第七話 感動的な場面?
「ようニイチャン……」
「だめだぜえ、ちょっと身長が伸びたって油断して路地裏来ちゃあなあ」
「王都の闇ってのは意外と身近にあるんだぜ?」
(やべえ……どうしよう)
王城から脱出した海心だったが、指名手配かなにかで探されるかもしれないと思い、取り敢えず人気のなさそうなところに入っていき迷ってしまったのが運の尽き。明らかに路地裏と評される場所で半裸のチンピラ三人組に遭遇してしまった。
「ケケケ、怯えてるなァ」
「兄貴、こいつ中々いい服着てますぜ。金持ちに違えねえ」
「そうだなぁ。こりゃたんまり貰えそうだな」
「いやあ、金とか全く持ってないですよ」
言いながら後ずさる海心だったが、三人はススス、と回り込み素早く包囲した。
「へっ、適当言ってんじゃねえ!」
「表通りはこっちだが、通すわきゃあねえよな!」
「さ、やるぞ!!」
(く、くそ!大人しく表を歩いてればよかった!!)
中でも一番身長の高い男が腰から何かを引き出し、突きつけた!
(戦うしかないか!?)
「勝負だ!」
「チンチロでなぁ~!!!」
「兄貴は負けなしなんだぜ」
「ええ?」
突きつけたものは杯と3つのサイコロだった。兄貴と呼ばれる身長の高い男はニヤニヤと笑っている。
「……ち、チンチロ?」
「知らねえか?貴族っぽいが、賭け事しねえのか」
「いや、ルールは……多分知ってるけど……」
「一応すり合わせるか。おっと、俺はチンピラ兄貴と呼んでくれ」
「ああ、うん」
(……なぜ賭け事?)
――
「よし、ルールは問題ないな。さっさとやろうぜ」
「待ちくたびれたぜ兄貴!」
「はやくやっちまってくださいよ!」
「チンピラ兄貴……なんでチンチロなんだ、襲わないのか」
一応礼儀として海心はツッコんだ。あるいは知らないだけで異世界のチンピラは武力よりギャンブルに偏ってるのかもしれない、と思ったからだ。
「へっ、ニイチャン中々鋭いじゃねえか」
「兄貴ィ教えてやってくださいよ」
「クク、いいだろう」
そう言うと兄貴は力こぶを作ってみせた。あまり大きくない。というかこのチンピラ三人とも痩せていて強そうには見えない。
「見ての通り俺の『筋力』は低い。他二人もそうだな。もちろん『魔力』の素質も皆無だぜ。だが、この世には絶対の掟がある。知っているよな?」
「掟?」
「掟……そうだよ、『三竦み』さ。グーはチョキに強く、チョキはパーに……。勉強はしてねえ身だがこんくらいは常識だな」
(『三竦み』が掟……そうなのか?)
「魔法使いってのは脆いから、『筋力』が高い奴に殴られちゃすぐ倒れる。だから詰められる前に遠距離から仕留める必要があるんだが、『生命』『敏捷』があるやつにゃ魔法を耐えられたり、避けられて、だいたいタイマンじゃ勝てねえ」
「前置きが長いっすよ兄貴」
「ンなの分かりきってることじゃないっすかあ」
(タイマンだと物理職>魔法職……?自称チンピラの言うことだけに信用はできないけど、嘘ついてる雰囲気もないなあ)
「てことはよ、筋力系統は魔法系統に対して有利なワケよ。じゃあ筋力系統に強いのはなんだ?世の中は三竦みだから、これに勝てる何かがあるはずなんだよ」
「ハア」
「今出てないのは……『器用』と『幸運』ッスね」
そうだ、とチンピラ兄貴は頷いた。
「そして『器用』は魔法のコントロールとかに関わるからまあ『魔力』とセットなんで除外する。そしたら残るのは……『幸運』!」
「なっ、なるほど!幸運は三竦みで物理に勝てるわけッスね!!」
「何がどういう理屈で勝つのかはわからんスけど、他に三竦みで当てはまるパラメーターもねえッスから!!」
「クク、そういうことだ!」
チンピラ兄貴は海心に向かってビシッと指を突きつけた。
「ニイチャンが魔法職なら俺らにさっさと火球ぶつけて帰ってる頃合いだろ。そうなってねえってことはニイチャンは物理職だ。つまり三竦みで『幸運』がある俺らが有利!そしてチンチロを仕掛ければ土俵も有利!いざ勝負だぜ!」
「さっすが兄貴!」
「俺ら『幸運』のパラメーターが上がりやすいっていう弱者特有のステ配分ッスけど、あえてそれを活かしているんスね!!」
海心はちょっと考えた。色々とおかしいだろと思う所はあるが……彼らが仕掛けてきたのは幸運勝負。幸運極振りの彼にとって、むしろこの勝負はオイシイ!(賭け事に『幸運』ステータスが乗るのかは知らなかったが、彼らがそういうならそうなんだろうと思った)と判断し、乗ることにした。
「わかったよチンピラ兄貴。問題は賭け金だけど……」
(俺賭け金どころか一文無しだし……)
「一々現金出してらんねえか。じゃァチップ代わりにこの小石でも使うか。一個50円を50個づつだ。5回ずつの3ループ!1勝負でチップは1~5枚使用だ!」
「わかった」
(負けたらどうするか……そういえばイカサマとか考慮してなかったし……。チンピラ相手だからって踏み倒して逃げたくはないなぁ)
……とわずかに敗北した場合のことを恐れたが、普通に海心がボロ勝ちした。
「そ、そんな」
「兄貴が負けるなんて……。ろくに賭け事なんてした経験ないけど『幸運』の伸びだけはやたら良かった兄貴が……」
「チクショウ……」
(圧勝だったな……。50個づつの小石が90:10になったけど、でも完勝とはいかなかった。ここに召喚された時に騎士の攻撃を喰らったのもそうだけど、幸運の高さが極振りでも足りないのかもしれない。初期ポイントでスキル取った残りを振っただけだからな。レベル上げとかして幸運もっと上げないといけないのか?)
「じゃあまあ40x50で2000円払ってもらうよ」
(今更だけど通貨の単位円なんだな……。どうせならゴールドとかに翻訳してくれればいいのに)
「く、かくなる上は!」
「調子のんなよ~!!」
[まぐれ回避:敵の攻撃時、避けられる余地があれば5%の確率で回避できる]
[まぐれ回避:成功]
「おっと!?」
横にいたチンピラが殴りかかるのに反応出来なかったが、スキルのおかげでかわすことに成功する。木箱の椅子からバッと立ち上がり、海心はなんちゃってファイティングポーズを取った。
「踏み倒すつもりだな……!」
「や、やるのか!」
「3対1だぞ!」
「お前らやめろ!!」
チンピラ兄貴が二人を制止した。懐から銅貨を20枚取り出すと、ヒモでくくり、海心に手渡した。
「あ、兄貴ィ!?」
「こんな野郎、殴っちゃえば良いんスよ!!」
「違うだろォ!!」
チンピラ兄貴は二人に涙しながら右手でビンタした。二人は頬を押さえ、痛えっ!と悲鳴を上げた。
「俺たちチンピラがここにいられるのは、暴力を働いたことがねえからだ。暴力に頼っちまえば最後、すぐに騎士どもに取り締まられて捕まっちまう!そうじゃなくても、闇に生きるデケえ組織に、島荒らされたと思われて、目ェつけられて潰されちまう!小規模な賭けをセコセコやってるだけだから見逃されてるんだよ!」
「だ、だが兄貴!殴らないにしても、俺たちが逃げるんじゃダメなのか!?」
「ニイチャンに馬鹿正直に金渡すことねえだろって!!踏み倒しても貴族のボンボンからすりゃどうでも良い額だろ!!」
「ばっ、バカヤロー!!」
さらにチンピラ兄貴は二人に左手でビンタした。二人は反対の頬も押さえ、痛えっ!と悲鳴を上げた。両手で頬を押さえるの、チンピラじゃなかったらかわいいのに……。と海心は思いながら歩き出した。
「俺たちゃアウトローだ!なりたくてなったわけじゃねえ!金がねえから、力がねえから、仕方なくなったんだ……。だが、ナイナイ尽くしだからこそ、無くしちゃいけねえものもあるだろ!!」
「「あ、兄貴!」」
「誇りだ!誇りだけは無くしちゃいけねえ!東の国では、賭けにウソついた野郎は首切って川に捨てられるって聞いたことがある!賭けに誇りがあるからだ!魂があるからだ!!追い詰められて始めたチンピラ家業だからって、魂が無いわけじゃねえ……」
「あ、兄貴……」
片割れが声を上げた。
「そのとおりだぜ!兄貴がそんなこと考えてたなんてちょっとも知らなかったッス!マジで感動したぜ!」
「……!兄貴、俺もだ!俺だって誇りを胸に生きていきたい!」
「ふ、二人とも……。ありがとう。今日から俺たちゃ改めてファミリーだ。全員で力をあわせて生き抜いて、いつかは出よう!この汚え路地裏からよ!どうしたらいいか、知恵を貸してくれ!」
「はい兄貴!」
「まずは『幸運』頼りのチンチロやめましょうよ!!」
三人は長らく闇の片隅で生きてきた。危なくなれば場所を移し、転々とする内についには王都にまで来てしまった……。だが、今日から彼らは本当の意味で仲間となった。きっと、努力すればいつの日にか、陽の光の当たるところで過ごせる日々が来るだろう……。
海心はどうでも良かったのでとっくのとうに表通りに戻っていた。思わぬ臨時収入であった。王都で2000円がどれほどの価値かは知らないが、できれば宿にでも泊まりたい。と、呟いた。