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 夕食を終え、風呂も入って、後は床につくまで自由時間。その貴重な時間は、二十時から始めるゲーム配信のために費やすつもりである。予め配信枠も立てていたし、ツイッターでも告知済みだ。よっぽどのことがない限り、この時間をずらすつもりはなかった。


 僕がゲーム配信をしているのは、家族みんなが承知済み。このプライベートの時間は、よっぽどのことがない限り不可侵のものとして扱われている。


 だから配信十五分前に、生真面目な顔で相談を持ち込んできた姉を無下に扱わなかったのは、そのよっぽどのことが起きたのだと受け止めたからだ。


「お姉ちゃんね、Vチューバーで食べていこうと思うの」


「寝言は寝て言え」


 『どうせくだらないことだろ明日にしろ』と判断しなかった、数分前の自分の愚かさを後悔した。


 我が姉、若神子(わかみこ)彩音(あやね)はベッドに腰かけたまま、むっと唇を尖らせた。まるで深刻の悩みを軽んじられた被害者面である。


「寝言なんて酷い! お姉ちゃん、真剣に考えてるんだよ!」


「いいか、アヤちゃん。流行りに乗りたいだけの思いつきは、世間じゃ真剣に考えてるって言わないんだ」


「思いつきなんかじゃない。お姉ちゃんはね、真剣にVチューバーになりたいって考えてるの」


「いつから?」


「昨日から」


「ほら、見たことか」


 案の定だと鼻で笑った。


 そもそもVチューバーになりたいではなく、食べていくなんて言ってる辺り、浅はかな思いつきなのはわかっていた。なによりこのパターンには覚えがあった。


 あれは今から二年前の夏、アヤちゃんが高校二年生のときのことだ。目一杯遊べる高校の夏は今年が最後。来年は大学受験が控えているという憂鬱が、あの浅はかな思いつきへ至らせたのだろう。


「お姉ちゃんね、なろう作家になって食べていこうと思うの」


 おおよそ学校一の陽キャ女子から出てくるとは思えない世迷い言が吐き出された。


 真っ先に僕へそれを宣誓してきたのは、姉弟仲が良好だから。僕がその手のアニメ化した作品を見ているから、アヤちゃんも偏見なく目を通してきたのだ。


 その果てに出てきたのは浅はかな世迷い言。パソコン一台あればできることだから、その一週間後には投稿を始めたアヤちゃんだったが……案の定評価が伸びず、ランキングに一度も載ることなく一週間後にはエタっていた。


 上辺だけ見て面白がって始めても、思っていたものと違うと感じたらすぐ投げ出す。熱しやすく冷めやすいアヤちゃんは、昔からそんなことを繰り返してきた。今年度もその悪癖は治らず、免許を取得しバイクを買ったり、キャンプ道具を揃えたりとしてきたが、それも既に売り払われている。


 そしてあれから年を越せども、今年度も終わらぬ内に、また同じことを繰り返そうとしている。どうせVチューバーの切り抜きで投げ銭(赤スパ)をガンガン投げられているのを見て、これなら自分でもできると浅はかに考えたのだろう。


「結論、アヤちゃんがVチューバーになったところで続かない。僕はこれから配信で忙しいから、早く出てってどうぞ」


 右手で扉を指し示しながら、左手でスマホを操作する。


『姉に相談があると持ちかけられ放送時間を延期したら、Vチューバーで食べていきたいという世迷い言だった件』


 放送時間延期の理由を赤裸々に投稿しようとしたら、


「ちゃんと話を聞いてよー、リーンー」


 僕の右手を両手で掴んだアヤちゃんは、駄々っ子のように右へ左へと振り回す。パソコンチェアがそれに合わせて動き回るものだから、ずり落ちそうになった。


「わかった、わかったから……手、離せって!」


 振り払おうと力を込めたところ、スっぽ抜けるようにアヤちゃんの手が離れた。振り回された勢いだけが残ったせいで、椅子はそのまま一方向へクルクル回った。


 椅子が数回転した末、再びベッドに腰掛けたアヤちゃんと向き直る。


「それで、なんでVチューバーになりたいなんて思ったわけ?」


「サークルの人たちが好きなものだから、どんなものかなって勧められて見てみたの」


 どうやらおすすめ動画でたまたま開いたものではないらしい。そのサークルの人たちは余計なことをしてくれたものだ。


「みんなその子たちへ感謝して、大好きな気持ちが赤色で埋め尽くされてるのを見て……こんな風にみんなを夢中にさせる人になりたいって、お姉ちゃん心から思ったんだ」


 胸元で手を合わせながら、憧れに夢見るような顔をした。しかし案の定、その心に宿っているのは楽して稼ぎたい。赤スパで食べていきたいという、浅はかな性根が垣間見れた。


「あのさー……」


 人生の見積もりが甘すぎる姉への説教。その前にため息が漏れ出た。


「アヤちゃんが見たVチューバーたちは、ちゃんとした企業に所属して、十全なバックアップを得て、箱内コラボができる、大勢に認知される土台がある人たちなの。ここまではわかる?」


「はい」


 真っ直ぐな綺麗な姿勢で、アヤちゃんは質問を求める優等生のように手を上げた。


「箱内コラボってなに?」


「そこからかよ……」


 不思議そうに首を傾げるアヤちゃんを見て、ガクっと項垂れた。

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