表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華胥の世界〜天命を待つ〜  作者: 汐留 縁
1/8

俺の天命




煙管(キセル)を加えた少女が、1つ煙を吐き出す。


桃の色たる襦裙(じゅくん)の着物を身に(まと)い、(あで)やかな少女は妖艶な眼差しをこちらに向けてこう言った。


「今後一切、わたしの命令がない限り、死ぬことも生きることも許さない」







ザクザクと草を踏み分けながら雑多(ざった)な道を歩く。

見上げると風に揺られた桃の木がサワサワと擦れて音を立てる。

そうして、そこら中に広がる桃の木からぼとりぼとりと桃が落ちた。

落ちた桃を拾い背負った(かご)へと入れる。

籠がいっぱいになった頃合を見計らい帰路をたどった。

そのまま歩き進み、山の中にポツンと佇む家の扉をくぐる。


「ただいま戻りました。桃花(タオホァ)様」


ぐるりと部屋を見渡し、長椅子で寝そべりながら、煙管(キセル)を片手にフゥと煙を吹かす、美姫の姿を見つける。

その美姫は重だるげな瞳をこちらへ向けた。


「おかえりなさい。暁風(シャファン)


そう言って赤くさした紅に微笑を浮かべる。

暁風と呼ばれた少年は背負った籠を下ろすと、桃花の傍に置いた。

桃花はその籠から桃を1つ取るとそのまま1口齧(くちかじ)る。3つ目を食べたあたりで、「残りは川へ流しておいて」と言い残した。

暁風は慣れたように籠をもう一度背負うと近くにある川へ桃を放流した。

ボチャボチャとひっくり返した籠から落ちた桃が飛沫(しぶき)を上げて流れていく。

籠に入っていた桃は、たゆたいながら全て彼方へと流れて行った。


家へ戻れば、桃花が気だるげに煙管を吹かしていた。

顔だけ見れば15か16くらいの少女にみえる。しかし、纏う雰囲気も話し方からも、全く少女っぽさは感じられなかった。

透き通る肌は陶器のように白く、小さな口元は赤く彩られ、重だるげな眼差しは向けられると剣呑に光、全てを見透かされた気持ちになる。耳からこぼれ落ちた、長く艶やかな黒髪を(すく)う姿は色っぽく、その姿は男女関係なく魅了される。

きっと、彼女に命令されればどんな事だろうと叶えて見せたいと思うだろう。それこそ死に物狂いで。

けれど、そんな彼女から俺に下された命令は“死ぬことも生きることもしてはいけない”だった。


何故ならそれが俺の“天命(てんめい)”だと言われた。






この世界は、現世(うつしよ)と死後の世界の(はざま)の世界。

現世の世界で“天命(てんめい)”を終えることが出来なかった人間が来る場所だと教えられた。

死後の世界であって、死後の世界ではない。

この世界で残りの“天命”を終えることで、ようやく死後の世界へ行くことが出来るのだと。

“天命”は人それぞれだが、俺に下された(めい)は桃花に仕える事だった。


桃花に仕える事、それが“天命”であると。


この世界に来た当初の俺は投げやりな気持ちで、ようやく人生を終えてやっと楽になれると思っていたのに、まだ死ぬことは許されないと言われ、もうどうでも良くなっていた。

“天命”だと言われても正直、(まっと)うする気にはなれない。

そんな俺の前に姿を現したのは、正しく天女だった。

妖艶な美女は煙管を吹かし、気だるげに寝そべる彼女は、その重たるげな眼差しをこちらへ向けて真っ直ぐに見据える。

剣呑(けんのん)に光る眼差しを向けられ、全てを見透かされた気持ちになり思わずドキリとしてしまった。

そんな、彼女は赤い唇を動かし、俺に死ぬことも生きることも許さないと命令した。

俺は瞠目(どうもく)した。

死んではいけないのに生きてもいけない。

矛盾した命令に思わず困惑した。

どういう意味か問いたかったが、何となくこの場で口を開くことははばかれる気がしたのだ。


そうして彼女に仕えるようになり、彼女からあの時、下された命令はさっぱりだったが、とりあえず彼女に言われるままに生活した。



彼女は山一帯の桃の木の管理を任されており、その手足として俺を使った。

基本的には山に落ちた桃を拾い、桃花の元へと届けるものだ。

届けた桃は桃花が満足するまで食べ、残りは川へと流す。

それはなんのために行うものなのかは正直よく分からない。

ただ、仕事のように俺はそれを繰り返した。


そうして月日は流れて、体感では数年だが実際は何十年も経っているのかもしれない。

それでも未だに天命は終わらないまま、同じ日々を過ごしていた。





「暁風、お疲れ様。もう休んでもいいわよ」


扉の前に突っ立っている暁風に向け、桃花が告げた。

思わず、ぼーっとしていた暁風はハッとしたように意識をはっきりさせた。


「分かりました。失礼します」


そう言うと踵を返して、同じ建物内にある食堂へと向かった。


基本的に食べ物は自炊しないといけない。

ほとんど死んでいるようなものなのに、ご飯を食べないといけないなんておかしな話であるが、お腹はすくので仕方が無い。

食料は少し山をおりると街があるのでそこで買っていた。

この世界にお金は無いため、桃花から桃の花、葉や枝を対価に貰えばいいと教えられ、それと交換して貰っている。

野菜の類はそこで買い、魚は近くの川で網を張り、かかった獲物を(さば)いて調理していた。

そうして、自分でご飯を作り、腹を満たす。

桃花は基本的に桃しか口にしない。そのため、料理は自分の分しか作らない。

ちなみに、俺は桃を1度も口にしたことがない。特に桃花から何か言われた訳では無いが、何故か桃は食べてはいけないような気がした。

そうして腹を満たしたら寝る準備を整える。

腹が減れば眠くもなる。

死んでいるはずなのに、まるで生きている時と同じ生活をおくっていた。

いや、生きている時よりも安寧(あんねい)の生活だった。

食べたい時に食べ、寝たい時に寝る。

けれど、果たしてこれが幸せかと聞かれたら、よく分からなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ