日曜日
角を曲がると公園があった。ああ変わってないと思った。深呼吸をして公園へ足を踏み入れる。あんなに大きく感じていた公園は寂れて、思いの外小さかった。よく見るとシーソーは無くなっている。シーソーの奥には裏山に続く獣道があって、凄く大きな山だと思っていたのに、小さな雑木林の丘だった。
シーソーの手前のブランコは変わりない。私はブランコに座って昔のように漕いでみた。
キィキィと音を立ててブランコが揺れる。風が立って私の頬を撫ぜる。調子に乗ってスピードを上げる。
「気持ちいいー。」
と思わずつぶやいた。
誰もいない公園に私の声だけが響いた。
目を閉じて、風を感じる。あの頃の様々な思いが蘇ってきた。
母や親戚からも、友達からも嫌われているとずっと思っていたこと。自分なりにいい子になろうと、自分の感情を押し殺して我慢していたこと。
なんとなく切なくなっていると、キィキィと言う音が、もう一つ隣から聞こえてきたので、誰か来たのかなと目を開けて隣を見た。
小学校低学年くらいの小さな女の子がブランコを漕いでいた。懐かしさを感じてその子を見ていた。
思えば私もいつも1人だったのだ。自由な1人が好きと思っていたけど、本当は淋しかったんだ。傷つくことが怖くて1人でいいやって思っていた。
女の子の隣で同じようにユラユラ揺れた。心地よい懐かしいリズムでどんどん加速して行く。女の子のブランコと揺れるリズムがどんどん近づいていき、やがて同じになった。ブランコが空に近づいて行く。
その時加速のついたブランコは限界まで舞い上がって、力を失いガクンと捩れながら地上へと落ちていった。
私は振り落とされないように鎖にしがみついた。
ブランコの揺れが収まって、安堵の息を吐きながら辺りを見渡すとやけに静かで、公園には私1人しかいなかった。
「お腹すいた。」
そう思った。
今日は日曜日でお父さんもお母さんも仕事が休みの日で家にいる。不思議だか、私は6才の少女になっていた。
私は朝から暇を持て余して公園に来ていたのだ。
でも、一通り遊んだらお腹も空いたので家へ帰ろうと思った。今日はまだ何も食べていない。
「お母さんお腹すいたー。」
と言いながら玄関から家に上がっていく。
昔馴染みの狭い玄関だった。
案の定母は洗濯に掃除に慌ただしくて、ご飯の用意はまだだった。私は空腹を抱えながら家の前で車を洗っている父を見た。
暇だ。そう思った。
私は父の車に近づき、ワックスをかけている父を横目に車の中にあった羽根ホウキを取り出して振り回して遊び始める。黙ってワックスをかけていた父がそれに気付いて文句を言った。
「こら。持って行くな。」
でも父が怒っても全く怖くはない。私は父をバカにしていた。多少父の物を取ったりしても父は怒らないとふんでいたからだ。父は怒らなかったし、一緒にも遊んでくれなかったし、家族にあまり関心もない。
日曜日は物心ついた頃には競馬場通いをしていたので、父が普段家でどうしていたのかあまり記憶がない。
父から羽根ホウキを奪って逃げた私。父が追いかけて来た。使いたいのだろう。ちょっと面倒くさいことになりそうだったので、渋々羽根ホウキを父に渡した。
車の清掃が終わった父。お昼はまだできない。
父は出かけるようだった。母は忙しかったのだろう。私に父について行くように言った。
母は時々私を父に押し付ける。姉は父について行くことは絶対になかった。
少し不満を持ちつつ、私は父について行くことにした。父が競馬場に行くと言うので、母が「馬が見れるよ。」と言った為だ。私は馬が見たかった。
競馬場に着くとスタンドは凄い人混みだった。父が
片手に新聞を持った知り合いと会話を交わしている。
私には驚きだった。普段見ることのない父の姿だった。
そして新聞を手にした父が大きなテレビ画面に映し出されるレースを見てから、終わったのだろう「帰るぞ。」と言った。馬は?と思った。やはり不満に思いながらもはぐれないように父の後について階段を降りた。
帰り道、おそらく父の行き付けなのだろうレストランに連れて行ってくれた。
ウェイターさんと会話をする父。ウェイターさんも親しげに話しかけて来て、私はまたもや父を凄いと思った。
家ではほぼ存在感のない父。母に邪険にされ、娘達からもバカにされている父。
なのに外では知り合いもいてむしろ歓迎されている。まあ店側としてはお客様なのだから当然なのだけれど。幼い私には父の家での姿とはまるで別人のように素晴しく見えた。
父はステーキにライス等ガッツリ頼んで食べていたけど、私はメニューがよくわからなくて、父が頼んでくれた卵の入ったスープを食べた。それはとても美味しかった。
家に帰るとお昼を食べたことを父が母に報告したので、私と父のお昼は当然なかった。少し足りなかったなあ。
夜、父と遊んだ。父はビールを飲んで機嫌が良かった。ステテコ一枚でゴロゴロしていたので、姉と私とで交互に父に馬乗りになって、乗馬ごっこをした。
母が「いい加減にもうやめなさい。」と言うまで乗馬ごっこは続いた。
もっと遊んでいたいな。そう思った。