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BEST LIFE!  作者: 市川甲斐
4 大戸美里の話
26/47

ー夢の跡ー

 誰かが肩を揺すっているような気がした。


「ミチャあ! 起きろー!」


 耳元で大声が聞こえる。ゆっくりと顔を上げる。テーブルの上に腕組みをして、そこに顔を付けて寝ていたようだ。やや、頭が痛い。


「はははっ! 起きた」


 隣で誰かが笑う声がした。見ると、ぼんやりとした視界の中に、記憶にある顔が笑っている。


「あれ……?」


 彼女は顔を真っ赤にしている。相当飲んでいるように見えるが、しっかりとこちらを見て楽しそうにしていた。


「加代っ!」


 急に体を起こして加代の肩を掴んだ。彼女の肩は温かい。彼女が生きている。そう思って驚いていると、彼女は私の背中に手を回してゆっくりと抱きしめ、背中を撫でた。


「はいはい……ミチャさん。私達はずっと一緒だからねえ」


 直接触れた頬から、加代の体温が感じられる。それと同時に、強いアルコールの匂いが鼻を刺激した。するとテーブルの向かいから声が聞こえた。


「少しは酔いが覚めたみたいね、ミチャ」


 加代の腕の中で声の方を振り向くと、そこにも知った顔があった。大学の同じ学部で、加代とともによく一緒にいた優美だ。「ミチャ」という愛称は学部で特に仲が良かった友人にしか呼ばれていないが、何となく悪い気はしない。優美は、まだ白い顔をして目の前の日本酒の小瓶から自分のお猪口に酒を注いでいく。彼女は全く酔っているように見えないが、顔色が変わらないだけで、急に倒れたりするので驚く時があった。ただ、基本的にはかなり酒に強い。


「じゃあ、乾杯しようよー」


 加代が私から離れ、自分の目の前にあった紫色の飲み物の入ったジョッキを持った。私も目の前にあった透明なサワーを手にする。


「カンパーイ!」


 カチャンとグラスから軽い音がした。一口飲むと、梅酒サワーのようだった。冷たい感覚が体に沁みこんで目が覚めるような気がする。


 そこでふと周りを見回した。カウンターの脇に、大きな水槽が置いてあり、熱帯魚が泳いでいる。威勢のいい店主や店員の様子からも、そこが学生時代によく通っていた居酒屋「SHIHOO(シフー)」であるとすぐに分かった。


 ふと隣にいる加代の方を振り向く。真っ赤な顔をした彼女は、髪型もミディアムで茶髪だ。その姿に、黒髪の彼女の姿が重なる。


(これは……私が大学生の頃……?)


 そうか。きっと私は夢を見ているのだ。大学時代の親友との懐かしい夢を。しかし、夢の中で、自分が夢を見ていると思ってしまうのも不思議だ。それにしても、加代の酔い方は彼女らしかった。普段は真面目で勤勉な学生だが、酒が入ると人が変わったように騒いだり抱きついたりする癖があった。


「それにしても、アイツは酷い男だったわ」


 加代が自分の目の前にある紫色のサワーを飲んでから言った。


「ほんと。やっぱり、いくら見た目が良くても、性格が悪いと駄目ね。あっ、でもアイツの場合は性格というより、単なる女たらしか」


「こんな可愛いミチャトさんを振るなんて、全く信じられない」


 ね、と言いながら、加代が隣から体を寄せてきた。その様子を見て、目の前の優美がフフフと笑う。


「アイツ……?」


 加代は何の事を言っているのだろう。私は学生時代に付き合った男はいないし、振ることはもちろん、振ったこともなかった。不思議そうに加代の方を見ていると、優美がお猪口を一口飲んで答えた。


「いいのいいの。もうアイツのことは忘れて。それより、ミチャが元気になるように励ますのが私達の務め。さあ、飲みましょう」


 優美は目の前のお猪口に小瓶から日本酒を注いだ。しかし、そこからは数摘が出てこない。


「なんだ。空かあ。……おにいさん、冷酒追加で!」


 すると、店員が近くに寄ってきた。


「すみません。もう、さっきラストオーダーって言いましたけど。そろそろ閉店時間ですから、勘弁してください」


 まだ若い学生バイトと思われる店員が困ったように言う。「ええ? そうだったっけ」と加代は言ったが、仕方なく残っていた飲み物を飲み干してから席を立った。入口の引き戸をガラガラと開けると、涼しい風が顔に当たって心地良い。


「今日はこの前よりミチャが元気そうで良かった。じゃ、今日も迎えを呼んでおいたから」


 加代が私の肩を叩いて言う。


「迎え?」


()()に決まってるじゃない」


 私は、えっ、と声を出したが、加代は優美とともに「じゃ、またね」と言って手を振って歩いて行ってしまった。彼女たちの住んでいたアパートはその場所からは同じ方向だが、私だけは別方向になる。


(カイ……?)


 頭の中で繰り返すが、アルコールのせいなのか、やや頭が痛い。居酒屋の壁に背中を付けて寄り掛かり、しばらく酔いを醒ますために休もうと思って目を閉じた。

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