第六話 斧と殻
ジーンはゼーアドラ帝国魔装指揮官に任命された有能な男である。魔装部隊自体は未だ中隊規模しかないものの、帝国の新たなる主力軍の一つを21という若さで任されるだけの実力があった。
「我こそは帝国魔装指揮官、ジーン!いざ参るッ!!」
(いきなり何の落ち度もないのに、こんなやたら偉そうな少年に役職取られますはいそうですかって納得できようか!できるわけがないッ!)
ジーンのメインウェポンは大きな斧である。帝国どころか世界的に見ても斧をメインに軍人として戦うものは少なく、精々過去に力ある冒険者が利用したとか、どこぞの蛮族集団が集団で使っていたという話しか聞かない。だからこそジーンは己の武器にユニークさとプライドを感じていた。重く扱いにくい獲物を使いこなし、強烈な一撃で敵を粉砕する、強烈なる帝国の在り方そのものである、このグレートアックスこそ、我が武器である!という自負があった。
「進学日本高校三年、前田参る!見せてやるぜ、俺の『魔力極振り』ロールをよォ!!!!!!!」
斧を後ろに構えつつ、前田に向かって素早く距離を詰めていくジーン。前田の発言から何やら魔法を使うと理解し、一気にカタをつける気である。
(縦だと殺してしまう……横殴りに気絶させればよいな!)
「はぁああああッ!!」
ガァッ……ン!!
「なにィ!?」
「おっと早え!そんなものもってよくキビキビと動けるな……」
側面に回り込みつつ斧を腰の回転で叩きつけたが、前田の周囲に展開された灰色の厚い層のようなものに弾かれてしまう。
(ぐ、う、手が痺れる……!)
「反撃行くぜ!」
前田が向き直ると、グルリと周囲を覆う灰色の層のようなものが連動して動き、前田の動きに合わせて層がジーンに迫る。慌てて斧で防御するものの、衝撃で柄から手が離れ、斧がわずかに吹き飛ばされてしまった。
「へへ、大体コントロールがわかってきたぜ……こうか!」
「そ、それは……!」
前田から紫色の魔力が溢れ出すと、灰色を塗り替えていき、おぼろげだった魔力の層がはっきりとして、魔力の壁がミルフィーユのように重ねられて、前田の周囲でバリアのように球形を作っているのが視覚できるようになった。そう、それはまさに魔力によって作られた巨大な鎧。
そして左右にピシリと亀裂が入り、金切り声のような音とともに中から触手状に魔力が捻り出される。
「ン、腕っぽくならねえな……。まいいか!」
「ま、前田とか言ったな!!何故……」
魔力の球体から不格好な腕のようなものが生え、ファイティングポーズの構えを取る。虫の幼虫のように不格好でグロテスクだったが、ジーンにはおおよその形に見覚えがあった。
「何故リアクターなしに魔装が使えるのだ!!」
「よっしゃ行くぜェ!!!」
腕が伸び、ジーンに襲いかかる。身長が高く体も大きいジーンは元々回避は苦手だったが、斧が手元にないため防御は不可能。幸いそこまで腕の動きが早くなかったため、頑張れば避けられるだろうと見切りをつけ、鞭のように襲いかかる魔力の腕を下へ上へとくぐり抜けたり飛び越えてゆく。
「ありゃ!全然当たんねえなァ!?」
「素人が!」
被弾はないと判断し、即座に戻って斧を回収すると、腕が前田の元に戻るよりも早く、最後右側面から駆け込み、斧を振り下ろす。斧使いにしては珍しい俊敏さがジーンを常に助けてきた。おかげで相手は防御も何も間に合っていない。このまま魔力層を一撃で破壊するつもりである。
「縦振りで行くぞ!割れて死ぬなよ!!」
「極振りの魔力が突破されるわけねェだろォ!!ひぃい!!」
叫びつつ前田はジーンに腕を横薙ぎでぶつけて止めようとするが、それよりも先にジーンは斧を振り下ろしていた。
「はあぁぁぁぁああああああアアッ!!!!!!」
刃先が層を削り、衝撃で魔力が弾け飛び、あたり一面を光が覆い尽くす。一瞬で大量の魔力結合が切断された際に起こるエネルギー放出現象によるものだった。
「ぬううう!……ふ、二人はどうなった!」
元帥が目を押さえつつ声を上げる。光が消え、正面を見ると……前田もジーンも双方膝立ちになりながら互いに目線を向けていた。
(こ、殺しかけてしまった……)
ジーンは冷や汗をかいた。そして、手元に斧がないことに気がついた。前田も、殺されかけたことに冷や汗を流しつつ、何故か相手の斧が真横に突き刺さっているのに気がついた。
結論から言うと、斧は前田の強固な魔力層を突破することに成功した。しかし、エネルギー放出現象によってわずかに刃先が逸れ、前田には直撃しなかったのだ。そしてその後振り回していた腕がジーンぶつかり、大したダメージはなかったもののまた斧を置いて距離を取らされてしまった。層の中に取り残された斧は、結局その内部に埋まってしまった。
「ジーン、やりすぎじゃないのか!?」
同僚が慌てて声を上げる。元々ジーンのグレートアックスは手加減に向いたものでもなかった。
魔力光で何が起きたか同僚には見えなかったが、ジーンの顔を見れば事故を起こしかけたことは推察することができた。
「あ、ああ……。や、やりすぎた。前田どの、すまなかった」
「ん?前田……どの?」
「先の非礼を詫びよう。私の負けだ」
急に態度が軟化したジーンに、前田は呆気にとられた。
「な、なんだよ急に。むしろこれ俺の負けだろ。斧が逸れなかったら、俺多分死んでたぜ」
「殺しかけたのは申し訳なかった。が、刃先を反らしたのは君の魔力だ。私がすんでで向きを変えたとかそういうのではない。そして……」
ジーンが前田……の横に指をさした。グレートアックスが層の中に埋まっている。
「実戦なら、この後私は素手で君に挑まねばならない。だが、斧なしに君の厚い魔力層を突破するのは不可能だろう。だから、君の勝ちだ」
「まあ、降参すんならそれでいいけど……。でも、魔装指揮官だっけ?の座はいいのか?知識の提供なら俺ァべつにアドバイザー的な新役職つくってくれればそれで構わないぜ?」
「いや、よいのだ。前田どのは知らずにやったようだが……魔力を動力とした巨大な機動装甲に乗り込み戦う新兵器。それこそが魔装なのだ。そして君は初戦にして魔装らしき戦い方をした。君こそ魔装に関わるにふさわしい人間だと直感したよ」
「ふーん、自覚は無いが、魔装指揮官だったお前が言うんなら信じるよ。でも……」
前田は魔力の腕を伸ばした。大きさがバラバラで玉のような指が生えてくる。それは握手を求める形だった。
「急に良い奴になりやがって、”前田どの”ってのはな~んかやだね。”前田”でいいぜ。よろしく、ジーン!」
「……!フッ、そうだな。よろしく、前田!」
二人はガシッと手を組み合った。
「元帥、若いってのは良いですね……」
「ううむ、ちょっと性急な気もするが、戦いの中で何か友情を見出したようだな……。まあこれはこれで、よいか」
同僚と元帥は頷きあった。元帥は二人に声をかけた。
「危険だったが、双方よい戦いであった!疲れたろうし、飯でも食べに行きませんかな!」
「ほら、さっさと来いよ!」
言い残して、元帥と軍人たちは金属製の頑丈なドアを開き外へ出ていった。
「私たちも行こう、前田。っと、斧も返してくれないか」
「いや、それが……」
前田が言いながら途中で横転した。層が球形なのでゴロゴロと床を転がる。
「斧が埋まっちゃってバランスが……やべえ、これ重い……立ち上がれない」
「ま、前田ァッ!層を解除できないのか!?」
「これ体質スキルだから……「マナクラスト」っていうんだけど、強制常時発動だって」
「体質スキル!?珍しい上に厄介な物を……!仲間を呼び戻してくるから、取り敢えずそこで転がっててくれ~ッ!!」
「あーい……」
(前田か……リアクターなしに魔装らしきものを発動したのは才能かと思ったが、珍しいだけの体質スキルが正体なら、認めるには早すぎたか……?)