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猫に木天蓼、旅人に小判。

作者: 長良川長柄

 この作品は、前作である『お狐様は晴れ舞台に雨傘を。』の続きとなります。

 世界観や一部登場人物が共通である程度なので、前作を読まずともお楽しみいただける内容にしておりますが、前作を読んでいただく事でより理解が深まるかと思います。

 前作と共に短編小説として投稿したのは単なるミスです。すいません

 「すいません、貴方に猫を探して欲しいのですが。」


 ボクが見知らぬ街の偶然入った喫茶店でお茶をシバいていたときのことである。優雅なティータイムと言いたい所であるが、傍から見ればただ冴えない人間が小さくカップを傾けているだけなのでシバくという表現の方が適当な気がする。飲むことをシバくというのは古い方言らしいのだが、言い回りが好きでついついそう言ってしまう。ちなみに茶をシバいているが飲んでいるのは珈琲である。

 閑話休題

 カウンター席の隣に座った女性から、そう声を掛けられた。

 「なんのことでしょう?」そうボクが返事をすると、「お仕事の依頼です、受けいただけますでしょうか?」 と返された。

 ボクの元へ舞い込んだ依頼は、猫を探してほしいというそんな当たり障りもない案件であった。が、ボクは内容よりもまずはこのような依頼が来たことに驚く。

 何でも屋を自称しているとは言え、ボクは流離いの旅人であるのだ。仕事依頼なんて受けようものなら、拠点が必要となり流離いの旅が出来なくなる。あくまで住処を持たない根無し草として生きているので、仕事依頼は基本行っていないのである。

 それよりもう一つ、大きな疑問があった。


 「何故ボクを知っている?」


 仕事依頼を受けておらず、勿論何処かで宣伝をした事さえ無い。そんな人間が何でも屋だと、何故知っているのだ?

 そう思いつつも先ずは話を聞くことにした。

 依頼をしてきたのはこの街に住む少女であった。長い髪型に大人びた雰囲気、可憐なお嬢様という表現が似合いそうな少女である。根無し草の放浪者に対して仕事依頼を行ってくるような少女の割には、落ち着いた佇まいをしていた。

 一先ずは話を聞こう。そう思いこちらから質問を投げかける。

 「で、その依頼とは一体どのような案件でしょうか?」

 「飼い猫が逃げてしまったのです。」と彼女は答える。

 「一瞬目を離した隙に何処かへ行ってしまったようで、心当たりのある箇所は探したんですが未だに見つからなくて……。」

 というものだった。至極単純、ありふれたお話である。

 飼い猫が逃げたとなれば、基本はそう遠くへはいっていない筈だ。猫の行動範囲は意外と狭いらしい。何かの本で読んだ事があるという薄い記憶であるが、恐らく間違ってはいないだろう。ボクの何処へでも行く放浪癖とは真逆な案件である。

 しかし、見つかるまでこの街を彷徨くのか……と思うと乗り気はしなかったが、如何せん資金の余裕も無い。

 そう思っているのがどうやら顔に出ていたようで、彼女は言葉を続けた。

 「友人にも探すのを手伝って貰っているのですが、虱潰しに探しても中々見つからなくて。」

 「それと……こんな案件、普通の人には頼めないんです。お願いできませんか?」と彼女は言う。

 「普通の人には頼めない?」と聞き返すと、彼女は「いえ、なんでも……すいませんコッチの話です。」と言葉を濁した。

 色々と引っ掛かっている事はあるが、灯台もと暗しという言葉もあるし、この街をよく知らないボクなら見落としている盲点を突く事が出来るかもしれない。

 そしてよほど困っているとの事なので、謝礼も多少の期待が持てる。佇まいから見るに貧乏ではなさそうであるし、もしかしたら大きな家の令嬢さんかもしれない。


 「ボクを何故知っている?」


 ……という、その疑問はこの案件が解決してから聞くことにしよう。

 そう思い、この案件を引き受けることとした。ちょうど珈琲のおかわりも欲しかったところだ。手付金として奢ってもらおう。

 「分かりました。一緒に探しましょう。その代わり、まずは珈琲を一杯奢ってくれませんか?話はそれからで。」

 そう答えると彼女は嬉しそうに「ありがとうございます!」と礼を述べた。

 2杯目の珈琲が来るのを待ってから、話を始める。

 「まずは、その猫の特徴を教えてくれませんか?」

 実は味もよく分かっていない珈琲に口を付けながらそう聞くと、彼女は少し困った顔をながら話し始める。

 「特徴……というのが何かは言えないんです。ごめんなさい。」

 そう言われてボクは眉をひそめる。

 「……けれど、一目見たら必ず私が探している猫だという事には気付くはずです。」

 「……つまり、どういうこと?」たまらずそう聞き返してしまった。特徴が言えない。それだけでも充分おかしいのに、見れば一目で分かるという。過去に一度でもこの少女、またその猫に会った事があるのだろうか?そう思いながら首を傾げていると、彼女が口を開く。


 「だって貴方は、一度魅せられた人間なんですから。」

 そう言って微笑んだ。


 これは単純な案件ではないな。と確信したものの、珈琲に口を付けてしまった以上ここで断る訳にもいかない。2杯目を払う余裕は財布の中にはない。思い付きで入った店だったが、思いの外値段が高いのだ。

 「……わかりました。探しましょう。」そう答える事しか出来なかった。



 とは言え、何処を探したらいいのかなんて見当がつかない。そもそもこの街の事なぞ何も知らない。

 一先ず喫茶店を出て彼女と別れ、街を散策する。その間にも彼女は何処か別の場所を探しに行くという。

 「一緒に探した方が効率良いんじゃないですか?同じ場所を二度三度探す事も無くなりますし。」そう言うも彼女は、「いいえ、別れて探した方が良いんです。一度探した場所にいるという可能性もありますし、抜けている箇所があったりしますので効率は悪くありません。」そう言って足早に何処かへ行ってしまった。

 追い掛けても良かったかな?と思ったが、こんな浮浪者のような人間が少女を追い掛けていたら間違いなく不審者として映るだろう。通報されるのは慣れてはいるが趣味ではない。

 彼女から貰ったこの街の地図を眺める。どうやらこの街は碁盤の目のように東西南北に道路が敷かれているようである。そして東西を貫くように幹線道路と鉄道が走り、中心の駅からは北方向に伸びる小さな私鉄がある。北には山々が控えており、その山々を越えると温泉街があるらしい。

 この碁盤の目のような街は一見分かりにくいように思えるが、慣れると非常に歩きやすくなるらしい。

 とは言え慣れてないボクにとっては歩きにくい事この上ない。今何本目の道を歩いて何個目の交差点にいるのかが直ぐには分からず、頭を悩まれる。

 しかもこの碁盤の目が非常に細かいのである。一軒につき一本の道路があると言っても過言ではない。家によっては表の玄関と裏口どころか左右に勝手口が一つずつ作れそうな程である、そのせいで名もない道路や交差点がやたらに多い。

 「こりゃ確かに地元の人間でも見つけられないし、同じ場所を探す意味もあるな。」そう呟いて再度地図に目を落とす。

 ……とりあえず、通りを一本ずつ潰していこう。そう思いポケットからペンを取り出し、貰った地図に地図に印を付けていく。こうして通った道や交差点に印を付けていけば、碁盤のような道でも抜けや見落としたりすることは無くなるだろう。


 そう思いながら虱潰しに歩き続けていた時の事である。目の前の風景に違和感を覚えた。

 山々が控える北の方角ではなく、東の方角に一基の鳥居と小さな雑木林、そこへ伸びる小さな坂道があった。

 東の方角に丘か公園でもあるのだろうか?そう思い地図を見返す。しかし、その方面には丘も公園も書かれていない。それどころか、この道自体が地図に載っていないのだ。

 何処かで印を付け間違えてしまったか。そう思い辺りを見渡すが、目の前の坂道以外は全て地図の通りであった。

 唯一違うのは、目の前の坂道。地図では、狐守稲荷という名前の一軒家程度の小さな稲荷神社があると書かれている。

 目の前の風景が間違っているのか、それとも地図が間違っているのか。

 間違いなく後者であろう。というか、後者でなければ洒落にならない。

 そう思い、地図に載っていない坂道を登りはじめたのであった。


 意を決してその坂道を登り始めていくと、どんどんとその坂道は細くなっていった。最初は綺麗に舗装されていた道も、気付けば道は荒れていき最後には未舗装の獣道へと変わっていた。

 その獣道を歩いていくと小さな鳥居が見えてきた、どうやらここは本当に神社のようだ。「地図は間違っていなかったんだな。」と安堵するが、やはり違和感は拭えない。なんせ、地図で見た時より明らかにこの稲荷神社の敷地が広いのである。坂道を登り始めてからこの鳥居に着くまで、少なくとも5分は掛かっている。徒歩5分と言えば大体400メートル程であるので、地図が正しいのであれば稲荷神社はおろか3つ以上隣の道路まで進んでいるハズである。

 これは変なところへ来てしまったな。と直感的に理解するが、ここから引き返すことはせず鳥居をくぐる事とした。何かがここにある。直感もそう言っていた。

 先を進もうと思い鳥居に近づくと、建ててある鳥居が一基で無い事が分かった。数十、いや数百の鳥居が所狭しと並べられている。大きさや色もまちまちで、統一感はまるで無かった。最近建てられたであろう綺麗な鳥居もあれば、根本が腐ってしまい隣の鳥居に倒れ掛かっているものもあった。

 稲荷神社に鳥居が数多く建てられている理由というのは、願い事が通ったという御礼を意味して神社に鳥居が奉納されたのが始まりらしい。つまりこの神社も数多くの鳥居が奉納される程の参拝者がいるという事なのか。

 そしてもう一つ、鳥居というのは神域と隔てる為の結界でもある。その為、数が多ければ多い程神様の力が強く多くの結界を張らなければ祀る事が出来ない。なんて話も聞く。

 そんなことを思いながらも、鳥居に対して軽く一礼をして進んでいく。すると参道は途中から階段になっていた。その階段がまた段数が多く、百段はゆうに超えているだろう。

 「やっぱり地図通りじゃあないよな。」そう独り言を呟きながら階段を上っていく。この階段が石段ではあるが高さがまちまちなので登りにくい、一歩踏み外せばそのまま落ちていきそうな気がする。

  やっとこさ階段を登りきると、そこは小さな広場のようになっており、本殿のような建物も見える。

 「やっと登り切ったか。」と安堵したのも束の間、広場に異質な人影が見えた。


 それは、一人の猫であった。


 一人の人間でも、一匹の猫でもない。それは間違いなく一人の猫であった。

 なんせ二本足で立っているのである。というか、姿は完全に人間のそれであった。半袖のパーカーを羽織り半パンを履いており、いかにも元気そうな格好の少女である。後ろ姿しか見えてはいないが、背格好と髪型からして少年ではないだろう。

 しかし、間違いなく人間ではない。頭には獣の耳が生えており、服の下から尻尾が覗いている。一瞬コスプレの一種かとも思ったが、少女の発する声を聴いて人間ではない確信を得た。

 少女は口から言葉ではなく、鳴き声を発していたのである。しかも、ニャーなどという可愛らしい鳴き声ではなく、相手を威嚇しているときに発する鳴き声であった。

 特徴が言えない迷子になった猫とはまさにこの化け猫の事であろう。勘の鈍いボクでも流石に分かる。

 こんな猫、普通の人には探してくれと到底頼めやしないしボクのような胡散臭い放浪者に対しても化け猫であると明かす事は出来ないであろう。

 しかしまあ、依頼してきた彼女はよりによって何故こんな化け猫を飼っているのだろうか?その疑問が頭をよぎる。

 人は見かけによらない。今まで旅をしてきて嫌という程にそんな事象には出会ってきたが、ここまでの変わり種は早々ない。

 そんな事を呑気に思っていた時のことである。化け猫がこっちを振り返り、敢えて片仮名で表現するならば、「キシャーッ」という鳴き声を出しながらこっちに近付いてきた。明らかに殺意のある目つきをしている。

 しまった気付かれた。間抜けな顔をしながら、その化け猫と目を合わせる。

 生憎猫じゃらしもマタタビも用意しておらず、丸腰の状態である。依頼してきた少女と別れるときに分けてもらうべきだったかと思うが、今更後悔しても仕方がない。

 と言うかそもそも丸腰でこの稲荷神社の坂道を登り始めたのが間違いである。これがRPGゲームなら坂道の時点でセーブして銃をリロードするべきだったであろう、生憎ボクの人生にはセーブ画面もロード機能も無い。

 あまりにも現実離れした光景を目にしたからと言って、そんな呑気に現実逃避的な事を言ってる場合ではない。化け猫にこのまま襲い掛かられれば、恐らくひとたまりもないだろう。

 背丈はこっちの方に分があるが、化け猫相手に戦える程の戦闘力は無い。野生動物とはせいぜい野犬に追い掛けられた程度の戦闘経験しかないのである。そもそも逃げている時点で戦闘でも何でもないが。

 面と向かって闘っても負けるのが明白なのならば、人の姿をしていると言うところに一抹の望みを掛けて言葉で説得する事は出来ないであろうか。そう思い化け猫に対して語りかける。

 「貴女を探しているという少女に頼まれてここまで来た。迷子であるというのなら送り届けたいと思うのだが……。」

 案の定、言葉は通じなかった。「キシャーッ」という鳴き声をあげながらどんどんこちらへ近付いてくる。目から殺意の光が消えることはない。

 さてどうしたものか。辞世の句でも詠むべきか。などと既に諦めたような思考を巡らした時、神社の本殿の方からまた別の少女の声が聞こえた。

 「おやおや、今日はお客様が多い日ですね。」

 その声に何処か聞き覚えを感じながらも、まずはやっとここの神社の人間が騒ぎに気付いて境内に来てくれた事に安堵する。これで最悪な事態は回避出来るだろうと勝手に期待する。

 そう思いながら声がした本殿の方を見る。するとそこにいたのは……


 一人の、狐であった。


 そう。またである。

 一人の猫と対峙したかと思えば、そこに仲裁としてやって来たのは一人の狐であった。巫女服姿の狐である。

 とは言えこちらのお狐様は目の前にいる化け猫とは違い、人語を理解し話すことが出来るようである。意思疎通が出来るのなら話は早い、状況を説明して何とか間を取り持って貰おう。多分化け猫の言ってる事も分かってくれるだろう。お狐様は言葉を続けた。

 「結界を張っていたつもりなのですが、こうして2人も迷い込んでくるとは。」

 「うちに、何か御用でしょうか?と言っても化け猫さん、貴女はまだ言葉も理解できない程幼いようですね。」

 やはりこのお狐様はここの神社の人間?のようだ。結界を張っていたとも言っているし、そのよく分からない力でこの状態も解決してくれる事であろう。とは言え何故ボクが結界を張っている神社に入ることが出来たのかが説明が付かない。その程度の結界しか張れないようなら、この状況も打破出来ないのではないだろうか。

 しかし、何処かで聞いたことがある声だな……そう思い顔を見ると、どうやら向こうも同じことを思っていたようであった。

 「そこの御仁、何処かでお会いしたことが……あ。」

 お互い顔を見合わせる。

 嗚呼、思い出した。あの時出会った少女だ。


 それはボクが旅の最中に訪れた不思議な村での事である。雨の降り止まないという特異な現象に悩まされていた村に、仮面を被った最後の一人娘がいた。

 ボクが偶然にもその村の最後の訪問者となった縁もあり、その娘の結婚式を見届けることとなった。

 その日も勿論、村の天気は雨であった。それは結婚式が始まっても勿論変わらず、村の上空には厚い雲が覆っていた。

 しかし、その娘が一礼をし仮面を外した途端に、雨が降り続くなか陽が差してきたのである。

 天気雨、通称狐の嫁入り。そう、この一人娘の正体はお狐様だったのである。

 そして、どうやら嫁ぎ先がここの稲荷神社だったのである。


 「あの時の旅人さんでしたか。まさかこんなに早く、またお会いする日が来るとは。」

 巫女姿のお狐様は呑気にボクとの再会に驚いている。ボクもこんな運命的な再会に喜びたいところだが、目の前には殺意剝き出しの化け猫の姿がある。素直に喜んでいる状態ではないのだ。

 「そんなことよりも、この化け猫をなんとか……」

 震える声で、そう伝える。呑気に構えられているが、こっちからすれば生死を分ける程の一大事なのである。

 その思いに気付いているのかいないのか、お狐様は飄々とした態度で口を開く。

 「心配いりませんよ、この程度の小娘ならば。」そう言って化け猫を一瞥した。

 すると、化け猫はまるで蛇に睨まれた蛙のようにその場で硬直して、目からはみるみる殺意の光が消えていく。目は次第に虚ろになっていき、遂にはその場で力なく座り込んでしまった。

 「……えっ?」呆然とその姿を眺めながら呆気にとられた声を出す。するとお狐様は化け猫から目を離すことなく話し始めた。

 「お久しぶりです、旅人さん。あの日、ひとり傘を投げ出して天気に見蕩れていたせいでその後風邪を引いたと伺っていましたが、体調はいかがですか?」

 「その節はどうも。体調の件はいらぬ心配をおかけしました。お恥ずかしい限りです。」

 そう、あの後狐の嫁入りに見蕩れたボクは恥ずかしい事に雨に打たれて風邪を引いたのであった。看病は断ったのだが、「病人をほっぽり出すなんて出来ない。」と説得されて暫くあの村に留まったのであった。

 「お狐さん?はここの神社が嫁ぎ先なんですか?」あまり恥ずかしい話を掘られのも嫌なので話題を変える。

 「そうですね。ここの神主と結婚しまして、今は見ての通りのんびり巫女をやっております。」

 のんびり。と口にする間もお狐様は一切こっちを見ることは無く化け猫の方を見つめ続けていた。「いやいや、何処がのんびりなのか。」という言葉が喉元まで出かかったが、何とか呑み込む。

 「しかしまぁ、ボクは相変わらず依頼でここにやって来たのですが、この化け猫は一体なんなのですか?」お狐様との再会で一瞬忘れかけていたが、ここに来た理由は猫を探す事であった。恐らくこの化け猫がボクが依頼された猫だとは思うが、そもそもこの猫は猫なのだろうか。

 「依頼……?ああ、そういえば貴方はお人好しの何でも屋さんでしたね。」お狐様は最初にそう返した後、こっちを向くことなく話を続けた。

 「何なのか。と言われましても、猫です。としか言いようがない……ですかね?」

 「貴方がヒトのカタチをしたヒトであり、私がヒトのカタチをした狐であるように、彼女もヒトのカタチをした猫です。それを何と御呼びするかは旅人さん、貴方の自由ですかね。」

 はぐらかされたような気がするが、何者か理解したところで扱いが変わる事も無いだろう。「そうですか。」と一言だけ返す。

 「その依頼と言うのはこの猫を探す事だと思うのですが、見つけた後はどうするんですか?」お狐様が問いかける。

 「依頼してきたのが飼い主なので、その人に引き渡します。追加の依頼が無い限り、その後はボクは関知しません。」と答える。実際依頼してきた彼女が本当に飼い主であるという確証はない。もしかしたら処分する為にボクに依頼してきた可能性だってある。とはいえそれにボクが首を突っ込む道義は無いだろう。

 「お人好しの旅人さんの事だから、この子を無事に家まで帰す。なんて言うのかと思ってましたよ。」

 「依頼主はこの化け猫じゃなく、あくまで飼い主を名乗る別の人間ですから。」「まぁ、この化け猫に、助けてと言われたら話は別ですけども。」そう答える。こっちに向けて殺意を抱いてきた相手に対して、本気でそう思うのは優しさじゃなく甘さなんだろう。と思う。

 「やっぱりお人好しなんですね、旅人さんは。」お狐様は相変わらずこちらには一切振り返らず化け猫の方を見つめながら話す。その言葉尻は優しく、多分笑顔になんだろうな。と、勝手に思う。

 「さて、ではこの子を元の居場所に返さなくてはならないですね。」お狐様はそう言って胸元からお札のようなものを取り出し、それを化け猫の額に貼り付けた。

 すると、力なく座り込んでいた化け猫は静かに目を瞑りそこにコロんと転がってしまった。

 「え?」とまたもや間抜けな声を上げる。それに対しお狐様はようやく化け猫から目を離し、こちらを見た。

 「ご心配なく、ただ眠らせただけです。この神社の結界から抜けると目を覚まして元の猫の姿に戻るはずですのでご安心を。」

 「元の猫の姿?」とボクはつい聞き返す。

 「これぐらい幼い時にはまだ、ヒトのカタチを模る事は本来無いんですね。恐らく、ここの結界に魅せられた事で我をも忘れたんだと思います。」更にお狐様は言葉を続けた。

 「恐らくですが、この子が住んでいるお屋敷にも何かしらの結界が貼られている筈です。しかし、何らかの理由でその結界を破って外へ出てきてしまったのでしょう。好奇心猫を殺す。と言ったところでしょうか。」

 「もっとも、猫を「も」殺す。というのが正確な諺なんですけどね。決して猫が好奇心旺盛だという事では無く、好奇心に中てられてしまえば猫のようなしぶとい生き物でも命を落としてしまう。という意味なんですよ。」

 急な雑学を言われ戸惑うが、まぁとりあえずこの神社を出たら猫の姿に戻るという事なのだろう。そして、この雑学は恐らくボクに対しての忠告であろう。こんな事を続けていればいつかはとんでもない事態に巻き込まれかねない。幸い今まで何として事件に巻き込まれたことは無いが、猫程しぶとくないので簡単に死んでしまうだろう。

 「ご忠告、ありがとうございます。」ボクはそう返事をする。これで勘違いだったら非常に恥ずかしいが。

 「この神社から去るときは、敷地から出るまでは必ず振り返らないでくださいね?」まるでお約束のような事をお狐様は言う。

 「それは、また何故ですか?」たまらず聞き返してしまう。無粋であるのは承知しているが気になるので仕方ない。

 「結界の貼り直しが必要なだけです。その間に第三者に視認されると少々厄介なんです。ご容赦を」

 「あと、何か用事があっても再びその猫を連れてこの神社に戻ってこないでくださいね。次は多分一睨みするだけでは動きを止められなくなりますので。」

 「ボク一人で参拝しに来るのは大丈夫なんですか?」これを今生の別れにするのは惜しい気がしたので、そう問いかけた。旅を続けて同じ場所に二度訪れた事は殆ど皆無に近いが、またいつかお世話になる時が来る。そんな気がした。

 「ええ、それなら大歓迎です。お賽銭は私達のお小遣いにもなりますからね。」そう言ってお狐様は笑った。

  「あと、これを先方に渡してもらってもよろしいですか?」そう言ってお狐様は小さな小包を胸元から取り出した。

 それを受け取り鞄の中に仕舞った。中身が何かは聞かなくていいだろう。というか、お世話になったわけでもないのに何かを贈るとは律儀である。

 結界を貼り直すというのならあまり長居するのは得策ではないだろう、そして何より依頼主を待たせている。早くこの化け猫を届けた方がいいだろう。

 「今日は本当にありがとうございました、お陰で助かりました。これで無事に依頼も果たせそうです。」月並みなお礼を言ってこの神社を後にする。昔から別れの挨拶は苦手だった。

 「では、この先もどうぞお気をつけて。旅人さん」お狐様は笑顔で手を小さく振りながらそう言った。


 そうしてボクは眠りについた化け猫を背負い、この神社の階段を降りていった。後ろでは、おおぬさを振っているような音が聞こえた。

 百段をゆうに超える階段と、何百基も並ぶ鳥居をくぐりながら進んでいく。幸い化け猫が起きてくる気配もなく、首筋に寝息が少し掛かるだけであった。

 階段を降りきり、ついいつもの癖で振り返りそうになるも我慢し、心の中で一礼をして獣道をさらに進んでいく。獣道は少しづつ道幅が広くなり、そして舗装された道へと変わっていった。

 そして最後の鳥居をくぐると、手元に持っていた地図と同じ景色へと戻った。

 「ようやく戻って来たか。」そう独り言を呟く。これで化け猫もただの猫の姿に戻っている筈……。

 しかし、化け猫は姿をそのままに、すうすうとボクの背中の上で寝息を立てていた。

 「話が違うじゃないか。」そう言って後ろを振り返る。そこには一軒家程度の小さな稲荷神社があった。

 踵を返そうとしたところで、神社に猫と共に戻って来るな。と言われた事を思い出す。化け猫をその辺に寝かせて神社へ向かおうかとも思ったが、目を離した隙に目が覚めて逃げられようものならここまでの苦労が水の泡である。

 さてどうしたものか。と思いながら神社を眺めていると、本殿からお面を被った巫女服の女性が竹ぼうきを持って出てきた。間違いなくあのお狐様だろう。

 お狐様もこっちに気付いたようで軽く一礼をし、そのあと首を大きく傾げていた。どうやら化け猫の姿から戻っていない事はお狐様にとっても想定外なのであろう。

 大声を出すと化け猫が目を覚ますかもしれないので、「どうしたらいいの?」とジェスチャーで伝えるが、お狐様は会釈するだけでロクな回答をしてくれない。どうやらどうしようもないようだ。

 姿を戻す事は諦め、依頼主に見つかった旨の連絡を入れて迎えに来てもらう事としよう。そう思い依頼時に聞いていた連絡先に電話をする。

 「もしもし、依頼を受けた旅の者ですが。貴女のお探しと思われる猫を狐守稲荷神社にて保護いたしました。迎えに来ていただきたいのですが。」

 「本当に見つかったんですか!良かった……。」電話先から彼女の安堵の声が聞き取れる。

 「狐守稲荷ですよね。大変申し訳ないんですが、そこから5分程歩いたことろにある喫茶店で落ち合えませんか?」彼女はそう言った。

 「こっちは猫を連れている身なんですが、その状態で喫茶店に入っても大丈夫なんでしょうか?」化け猫のままだという事は伏せて、喫茶店に行くのを渋ってみる。化け猫をおんぶして歩いている姿なぞ、他人に見られてしまえば一発で通報案件である。あまりこの場から動きたくはない。

 「ちょっと色々ありまして……そっちの方には行けないんです、ごめんなさい。喫茶店については私の知人の店なので問題はありません。」彼女は申し訳なさそうにそう返事した。まぁ、化け猫を飼っているような身である。色々が何かを詮索するのは野暮であろう。

 「わかりました。その代わり、疲れたので喫茶店でミックスジュースでも奢ってくれませんか?」そんな冗談で返すしか無かった。

 電話を切り、ふと神社の方を見る。するといつの間にかお狐様の姿は無くなっていた。いつの間にか奥に引っ込んだようだった。

 とりあえず、喫茶店まで歩くことするが、何とかしてこの化け猫の姿を隠さなければならない。まずは頭に生えている獣耳である。コスプレですと言い張る事も可能ではあるが、コスプレ少女をおんぶしている時点で通報案件である。ひとまず、鞄の中に入っていた帽子を取り出して乱雑に頭に被せる。これで誤魔化すことが出来そうだ。

 さて次は尻尾である。何で隠すべきか、と考えても特に思いつくものはない。とりあえず服の中に入れてやれば誤魔化せるか。

 そう思い尻尾を掴んだ時である。「フギャーッ!」という大きな叫び声と共に化け猫が目を覚ました。

 しまった、猫にとって尻尾を触る事はご法度だったのだ。

 これならば人目を気にする事無く喫茶店まで歩けば良かったか。そう思うも時すでに遅し。化け猫が目覚めてしまった。

 神社の結界から外れたとはいえ、相手は化け猫。襲われればひとたまりもないだろう。しかも、その化け猫は今ボクの背中に乗っているのだ。首元を引っ掻かれようものなら命を落としかねない。

 ここまで来て今までの苦労が水の泡になるのは避けたい。何とか喫茶店までたどり着ければ、そこのマスターが依頼者の知人だというので何とかしてくれる気がする。

 とは言え、ここから5分の距離とは言え到底逃げ切れるとは思えない。そもそも、追い掛けてくるかどうかも未知数である。これで逃げ出されてしまえば、また一から探し直しである。

 そんな事を考えながら、神社の方を見る。すると奥に引っ込んでいたお狐様が騒ぎに気付いたのか、再び表へと出てきていた。

 必死にもがいて化け猫を背中から引き摺り下ろし、大声で神社に向かって叫ぶ。「助けて!」と。

 するとお狐様はただ一言、「渡した小包を。」と冷静に声を掛けてきた。

 慌てて鞄の中から預かった小包を取り出す。本来なら依頼主に渡すものなのだが、お狐様に使えと言われたのだから気にせず乱雑に中身を取り出した。後で詫びれば何とかあるだろう。

 中に入っていたのは、大量の木天蓼であった。

 背中から転がり落ちた化け猫の顔に、その大量の木天蓼を押し付ける。

 すると化け猫は、まるでサスペンスドラマでクロロホルムを吸わされた人のようにゆっくりと気を失いその場に倒れこんだ。何とかなったようだ。

 一安心し、お礼を言おうと神社の方を見る。すると、仮面越しでの呆れているのが分かるお狐様の姿があった。

 「まさか、そんな使い方をするとは……少量与えて猫が悦んでいるその隙に逃げてって意味だったんですが。」声色からも呆れっぷりが伝わってくる。

 「あ、そうだったんですか。てっきり中毒症状を起こさせろという意味かと。」

 「まぁとにかく、怪我が無くて何よりです。」

 気絶しているとはいえ、化け猫がいる以上神社の境内には入らず鳥居越しに仮面のお狐様と会話をする。

 「しかし、何故神社の結界から出てもあの化け猫はヒトの姿のままなのでしょう?」と疑問を投げかける。

 「ごめんなさい。理由は分からないですね。もしかしたら思っている以上に大人なのかも。」と答える。

 「まぁとにかく、依頼主さんと連絡も着いたことですし早く引き渡しに行った方がよろしいのでは?」

 「それもそうですね。いやいや最後までご迷惑をおかけしました。では今度こそ」

 「道中お気をつけてください。旅人さん」

 月並みな別れの挨拶をして、気を失っている化け猫を担ぎ今度こそ依頼主の待つ喫茶店へと向かった。


 喫茶店に着くと、「本日貸切」と書かれた看板が掲げられていた。

 「待ち合わせ場所はここのハズだが、入ってもいいものか。」そう思っていると、喫茶店から一人の女性が出てきた。

 「お待ちしておりました。この度は私の友人の依頼に付き合っていただき本当にありがとうございました。依頼主も中で待っております。」どうやらこの店のマスターのようだった。

 傍から見れば気絶している少女を背負っている一人の男だというのに、このマスターは顔色一つ変えずにボクを出迎えてくれた。これはこのマスターも何かを知っている側の人間なのだろう。

 店の中に入ると、テーブル席に一人の女性が座っていた。テーブルにはミックスジュースが置かれている。律儀なものだ。と思いながらそのテーブルに向かい、女性に声を掛けた。

 「おまたせしました。色々ありましてこんな状態ではありますが、あなたの探している「飼い猫」とやらを見つけて保護してきました。」

 「本当に、ありがとうございました。」と依頼主である彼女は言う。この姿に何の違和感も抱かないという事は、化け猫であると分かっててボクに捜索を依頼してきたようだった。

 「飼い猫探しと聞いて安請負いしましたが、まさか化け猫探しだとは聞いてませんでしたよ。」思わず本音が漏れる。化け猫だと聞けば間違いなく依頼は断っていた事だろう。

 「化け猫なんて人聞きの悪い、この子は私の立派な家族なんです。」

 「そえは失礼しました。」と謝罪する。そらそうだ、自分の家族を化け物扱いされれば誰だって気分が悪いだろう。軽率な発言だったと後悔する。

 「一つ聞いてもいいですか。」とこの依頼を受けた時からの一番の疑問をぶつける。彼女は一言「どうぞ。」と答えたので言葉を続けた。

 「どうして、ボクの事を知っていたのですか?ボクは自分の仕事を言いふらしたり、仕事を募集した覚えはないのですが。」

 そう、これが一番気になっている事であった。化け猫なんかよりも、その猫を飼っているという事よりも。

 彼女はクスっと笑い、口を開いた。

 「実は、この子が稲荷神社に迷い込んだ事は知っていたのです。」気絶している化け猫を見ながら彼女は言う。そして言葉を続ける。

 「とは言え、私はあの神社にはどうしても近づくことが出来なかったんです。」

 「それはまた何故?」たまらずそう聞き返す。

 「凄く簡単な話なんです。猫って、狐とは相性が良くないんですよ。それだけの理由です。」

 確かに、捕食関係にはないものの猫と狐は天敵であると言われている。でもそれが、何故彼女が近付けない理由になるのか。そう頭を捻っていると彼女は言葉を続けた。

 「質問は、何故貴方を知っているか。でしたよね。」そう言われてボクは首を縦に振る。

 「ちょっと前に聞いたことがあったんです、雨降りの村での結婚式の参列者に一人部外者が混じっていたと。そしてその部外者とは、何とも風変わりな旅人であったと。」更に彼女は言葉を続ける。

 「そして偶然あの喫茶店の前を通りかかったとき、喫茶店から猛烈に狐の香りがしたんです。でも中を覗いても狐の姿はない。あるのは一般のお客さんと、場違いな旅人だけ。」

 「その場違いの旅人ってのが、狐の香りをさせたボクだった。と」

 「そういう事です。その時確信しました。この人が狐に魅せられた旅人さんなのだろうって。」

 「……そんなにボクって狐臭いですか?」と聞くと彼女は再びクスっと笑った。

 「ええ、それはもうすぐ分かるほどに。でも安心してください、香りとは言え体臭とかそういうものでは無いので。」と彼女が言ったので一安心する。旅人とは言え体臭には気を遣っているのである。

 そんな話をしていると、化け猫がようやく意識を取り戻したようだった。一瞬身構えたが、目の前に飼い主がいるのだから平気だろう。彼女もそれに気付いたらしく化け猫に話し掛ける。

 「やっと目が覚めたのね。もう駄目よ、勝手に家から飛び出しちゃ。」まるで小さな妹を優しく叱るような口調であった。

 化け猫は寝ぼけたような顔をしながらゆっくり頷いた。どうやら意思の疎通は取れるようである。

 「それではそろそろ私たちはお暇します。今回は本当にありがとうございました。」彼女は深々と頭を下げた。

 「これが今回の謝礼です、受け取ってください。あと、実家が旅館を営んでいましてそこの宿泊券があるんですが、よろしければいかがですか?」と言って彼女は封筒を差し出してきた。

 「これはこれはわざわざありがとうございます。旅館の宿泊券もありがたく頂戴します。」差し出されたものは、何でも遠慮なく受け取る。これで明日からの宿代が浮きそうだ。

 「また、是非お越しになってくださいね。今回は本当にありがとうございました。」そう言って彼女は化け猫と手を繋ぎ、喫茶店から出ていった。



 その後姿を見送る。手を繋ぐ彼女の背中から、大きな尻尾が見えた。

 彼女はその尻尾を嬉しそうに、大きくゆっくり振っていた。



 仲のいい姉妹なんだな。と思った


 お久しぶりです。長良川長柄と申します。

 『お狐様は晴れ舞台に雨傘を。』から一年振り、『幽霊列車(仮)』からも約半年ぶりの投稿となりました。

 実は書き始めたのは去年の9月、なんと一年近く眠らせた作品となっております。ワインやウィスキーなら熟成させればさせる程味に深みが出て良いとされますが、文章はそうはいかないところ。所々に明らかな文の切れ目があると思いますがそれはご愛敬という事で。

 小説執筆の方は圧倒的な筆の遅さ、YouTubeでの動画投稿も約4か月前、同人誌に至っては一文字も書いていないという体たらくではございますが、自分が作った作品を一番心待ちにしているのは紛れもない自分自身なので、今後も頑張っていきたいと思います。

 ……本来こういうあとがきって何を書くべきなんですかね?少なくともこういうのは書かない気がする。

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