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BEST LIFE!  作者: 市川甲斐
1 小杉太一の話
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(5)

 それから数日後に、突然快から電話があった。今日夕方に小杉の関係で会う人がいるから、新宿まで出てきてほしいという。


 指定場所は、新宿駅南口から少し歩いた場所にある、この前行ったのと同じファミレスのチェーン店だった。時間帯は夕方だったが、店内には客はまばらだ。端の方の席に快の姿が見え、向こうも気づいたのか、立ち上がって手を振ってきた。


 快の前には1人の男性が座っていて、快が手を振ったのを見て振り向いた。その顔には見覚えがあったような気がしたが、よく思い出せない。近づいていくと、その男性が立ち上がった。


「初めまして。この前、病院で会った者です。今回は、本当にありがとうございました」


 丁寧に挨拶してきたので、思わず頭を下げる。改めて顔を見ると、確かにこの前に会った男だと思い出した。


「あの……でも、私は大したことは……」


 そう言いながらチラッと快の方を見ると、彼はニコニコとしながら言った。


「ご飯がまだなら、どうぞ注文してください。今日は、こちらの方が奢ってくれるそうですよ」


 それを聞いて、遠慮なく夕飯としてハンバーグセットとドリンクバーを注文した。


 男は安田と名乗って、名刺を出してきた。「極東自動車工業」と書かれたその名刺を見て思わず叫ぶ。


「ええっ! あの自動車大手の、しかも本社の研究所ですか」


「まあ、そうですけど……まだ下っ端で」


 言いながら、その男は頭をかいた。極東自動車は世界でもトップ3に入る日本を代表する自動車製造企業である。私も前職のIT企業で、孫会社かそのさらに子会社かといったレベルの会社には先輩と出入りしていたこともあったが、それでも相当敷居が高く、気軽な訪問はできなかった記憶がある。


 この一見鈍感そうで、おそらく同級生くらいと思われる若者が、そのような会社の社員であることに改めて驚きながらその姿を見つめた。


 快が「小杉さんの話は、ご飯を食べてからにしましょう」と言うので、私達はしばらく3人で何気ない話をした。私は、安田の住んでいる場所を尋ねると横浜だというので、自分も同じ神奈川県出身だと言った。しかし、さらに聞いていくと、彼は生まれ育ったのは伊豆の方だと言い、自分の身の上話を始めた。彼の両親は元々東京で暮らしていたが、父親は彼が生まれる前に亡くなってしまった。それで母親は彼を妊娠しながら伊豆の方の旅館の住み込みとして働き始めたらしく、彼はそこで生まれ育った。大学からは東京に出て、就職と同時に横浜に住み始めたという。その話を聞くと、彼が単なるエリートではない苦労人に見えてきた。そして、食事を終えた時、安田が静かに言った。


「今日、小杉が亡くなったそうです」


 私は息を呑んで、しかし、黙って頭を下げるのが精一杯だった。さすがにこの前会ったばかりの人が亡くなったと聞いて、良い気持ちはしない。


「実は、この前病院であなた方にお会いした後に、私は初めて小杉に会ったのです。あの時は、母から急に連絡があって、あの病院に行こうと連れられて行ったのです。何か、不思議な夢を見たからと言って」


「夢……ですか」


 私が尋ねると、彼は頷いた。


「ええ。母はこれまでもほとんど伊豆から出ることが無く、私の住む横浜でさえ一度も来たことがないんです。そんな母が、急に東京の知らない病院まで行くというので驚いたんです。しかも、私にも一緒に行って欲しいと言うので、一体、そこに誰がいるのだろうと私も気になって、休みを取って出掛けたんです」


「この前、小杉さんに会われた時は、何か話をされたんですか」


「それが……小杉の部屋に入ると、母は入口で立ち止まってしまいました。小杉もこちらに気づいて、何かを言おうとしたようですが、急に咳込んでしまったのです。母は駆け寄って、彼の背中を撫でたのですが、しばらくしてちょうど看護師が入ってきました。彼の様子を診て、少し体調が悪そうだと言って、しばらく外で待たされましたが、やはりその日は面会を止めるように言われました。それを聞いて、母は小さな紙に自分の名前と携帯番号をメモして、後で小杉に渡してくれるよう看護師に頼んで帰ったんです。帰りに母に、どうしてその病院に行ったのか、彼は誰なのかを尋ねましたが、『いずれ話すから』と言って、何も答えてくれませんでした」


「そうだったんですか……」


「それで、昨日の朝に、小杉から母に連絡があったようなんです。すぐに来て欲しいと。それで母は1人で先に行っていたようなのですが、病院にいる母から私に電話があって、急いで来るように言われたんです。まだ仕事中でしたので、夕方まで待って欲しいと言ったのですが、どうしてもすぐに来るように言われて。それで何とか抜け出してあの病院に行ったのです」


 その時の様子を、彼は思い出しながら話し始めた。

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