1 プロローグ
これは、戦争に巻き込まれた小さな国で生まれた子供たちの物語だ。
彼らが生まれた国は、農業以外これといった産業もなく、かといって土地が豊かなわけでもない。平たく言えば貧しい国だ。
人々の生活はギリギリで、育てられる子供の数は、せいぜい二人か三人まで、それ以上産んでしまった場合は、情が移らないように名前を付けず、山羊一頭にもならない値段で買い手を募る。
多く生まれた子は、商品扱いだ。
傍から見たら最低の国。なんの魅力もない人族の国に、五百年以上の寿命を持つとされる、優れた知恵と技術を持つ、長命種と呼ばれる人種族、ドワーフ族の男カーネギー・アルダンはやって来た。
貧しい国と言っても、王や貴族は別だ。
戦争の兆しあり、その情報に浮足立った王と貴族は、自分たちの贅沢な暮らしを守るために、エルフ族やドワーフ族といった、長寿で人族よりも優れた知恵と技術を持つ者たちに、片っ端から招聘の手紙を送る。
とはいえ、こんな貧しい国に来たがる物好きはおらず、唯一、その誘いに乗ったのが、謎の多いドワーフ、カーネギー・アルダンだった。
彼の役目は戦うための道具、魔導巨兵を作ること……自分たちの財産を守るための、自衛のための武器の製作。
カーネギーは、はじめに売られている子供たちの中から助手を探した。
王や貴族が、注意深くカーネギーの行動を見ていれば、彼の異常さに気付けただろう。
この時代、町を行き来する手段の多くは、様々な生き物が引く馬車であった。
カーネギーは、助手を探すためならば、馬車で一月はかかる国の果てだろうと、移動を躊躇わなかった。
まあ、どんなに目的地が離れていようと、翌日にはその場所に彼はいたのだが……それなのに、誰も、それを不思議には思わなかった。
✿
この惑星は一度滅んでいる。
大きな戦争が世界を焼き、生命の途絶えた灰色の土地に、神は最後の慈悲を与えた。
『旧星暦』時代――世界を滅ぼすきっかけになったのは、神の姿を模して創られた人種族という、群れで国を築く生き物同士の争いだ。
それなのに、神は新しくなった世界に、新たな人種族を創造する。
『新星暦』と呼ばれる時代のはじまりである。
世界が新しくなっても、傲慢で欲深い人種族の本質は変わらない。
魔法帝国時代。
力のある魔法使いたちを集めた国が、自ずと勝者となる時代。
誰もが、魔法使いたちの天下は、未来永劫揺らぐことはないものだと考えた。
そんな時代も終わりを告げる。
絶対的な力を持つ魔法使いたちの時代を終わらせたのは、地下迷宮と呼ばれる『旧星暦』時代の異物から見つかった、人の形をした巨大兵器だった。
原初の魔導巨兵――鋼鉄の鎧を纏う巨大な人形。
発掘当初、それが何なのか分からなかった。
偉大な魔法使いたちが巨人の謎に挑んだが、魔法はすべて拒絶される。
鎧を外そうと試みた者もいた。
だが、鎧は体の一部であり、無理に外そうとすれば、鎧の間から伸びた枝が巻き付き、調査員を絞め殺す。
魔法を弾くため、破壊することも叶わない。
八方塞がりである。
鎧から覗く肌は、樹木のようで、剣や槍を突き刺そうが、傷はすぐに再生する。
刺した人間は、鎧の間から伸びた枝に絞め殺された。
人形は生きていた。人形は、旧星暦唯一の生き残りである。
魔法が苦手な弱者たちの国。
魔法帝国の圧政に苦しむ人々は、どれだけ犠牲を出そうとも、人形の調査を止めなかった。止められなかった。
そして、ついに努力が実る。
調査をはじめてから、どれだけの歳月が流れただろう、調査員が偶然、人形の腹部に隠し扉が有ることを発見した。
椅子がポツンと置かれた、厠にも似た広さの狭い部屋。
調査員たちは恐る恐る何度も椅子に腰かけてみたが、人形はウンともスンとも言わない。人形は眠り続けた。
調査員の代わりはいくらでもいる。人を殺す兵器。原初の魔導巨兵を調査するのは、最底辺にいる使い捨ての効く人間たちだ。
魔法帝国の圧政に苦しむ我が民を助けたい。その一心で、一人の王子が立ち上がる。
王子は、身体が弱く、色白で白髪だった。
王に無断で、夜中、原初の魔導巨兵の格納庫に忍び込んだ王子は、開けられたままの腹部に入る。
「な……なんなんだ、これは」
幾つもの蔓が伸び、王子の頭、手……足へと絡みつく。
夜中、静まり返った倉庫に王子の声が響く。
倉庫の周りを巡回していた兵士たちは、王子の声を聞き、倉庫の中になだれ込んだ。
大慌てで駆け付けた兵士たちが目にしたのは、瞳に光を宿す巨大な人形だった。
新星暦五三一年――二百年にわたって世界を支配し続けた魔法帝国は、たかだか十五機の原初の魔導巨兵によって終焉を迎える。
当たり前のように人々の頭にあった、魔法至上主義が崩れた瞬間である。
各国は、競うように魔導巨兵の研究をはじめる。
✿
マシンドールの元となっているのは、植物の魔物である。
研究者の間では周知の事実であり、原初の魔導巨兵の元となる魔物とは別モノだが、近い性質を持つ魔物には当たりをつけていた。
『巨人樹』
名前の通り人の形をした巨大な樹木。亜種には他の生き物に似たモノも確認されている。
人のように手足には複数の指がある。
この植物が魔物と言われるのは、乾季になると雨を求めて大移動をはじめるからだ。
巨人樹は人を襲うことはない、それでも巨大な樹木が列をなして移動する姿は、見ているだけでも恐ろしく、運悪く進路上に集落でもあれば、ことごとく踏み潰された。
世界は、彼らを魔物と認定する。
原初の魔導巨兵と巨人樹には、共通点がある。
巨人樹にも、魔法が効かない。
原初の魔導巨兵が発掘されてから、巨人樹を兵器にするための研究が続いた。
新星暦七五九年――人種族の中でも長命種と呼ばれるエルフ族の研究者、ジェスター・アレキサンドライトが、新星暦で初となる魔導巨兵の開発を成功させる。
魔物には、人種族同様心臓がある。
魔物の心臓が人と違うのは、心臓が体外に出た瞬間、結晶化と呼ばれる現象を起こし、結晶に包まれた心臓だけで生き続けることだろう。
結晶化した心臓を新鮮な肉の器に入れれば、結晶は剥がれ心臓は血管を肉の中に伸ばし動きはじめる。
魔物の心臓を使った移植実験は、家畜をはじめとする様々な生き物の死体で行われた。
大半は、拒絶反応によって肉片に変わったが、拒絶反応を起こさなければ、それは新しい魔物となる。
ジェスター・アレキサンドライトは、巨人樹の心臓を抉り、拒絶反応を抑える魔法文字を刻んだ指輪を埋めた、別の魔物の心臓を巨人樹に移植した。
更に巨人樹全体と、外殻となる鎧の内側に魔術回路を刻む。
何度失敗しても、ジェスターが指揮をする研究チームは諦めなかった。
そして、ついに最良の組み合わせを見つける。
巨人樹に相性の良い魔物の心臓。最適化された魔術回路。鎧の形状。どれか一つ欠けても魔導巨兵は動かない。
はじめて人の手で作られた新星暦初の魔導巨兵は、博士の名前をとってジェスターワンと名付けらえた。
ジェスターワンは、遺跡や迷宮から発掘される原初の魔導巨兵に比べ、出力も稼働時間も不安定だった。
魔導巨兵の更なる進化を願い。ジェスター・アレキサンドライトは、ジェスターワンの設計データを全世界に公開した。
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