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華胥の世界〜天命を待つ〜  作者: 汐留 縁
2/8

俺の天明2


朝になり自然と目が覚める。

暁風(シャファン)は布団を片付け、身だしなみを整えた。

暁風の髪は肩を超えるぐらい長いため、麻縄(あさなわ)で後ろ手に括る。そうして、いつもと同じように、上に羽織る着物と(ズボン)といった簡易な装いに着替えた。


軽く欠伸(けっそく)をしながら廊下を歩く。

そうして、進む先にある扉を開けた。


「おはようございます。桃花(タオホァ)様」


目の前の長椅子に寝そべり煙管(キセル)を吹かす桃花(タオホァ)に向けて言う。

桃花は重だるげな眼差しをこちらへ向けた。


「えぇ、おはよう。暁風」


そうして微笑をうかべ、妖艶に微笑む。

いつもなら、このまま仕事へと向かうのだが今日は少し違った。珍しく、桃花が散歩に行きたいと言ったのだ。

少し不思議には思ったが、「分かりました」と言って桃花の散歩に付き合うことになった。





桃花が山を歩く姿は様になる。

いつもと同じ風景なのに、桃色の衣を待とう美姫が桃の花びらが舞う道を歩く姿は1枚の絵画のようだった。

おまけに、桃花が歩く度、それに応えるように草木がゆらゆらと煌めき、サワサワと音を奏で始めるため、桃花の周りだけ幻想的な風景を作りあげていた。

暁風は思わず見とれて足を止めたが、桃花はどんどん歩みを進める。

付き人として置いていかれる訳にはいかないため慌てて追いかける。

桃花はふと歩みを止めると枝へと手を伸ばした。

そうして桃花が見せた横顔はどこか憂いているようだった。

思わず、その表情が気にかかりぼうっとして口を開く。


「今日は、何か御用向きがあったんですか?」


桃花はこちらへと表情を向けた。


「少し…ね」


と困ったように笑って答えた。

その表情が気にかかったが、それ以上追及することはしなかった。

そうして桃花はそのまま歩みを進めていき、気づけば山の頂に着いていた。

頂から見下ろした先には真っ白い雲海(うんかい)が広がり、まるで雲の上にいるように錯覚する。

いや、もしかしたら錯覚では無いかもしれない。


「この下には、現世(うつしよ)の世界が広がっているの」


桃花が口を開く。


「本来なら、天命を迎えずに死んでしまった人だけが、この世界に来ることが出来るのだけれど、たまに、ね」


と言って可笑しそうに笑みを浮かべた。


夢現(ゆめうつつ)の人が迷い込んでしまうことがあるの」


風に煽られる長い黒髪を耳にかける。


「その人たちが、この世界を見て、天国や桃源郷、三途の川だと言って帰っていくの。私の事は天女だと言ってね」


桃花が流し目でこちらを見た。


「この世界は、天命を終えない限り、死ぬ事は出来ない。天命を終えたものだけが、安寧たる死後の世界へ行くことが出来る」


暁風がゴクリと唾を飲み込み質問する。


「もし、天命を全うしなかったらどうなるんですか?」


桃花は穏やかに微笑む。


「地獄へ落ちるの」


暁風は思わず固まってしまう。

『地獄』というものは現世において、物語(フィクション)でしか知りえない。

けれど、実際に存在するのだとはっきりと言われ、ようやく身近に感じた。


天命を全うしなければ『地獄』へおちる。


今の自分は薄氷の上でようやく安寧を得られているのだと知った。

暁風は恐る恐ると口を開く。


「俺の天命はいつまで続くんですか」


桃花はゆるゆると首を振る。


「天命は全て、王たる父のみが知ること。私からは何も言うことが出来ないの」


そうして桃花は、もう一度雲海を見つめた。

ふと、暁風は桃花に出会った時に初めて言われたことを思い出した。

自分に言われた天命を。

今ならその意味を聞く、いいタイミングだと思った。


「初めて会った時に言われた、死ぬことも生きることもしてはいけないとは、どういう意味なんですか?」


桃花はこちらを見ることなく、前を向いたまま口を開いた。


「生きると死ぬは表裏一体。生きていればいずれ人は死ぬ。死ぬということは、それまでに生というものがあったということ。

それは、どの生き物にも言えるわね。

でも、それは現世における(ことわり)の話。この世界において、現世における死ぬと生きるは同義では無いの」


暁風は何とか理解しようと意味を汲み取ろうとするが、やっぱりよく分からずに首を傾げた。

そんな暁風の様子を見て桃花は思わず笑みをこぼす。


「まだ、この話をするには早すぎたわね。

そろそろ、帰りましょうか」


そう言って桃花は踵を返し、来た道を戻っていく。

結局、桃花からははっきりした答えは得られなかった。

釈然としない気持ちのまま、暁風もその後へと続こうとし、ふと、雲海へと目をやる。

その先には現世の世界、俺が生きていた時の世界がある。

けれど、俺は今、死後の世界へ行くために天命を全うしようとしている。

生者でもなければ死者でもない。



俺は一体、何になるんだろう。






そして家へ戻れば、いつものように桃を拾いに行き、籠いっぱいにして帰る。

それを桃花に届け、残りは川へ流し、ご飯を作って食べ、睡眠を取り、そして朝を迎える。

同じような日々をまた、淡々と過ごしていく。

桃花は散歩に出た日以来、特に今までと変わらず、長椅子に寝そべり煙管を吹かしては、暁風が持って帰った桃を食べる日々を過ごしていた。

そうして今日も、いつもと同じように暁風は桃を拾うが、どうにも最近おかしい。

というのも、桃の落ちている数が異常なのだ。

いつも落ちている桃を籠いっぱいにして持って帰っているのだが、前に比べ、最近はその作業を繰り返しても一向に山の桃の数が減らないのだ。

もちろん、今までも全ての桃を拾えていた訳では無いのだが、それでも拾えばその分減って、山の景観は保たれていたのだ。

けれど、最近は往復して拾いに行ってもいっこうに減る様子もなく、むしろ足の踏み場も減ってきているくらいだ。

この世界において、暁風の常識なんて通用しないことは分かっているが、流石にこれはおかしい事だけはわかる。

ここの管理人たる桃花がこの状況を知らないわけないが、流石に報告した方がいいだろうと思い、桃花に桃の大量発生を伝えることにした。



「というわけで、もう足の踏み場もないぐらいで、拾っても拾っても終わりがないし、流石に放置しておく訳にも行かないと思って」


桃花はいつもと同じように長椅子で煙管を吹かしながら、暁風の話を眉ひとつ動かすことなく聞いている。


「そうねぇ」と小さく呟き、何か思案する様子で窓の外を眺めている。


そうして数分沈黙した後、ゆったりと起き上がった桃花は外へと歩き出す。

暁風もその後ろに続いていく。

そうして庭先で立ち止まった桃花を後ろから覗けば、目の前に(カメ)があった。

水溜用の瓶だが、干上がって何も入っていないそれはコケを生やして錆びきっている。

その瓶の前に立った桃花は加えた煙管をひと吹きすると、トンとひっくり返した煙管を瓶の縁で叩き、中のものを瓶の中へ落とした。

すると瓶からふわりと風が吹き、中で何やら妖しく光った。

暁風は不思議そうに、興味本位でそっと瓶の中を覗く。

中は真っ暗で何も見えなかったが、その奥で何かモゾモゾしたかと思えば、いきなりぶらりと溢れかえってきた。


「うわぁ!?」と引きつった声で思わず仰け反り、尻もちをつく。

呆然と見つめて直ぐにその正体を理解した。

それは白兎(シロウサギ)だった。

溢れかえる兎達は留まることなく、一面に広がっていく。

呆然と見つめてから思い出したように声を出す。


「え!?なんですか、これ」


「ん?白兎(ハクト)よ。私の化身だから変わりに役割を果たしてくれるわ」


桃花は微笑を浮かべて応えた。


「化身…」


そう言われて周りを見渡せば、兎達は落ちている桃をムシャムシャと食べていた。


「これで、少しは落ち着くでしょう」


そう言って桃花は足元の桃をひとつ拾うと、1口含んでごくんと飲み込む。


「白兎達は腐っていない桃しか食べれないから、傷んでいる桃は引き続き拾って川に流してちょうだい」


そうして、桃花はスタスタと家の中へと戻っていく。

暁風はその背中を見つめて自分もそろそろと、言われた通りに起き上がろうとした時、桃花がピタッと止まって思い出したようにこちらを向いた。


「もちろん、私が食べる分の桃も、ね」



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