガラカム』や『マルクト』が安く手に入れば嬉しいわ」
この時、僕もサキ姉も『鋼鉄の一角狼改修型』の取引先のことまでは、考えが及ばなかった。
読んでいただいてありがとうございます。
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