第九話 警備隊と国内事情
翌日の朝。海心は宿の主人と早速打ち合わせをしていた。
「もう一度確認しますけど、何も変えていないんですよね?」
「そうだ。値段やらサービスやらはそのままだ」
「お客さんが減った時期は?」
「ここ1、2週間のことだ。家族経営なんだが、今は妻と娘が実家の村に戻っててな。頼れる人がいないんだよ」
「ええ、わかりました。なんとか原因を追求してみます!」
そう言うと、扉をバン!と開けて海心は外に飛び出していった。
表通りまで移動し、改めて街の様子を見渡す。
石畳が敷き詰められた広々とした道路を、人々が埋め尽くすように闊歩している。様々な服装に身を包み、学校の制服の海心ですらここでは珍しい格好には見えない。宿は表通りから西に一本動いた場所にあり、そこは表通りほどではないにせよ十分な賑やかさと広さがあった。
(人の往来は十分、と。みたところ治安も悪くはなさそうだ。ますます客が減った理由がわからないなあ。やっぱり誰かに質問して話を聞いていった方がいいのかな?)
誰かに話を聞けないか、と海心は辺りを見渡した。忙しそうだったりのんびり歩いていたりと人によって歩速は異なるが、どうも立ち止まって話を聞く雰囲気ではない。
(昨日移動中に見かけたけど、あっちに噴水があったな。あそこなら暇してる人もいるかな?)
噴水の角に腰掛けて酒を飲んでいる老人。
「王都で変なことが起きてないかって?例の鍛冶屋がまた炉を爆発させたとか?おっと、そりゃいつもどおりか!」
楽器の手入れをしている吟遊詩人の青年。
「異変ねえ。特に変化はない毎日さ……。王国が平和なのは嬉しいが、少し退屈に感じるね」
彼氏を待っているらしい女性。
「ナンパなら帰ってちょうだい!」
靴磨きの少年。
「怪しい出来事?俺、貧民街のボスに知らない人が取り入ってるの見たよ!あれ、ヤバイぜ!」
……噴水広場で話を聞いて、海心は腕を組みうなった。
(うーん。あまり宿に関係のあるエピソードは得られないか。あと、他のクラスメイトとか異世界人関連の話も無かったなぁ。まあそこは昨日来たばっかだから話題にならないのは当たり前だけど)
とっかかりが掴めず悩む海心だったが、ピン!とひとつ閃いた。
(王都全体に問題が起きてないんだったら、原因はもっと小規模な話かな?たとえば実は近所に別の宿が出来ててお客さんを取られてる、とか!早速周辺の建物を確認してみるか!)
そう言って走り出そうとした所で、後ろから海心はいきなり腕を掴まれた。
「いっ!」
「おい貴様!」
慌てて振り向くと、二人組の武装したスーツの男達がいた。一人目の、海心の腕を掴んでいる方は厳つい顔で海心を睨んでおり、その背後にいる方の男は怪訝そうな表情である。
「ハンク、何してる?」
「何もですよ先輩!コイツ、指名手配の人相書きソックリですよ!」
「ん?ああ?」
ハンクと呼ばれた男が海心を掴んだままもう一方の手で指差し、先輩役の男が覗き込む。海心は焦りつつも腕をガッチリ掴まれて動くこともままならない。
よく見ると腕に校章を着けている。スーツ姿と合わせて見るに、どうも彼らは衛兵や警官のような立場の人間らしかった。
(やっ、ヤバイー!!!舐め腐って普通に白昼堂々と動き回ってたけど当然のように捕まったー!!!!!)
終わった……と海心が絶望しているのを他所に、先輩役はちょっと考えてからこう言った。
「いや、違うだろ」
「え?」
(え?)
これには海心も(ラッキー、SENPAIさては無能だな????)などと思ったが、そうでは無かった。
「あのなハンク、ちゃんと話は聞いとけよ。指名手配は手違いだって今朝連絡が入ってきただろうが」
「えっ、あっ。マジですか?」
「大マジだ。王子サマから直々のご連絡だぞ」
「……」
「……」
ハンクは一つ咳払いすると、パッと海心の腕を離しこう続けた。
「オホン。そういう訳だ。次は指名手配と間違われることはしないように!それでは!」
「そうじゃねえだろ!バカ!」
先輩に殴られ、ハンクは慌てて海心に頭を下げた。
「すいませんでしたァ!王都の治安を守るため、これから一層気を引き締め、今後このようなことがないように気をつけたいと思います!」
「は、はあ……。いや、構いませんけども……」
先輩は同時に謝りつつも一つ質問した。
「ところで、もう一つ用があってな。実はあるものを探しているんだが……」
「あるもの、ですか?」
――
3人は噴水広場から少し歩いた所にある詰め所までやってきていた。予想していた通り、彼らは王都の警備隊であった。今日はパトロールをしていたようだ。
「ようし、王子サマのもう一つの依頼、無くしものの回収も達成したな!こいつは礼の50000円だ!好きに使ってくれ!」
「おおっ!」
海心の目の前にドサリと布袋が置かれる。中を開くとジャラジャラと銀貨が入っていた。隣にいるハンクは納得いかなそうな表情でぼやいた。
「先輩、この人おかしくないすか?指名手配に間違われてたり、シリウス殿下が街に視察に来た際の忘れ物を持ってて、届け出るとか。偶然にしちゃ出来すぎですよ。罪状は知らないっすけど、これ指名手配合ってるんじゃないすか?」
「バカだなあ。そうじゃねえんだよ。忘れ物が合ってるか、確認するぜ」
そう言って先輩の男が、海心から渡された、シリウス少年の包みを開いた。
「これは……ボタンっすか?」
「よし、合ってるな」
包みの中身は金色のボタンで、よく見ると、包んでいるものはハンカチだった。それを確認して、ハンクは納得したように手を打ち鳴らした。
「ボタンが忘れ物!ああ、そういうことですか!」
「ったく、やっとわかったか」
「どういうことですか?」
訳がわからず海心は先輩の男に尋ねる。先輩の男は何でも無いことのように事情を説明した。
「いや、よくある手段なのよ。お偉いさんが特定の相手に金やら連絡やらをしたい時に、持ち合わせがなかったり、コッソリ渡したい場合とかに、服の裏ボタンを千切って、ハンカチとかで包んだりして相手に渡すっていう儀式があるんだよ。それで、衛兵とかに忘れ物捜査の依頼を賞金付きで出させるのさ。忘れ物が衛兵達に届けられて、お偉いさんのハンカチが手元に戻ってくると「よし、上手く渡せたな」って確認出来るって寸法だ。まあいささか古臭いやり方だが……」
「なるほどなぁ」
などと会話していると、後ろから見回りから戻ってきた衛兵が入り口から入ってくる。
「戻りました!東側の探索、異常ナシです!」
「ああわかった。やっぱ東じゃないか。クソ、どこにいやがる……」
答えつつ先輩の男が街の地図の右側に大きくバツをつけた。ハンクが手を挙げて、俺も噴水広場の巡回に戻ります!と言った。戻ってきた衛兵が頷くと、壁に数本飾られていた薙刀らしき物を手に取った。
(あ、あの武器、王城で騎士たちが使ってたのと同じ奴だ)
海心がじっと見ていると、ハンクがそれに気づき得意げな顔をした。
「くく、海心?くんも知ってたか。最近話題のスタンエックス!!ついに俺らのとこにも配備されたんだぜ!充填すれば何度も使えるんだからすげえよな。先輩、行ってきます!」
「おう行って来い。注意するんだぞ」
「押忍!」
そう言うとハンクも壁にあるスタンエックスと呼ばれた薙刀を手に取り詰め所を出ていった。
「あんな武器持って、王都にはライオンでも潜んでるんですか?」
宿屋の件やクラスメートの情報が得られるかも、と思い海心は尋ねてみる。先輩の男は隠すでもなく肯定した。
「ライオン……ではないが危険な相手がいる。虱潰しに捜索してるから、じきに見つかるだろう。おっと、敵国のスパイみたいなヤツだから、一般の民衆を襲うことはないだろう。君は心配しなくて問題ない」
「そうですか。そういえば、スタンエックスってなんです?さっきハンクが言っていた……」
「話題の武器さ。高確率で電撃を流して、かすっただけでも相手を気絶させられる。出力を上げれば殺すことも出来るし、電撃を僅かに飛ばす攻撃も可能だ。本来、魔法武器自体が滅多に無いもので、強力な雷属性というともう超高級品なんだが、新技術で「雷の魔法武器っぽい物」を大量生産するすることに成功したのがスタンエックスらしい。大量といっても三桁に届かない程度で、精鋭兵にしか配備できていないのが実情だがな」
「そんなのが置いてるって、この詰め所の人たちって思ったより精鋭部隊なんですか?てっきりお巡りさんくらいの役割だと思ってたんですけど。でもそれならその貴重なスタンエックスを配備されてるのおかしいですもんね」
「いや、そういう訳ではない。貴族社会の派閥の力関係の問題だな。……話しておくか、ハァ」
先輩の男はやれやれといった調子でため息をついた。海心としては違和感を覚えている。先程からあまり隠すこともなく聞いた質問にペラペラ答えてもらっているが、普通そこまで見ず知らずの相手に語るものなのだろうか?
「そこ含めて説明してやるよ。まず、この王都警備隊、という部隊がシリウス殿下派閥に属しているんだ。つまりはシリウス王子サマの手足よ。といっても皆が皆ってより、ここの部隊長である俺だけが王子と繋がってるんだけどな。それで……海心だったな。お前のことも、王子さまから連絡が来ていたんだ。事情は話せないが、情報やらなんやら便宜をはかって助けてやれってな」
「だから、色々と教えてくれてるんですね?」
「そうだ。俺はお前さんがどういう存在で、なんで助けなきゃいけないのかは知らねえがな。まあ、シリウス様に頼まれちゃ断れねえ。だから今後困ったことがあればいつでもここの詰め所に来て俺に頼るといい……と言いたいとこなんだが」
「何か問題があるんですね?」
「ああ、さっきのスタンエックスの話とも繋がるんだが。ありゃシリウス王子じゃなくて、長男たる王太子殿下サマの物なんだ。つーのも、王太子殿下が王旗近衛隊、シリウス様がここの警備隊を持ってたんだが、王太子派閥が警備隊まで手中に収めようとしてきたのよ。そりゃひどいってんで対抗したもののパワーバランスは向こうのが上。スタンエックスを配備したりと少しづつ影響力を伸ばしてって、ついには近々陥落する。マジに昨日連絡が来たことだと、ここの部隊長が俺から別のに変わっちまうんだとよ」
「あらら。スタンエックスは王太子殿下派閥のものなんですね」
「そう。あそこの派閥に魔導制作のノウハウは無かったはずなのに、急に発明しやがったのよ。流石におかしいってんで調べたらどうも別組織の影響を受けてるってわかって、慌てて王太子派閥こっそりチェックしたら怪しい話が出るわ出るわ。国内に工作員が入り込んでるのも発見されたよ。このままじゃ国がボロボロになっちまうってんで王城の方はキレイにしたんだが、まだ王都のどこかに残ってる奴らがいる」
「はあ」
(わけわかんない話になってきたな。その話多分俺あんま関係ないと思うんだけど。あ、でもこの人俺が異世界人だから目にかけられてるだけで、政治無関係、とかそのへんの事情知らないのか。なんか勘違いされてる。シリウス少年派閥の工作員的な?というか今更だけどシリウス少年王子だったのか……)
「で、警備隊が探しまくってたんだが、王太子派閥が妨害で前述したとおりここを乗っ取ろうとしてきてな。王都警備隊が明け渡される前になんとか見つけてやろうと必死というのが現状だ。それはそれとして、酒場のメモをやるよ。俺が部隊長辞めさせられたらここに連絡してくれればいい」
「あ、わかりました」
「まあ、そっちも色々大変なんだろうが詮索はしないよ。仕事頑張ろうな!」
「……」
詰め所を出てから海心はため息をついた。
(俺は宿を助けてちょっと臨時収入得ようと思ってるだけだったのに、なんか変な話聞いちゃったな。異世界の国の中のいざこざとか全然興味でないんだけど。うわ、てかもしかしてこの50000円受け取っちゃったの、もしかして受け取る=協力する的な感じ?許されるかわからないけど、危なくなったら即返そうっと……)
少なくとも綺麗なお金の2000円(ギャンブルで手に入れたので厳密には綺麗ではないが)があるのでそっちを使って、今受け取ったお金の方にはなるべく手をつけないことにしよう。そう誓う海心であった。