10 嘘
雨が降っている。
雨の中、兵士に強引に腕を引かれて歩く。
到着したのは、少しだけ懐かしい、数日前まで僕たちが過ごしていた第六魔導巨兵工房の倉庫……入り口に『2』と書かれたこの建物は、素材置き場として使われていた。
「腕を出せ」そう言われ両腕を前に出すと、兵士は腕を束ねるように縄できつく縛った。
一人の兵士が僕の前に立つ、男の雰囲気が、先日『黒小鬼』に選ばれたルークと重なる。
人形遣いに選ばれた者は、人を超える力を得る。
ルークにも感じたが、圧倒されるオーラというか、雰囲気というか、人形遣いは、そんな特別な何かを纏うのだろう。
僕は、目の前に立つ男が持つ雰囲気に、ただただ圧倒された。
「俺はバンデル・ノワス、この部隊の隊長だ。痛い目に合うのが嫌なら、俺の質問には正直に答えた方がいいぞ」
「正直に答えたら、解放してもらえるんですか」
「いや、お前を解放する気はない。だが、正直に答えることで、お前の寿命が少しだけ延びる。それに、出来るだけ苦しまないよう殺してやる」
「僕にメリットがあるようには思えませんが」
バンデルが兵士たちに手で合図を送った。
えっ……一瞬だった。横から兵士に殴られて、僕の身体が宙に浮く。倒れた後、三人の兵士が僕を囲み、何度も蹴る。
一応、手加減してくれているのだろう、凄く痛いが、骨は折れていないし、口から血を吐くようなこともない。
体の大きな兵士に本気で蹴られたら、僕なんて、すぐにあの世行きだ。
立ち上がろうとした瞬間、顔を蹴られて意識が飛んだ。
「ゴホッゲホッ」仰向けに倒れているところに水をかけらせいで、思わず咳き込む。
鼻が折れたのか……大量の鼻血と水が混ざり、頭の横に小さな血の池が出来ていた。
普通の子供ならとっくに心が折れているだろう、それでも冷静でいられたのは、義理の父……博士の教育の賜物である。
身体が弱いのに何度魔物の群れに放り込まれたことか、痛みに慣れたのは、あれが原因だよな。
小さな血の池から薬の匂いがした。鼻血が止まったのは回復ポーションのお陰か。
「殴られた感想は」
「痛かったです」
「そうだろう、質問に答えれば痛い思いをしないで済むんだ。メリットは十分あるじゃないか」
「分かりました、僕が分かることであればお話しします。だから、殴らないでください」
「それは答え次第だ。ナゼ北方人がココにいる。ドワーフに連れて来られたのか」
西方大陸に暮らす人族の八割が赤銅色、濃い茶色の肌をしている。
西方大陸は、他の大陸との交易も盛んで、他の大陸からの移住者も少なからずいる。なので、他の肌色が特別珍しいわけじゃない。まーここまで色白なのは珍しいのか、北方……北方大陸には僕のような肌の白い人族が多いのだろうか。
「僕は北方人ではありません。父は知りませんが母は赤銅色の肌でした。義理の父……博士の話では、僕の肌色や髪色は特異体質からくるものだそうです」
「特異体質……はじめて見る。次の質問だ。ホープスと言っても分からないだろうな、俺の部下がダンジョンに入って戻らないのだが、理由は分かるか」
「その前に、どの辺りからダンジョンに入ったのか、教えてもらえませんか」僕の質問に一人の兵士が「あの辺だ」と指をさした。
「理由が分かりました。ダンジョンの呪いが原因です」
「ダンジョンの呪い、聞いたことがないな。それともうひとつ、部下は先に入った子供を追いかけてダンジョンに向かったのだが、ダンジョンに入った子供はお前か?」
「いえ、僕ではありません」
「その子供がダンジョンに入った理由は分かるか」
「たぶんですが、隠した食糧を取りに行ったんだと思います。皆さんがここに来るのを知って、ダンジョンに大慌てで食糧を隠す兄弟がいたもので……ダンジョンの入り口付近は魔物も近付きませんから、外よりも涼しいので食糧の保管にもぴったりなんです。ちなみに、あそこにかけられた呪いは『迷い道』です。一度入ったら中々外に抜け出せなくなる呪いです」
「厄介な呪いだな、救出は可能か」
「無理というか無駄じゃないかと。『迷い道』に捕まれば、三日~五日は足止めを食らいます。新しく人を送れば、またそこから三日~五日、救出を送るほど遭難者が増えるんです」
「五日か、ホープスについては地力での帰還を待つしかないか……それで、お前たちの隠れ家はどこにある」
すぐに答えなかったからだろう、兵士が僕の腹を殴る。その場に崩れ落ち、口から昼に食べたモノが胃液に混じって床に落ちた。
「もう一度聞く、隠れ家はどこだ」
「ダ……ダンジョンの中です、安全地帯と呼ばれる魔物の出ないダンジョンがあって、そこに隠れていました。僕が戻らないので、他の場所に移動していると思います」
「移動場所の心当たりはあるのか」
「ありません」
「そうか、こいつは物置にでも入れておけ」
掃除道具でも入っていたのか、子供一人が寝るには十分な広さがある物置に連れていかれた。
兵士が扉を閉めると、中は完全な暗闇になる。
ショルダーバッグを盗られてしまったので明かりを灯す手段がない。
どうやら物置には先客がいたようで、少しして虫が鳴きはじめた。
はじめは、時折ガソゴソと音を立てて動く虫が気になって仕方がなかったのだが、疲れていたのだろう、そこからピタリと記憶が途切れている。
「おいっ、起きろ」おもいっきり物置の壁を叩かれて目を覚ます。兵士から「飯だ」と干し肉を渡されたが、硬くて水なしだと食べにくい。
それでも、お腹が空いているので諦めずに何度も噛む。
「ついてこい」
「干し肉が硬くて、もう少し待ってもらえませんか」
殴られた。左頬に走る刀傷に薄ら笑い、昨日僕の腹を殴った兵士だ。
「隊長からは、少しでもおかしな動きをしたら殺していいと言われている。お前は、黙って言うことだけを聞いていればいいんだ。分かったな」
「分かりました」
兵士についていくと、バンデルと兵士が『鋼鉄の一角狼』の前で話をしていた。
「来たか、お前には俺たちをダンジョンの安全地帯にあるという隠れ家まで案内してもらう」
「もう、みんな逃げたと思いますよ」
「それならそれで別にいい、俺たちが知っている場所なら二度と隠れ家に使おうとは思わないだろう。時間はある、一つずつ潰していくだけだ」
「マシンドールも持っていくんですか」
「ああ、ダンジョンの中に安全地帯が本当にあるのなら、兵士だけでも十分だろうがな、俺はお前を信じていない」
魔物が出ないのなら先頭を歩けと言われ、僕は従った。僕、二人の兵士、バンデルが搭乗する『鋼鉄の一角狼』の順番だ。
ダンジョンに入っても順番は変わらなかった。
安全地帯があることが信じられないのか、兵士の表情はかたい。
それから暫く歩き、ようやく寝具代わりの布や木の食器が散らかった隠れ家に到着する。ここまで来るのに三十分ほどかかっただろうか、隠れ家といっても秘密基地の様な建物があるわけでなく、単に人がいた痕跡が残っているだけだ。
僕以外に、子供の姿は無い。
バンデルは、ホーンウルフの前足で布や食器を踏み付ける。当然、布は破け、木の食器は粉々に砕け散った。
見せしめだろうか、やったのはそれだけだった。来たとき同様、僕が先頭を歩く。
ダンジョンから出てすぐ、兵士たちが異変に気付いた。
第六魔導巨兵工房の敷地の建物が一部崩れ、ホーンウルフと背の曲がった樹形と長い腕、黒色の魔導巨兵『黒小鬼』が睨み合っている。
最後に外に出たバンデルは、その光景を見るとすぐに、二機のマシンドールの方へホーンウルフを走らせる。
それを見た僕は、兵士に気付かれないよう少しだけ笑った。
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