第五話 王国と帝国
(な、なんだこの子供……!)
庭園を訪れていた人達と捜索する騎士。両者に挟まれるもなんとか木々の中に隠れやり過ごすことができた海心だったが、さらにその奥に子供が隠れていたようだった。
「ふふ、ビックリしてる。先客がいるなんて思わなかったでしょ」
「あ、ああ。えーと、キミは?」
にこやかに、しかし内心警戒しながら海心は尋ねた。小学高学年くらいに見える少年は、整えられた金髪と、なにやら格調高そうな服を枝葉で汚しながら笑っている。
「ボクのこと、知らないんだ。やっぱりお兄さん、この城の人じゃないよね。今まで挨拶に来てないもん!」
「い、いやぁ……」
(うっ、ヤバイぞ……。察するにこの国のお偉いさんの息子とかだよな……絶対怪しまれてる!)
今はきっと騎士たちが城中を探している頃合いで、この少年が大声で叫べば一気に集まってくるに違いない、と海心は思った。その前に力づくでこの少年を……とも思ったが、流石に初対面の子供に暴行を働くのはどう考えてもポリシーに反していた。
「安心してよ、ボク叫んだりしないからさ」
「え、考えていることが分かるの?」
「まぁ、目線でね。ちょっとしたスキルさ。気にしないでよ」
「そ、そうかい」
「……警戒してるのはわかるけど、ボクはお兄さんを通報したり捕まえようとかは思ってないんだ。そうでなきゃわざわざこうやって茂みから出て会いに行かないでしょう?」
少年はにこやかに続けた。
「ボク――あ、シリウス・ランカスタって言うんだ。シリウスって呼んでね――は、お兄さんみたいな人間にちょっと興味があってね」
シリウス・ランカスタ。この時点で海心は知るよしもないが、今召喚されたのはランカスタという王国であり、国名を名前に冠するこの少年こそ、まぎれもなくこの国の王族であった。
「ホントはゆっくり話したいんだけど、つまんない家庭教師から逃げてるところで、あんまり長々としゃべる時間ないや。見つかったらお兄さん捕まっちゃうし」
「か、家庭教師?」
「そ、ダラダラと惰性で続いてきた国家の歴史を無駄にカッコつけたり、古臭い礼儀作法を勿体つけてクドクドと教えてくれる奴らだ。今はそんな人達はどうでもいいの!それよりも……」
ずい、と少年は海心に近づいた。
「予想が正しければ、お兄さん……チキュウからの転移者……ってヤツだよね!?ボクはそっちのほうが断然興味あるんだ!!好奇心を満たしてくれる人との会話をボクはとても望んでいる!!」
そう言いつつ、シリウス少年はポケットから包みを取り出し、海心に押し付けた。
「この時間帯の裏口は騎士たちが少ないから、そこからサッと出れるはずさ。で、今きっと一文無しなんでしょう?明日以降にこれを詰め所に出したら小遣いが貰えるはずだからうまく活用してよ。ほとぼりが冷めたらまたボクの元に会いに来てほしい。いいかい?」
「そ、そうか……ありがとう」
かなり一方的に話された海心としてはいくつか質問もしたいところだったが、またドタバタと足音が近づいてくる。シリウス少年が「ホラ、木の下通れば裏まで回り込めるから!」と海心を追いやると、入れ替わるように妙齢の女性がやってきて、「坊ちゃま!また逃げて!!お勉強に戻りますよ!!」とシリウス少年を連れて行った。
(色々と急だったが、シリウス少年のおかげでどうやら脱出できそうだ。ありがとう……)
思いがけぬ幸福に感謝しながら海心は木々の下を這って示された方向へ進んでゆく。すると、確かに使用人たちが使うための小さな木のドアが裏の城壁で開放されていた。
このときもともと騎士が少ない時間帯な上、海心は知らぬことだが、彼を追跡するために城内の騎士の多くが正面側の捜索に回されたため、ドアの前は無人で、すんなりと脱出することができた。
裏の道路をコソコソと回り込むと街に出て、どういう場所なのか多種多様なファッション、見た目の人で溢れていたため、学校の制服を着たままの海心でもそこまだ目立たないようで、ここまで来れば割と安全という風に見える。
脱出を助けてくれたシリウス少年に海心は今一度感謝の念を捧げた。
(ありがとう!シリウスくん……きみが勉強嫌いなおかげで出会い、助けてもらうことができた……。でも少年!勉強はね……した方が……いいぞっ!!後で苦しむから……)
念の中にわずかに現役受験生としての忠告が混じってしまった。完全に余計なお世話な上、シリウス・ランカスタは王族なので多少勉強ができなくても最悪どうとでもなるのだが、当時の海心には知るよしもなかった。
場面は移り、ランカスタ王国の遥か北に存在するゼーアドラ帝国中枢。世界各地に散らばった転移者たちがったが、海心の友人である前田ゆうきはここに飛ばされていた。
「オッス、第一村人……街人?発見だな!」
「おお、言語は始めからわかるのはありがたい!はじめまして転移者どの。いきなりのことで驚いていることもあるでしょうが、我々は是非ともあなたを仲間に引き入れさせて欲しいのです」
「んあ、ホントにいきなりだな。ンだよ仲間って。一緒にピクニックでも行くのか?」
前田を待ち受けていたのは鋼鉄の壁で全面が覆われた教室レベルのサイズの部屋と、中に軍服を着た老人を筆頭とする数十名の軍人たちである。
「フフフ、ピクニックは行きたいものですが、残念ながらそれは叶いませんな。我らが国民が敵国の脅威を退けぬ限り、領内といえども安心して外出もままならぬ日々が続いておるのです」
「敵国ゥ?仲間ってのはあんたの国に乗っかれって話か?」
「さっきから貴様、黙って聞いていれば元帥に対し失礼だぞ!言葉遣いというのがなっておらん!」
「これやめたまえジーン君。すまんね、うちの若いのが」
軍人の中の1人が前田に文句を言うも、元帥と呼ばれた老人はそれを窘めた。
「自己紹介がまだだった。ワシはゼーアドラ帝国の元帥――まあ軍でちょっと顔が効く立場だと思ってくれ――を拝命させていただいておる、ゴル・ド・ワンという。よろしく」
「ああ~、ご丁寧にどうも。俺ァ進学日本高校の三年生の前田ゆうきって言います。前田かオタク野郎とでもお呼びください」
「オタ……?向こうの言葉かね。では前田くんと呼ばせてもらいましょう。単刀直入に言うが、ワシらの治めるゼーアドラ帝国は国力に乏しく、貿易無くしてはまともに食うこともできん状況だというのに、真南のランカスタ王国に侵略されて、ハッキリ言って死に瀕しておる。客人に願うことではないが、助力していただけぬか」
「王国VS帝国ってーとありがちだが、帝国が攻められてる側なのは新鮮だな。マジなのか?」
前田は老人の後ろの軍人たちをチラリと見た。だいたいは無表情を保っているが、一部は不満そうな顔をしている。前田は、文字通り「ポッと出の自分への敵愾心」は感じ取っていたが、それとは別に「帝国が死に瀕しておる」などと言われたことにわずかに反応している者がいるのを確かめた。
「ムム……後ろの者共を連れたのは失敗だったかな」
「おっと、悪いな後ろの反応伺っちまって」
「いや、ご自身が転移者という立場に当たって警戒するのは当然のことと存じる。それで、モチロンわしらとてタダで負けるつもりはありませぬ。強力な最新鋭の兵器も作っておりますし、帝国を名乗る自負というか、純粋な軍事力ならば、見栄を張らずとも王国に勝てると断言できますな。ただ、何分人口が少ないので、兵の数が限られており、仮に広大な王国を打ち負かしても、それを統治し支配するのは難しい」
「別に王国丸々支配しなくても土地を一部だけ切り取ったり、イイ感じに条約結べば良くねえか」
「本格的に敵対すれば、王国相手では数年もすれば技術や練度の差など物量の差でひっくり返されましょう、大規模な反撃を受ければ最終的には帝国が負けてしまうのです。そこで、前田くん。君の自由意思で我々を助けて欲しいのだ。英雄としてではなく、知恵者として」
「自由意思?こんな鉄に囲まれた部屋に召喚しといて、断ったら変な魔法とかで強制的に手伝わされるんじゃねえの、ってのは置いとくとして、知恵者っていうのは?」
「そうです。ワシはあなたという戦力―――転移者という際限なく強くなる生物の力――に興味はありませぬ。興味があるのは……その「知識」の力なので御座います。ちなみに、人を無理に隷属させる魔法は禁じられていますから、使いませんよ」
ニコニコとゴル・ド・ワンは言ったが、前田は(嘘くせえ、こいつァあんま信用できねえ顔だな)と心の中にメモしておいた。それはそれとして、異世界の情報もなにもない状態ではあるので、取り敢えず協力的な態度は示しておくことにした。
「フーン。何の知識が欲しいのかは後で聞くとして、そういうことなら手を組めそうだな。まあ、一般学生ごときの知識がどこまで役に立つかわからねえが……」
「書物によると始めは多くの転移者はそう仰るが、やはり技術の体系が根本から違うために、転移者によって学問に革命が起こった例は過去になんども確認できるのです」
「過去……やっぱ転移者ってのは他にもいたのか。元帥にタメ口聞いても斬られないあたり、ほどほどに地位はあるっぽいが、お前らが召喚魔法的なので地球からポンポン呼んでるのか?」
「いえ、200年に一度、主神が30名ほどの若者をチキュウから各地に遣わすので、魔法によりこうして落下地点をズラし、引き寄せているだけで御座います。まあ、魔法規模の問題で基本的に一国あたり一名しか呼べませんがな」
「200年に一度……か。まいいや、だいたいわかったし、とりあえず今は協力するって言っておくぜ。どーせ断る権利もなさそうだしな」
「はは、前田どのはお軽い方のようで、すぐ逃げてしまいそうですな。良い待遇は用意しますが、満足してくれるかどうか」
「そう、そこなのだッ!」
「うおっ」
急に後ろにいた軍人の1人、ジーンという男が前に出た。
「元帥!どうしても納得がいきません!何故私がこんな得体も知れぬ男のために魔装指揮官の座を奪われなばならんのです!!」
「いや、そこはすまんねジーン君。王国を優越するには魔装の強化は必須事項でね、君に落ち度があるわけとかではないんだが」
「落ち度がないのに座を奪われてるのが気に食わないと言ってるんです!」
おいやめろよジーン、と隣の同僚が止めるがジーンは全く言うことを聞かない。
「そこの転移者!確か前田とか言ったな!!私と決闘しろ!そして勝った方を真の魔装指揮官とするのだ!!!」
「何?魔装指揮官って」
「帝国の最新兵器、『魔装』に関する全権利を握る役職のことだ!どうやら元帥は君を魔装に関して自由に出来るように、魔装指揮官の座を渡すつもりのようだが、魔装のマの字も知らん者が就いていい役職じゃないのだ!よって、決闘だ!」
「いや決闘て。まずは話し合おうってならねえのか?」
と、ツッコみつつも内心、前田は乗り気だった。まだ流石に信用できない帝国勢力だが、どうも、少なくとも実力を示せば無下にはされなさそうな――トップの元帥こそ老人だが、組織全体から若々しさのようなものを感じ取った。多分元帥以外の者たちは異世界人がぽっと出の田舎者くらいの見方をしていて、だからこそここで打ち負かすかいい勝負ができれば、それだけで優秀な仲間として認めてくれそうな気がした。
「……いいよ、乗ったぜ。俺のキャラビルドを試すには丁度良いしなァ。どこでやんだ」
「ここで問題なしッ!召喚されたものが暴れても良いように出来ているからな!!」
「じ、ジーン君やめたまえ!前田どのも無理して乗らんくて良いのですぞ!!さっき言ったとおり前田どのには異世界の知識を役立てる足場として役職を用意しただけで、戦闘などできんくともよいのですぞ!?」
急展開に驚く老人だったが、ジーンの同僚らしき男が説得する。
「すいませんね元帥。ジーンはバカなんですよ。でも二人とも、いや俺たちも実力が見れた方が、いきなり重役に就かれても納得いくんじゃないですか?」
「む、ぐぅ。君まで……。……ハァ、どうしてウチの組織はいつもこうなのだ……」
ゴル・ド・ワンは頭痛を抑えるようにしながらため息をついたが、一応前田は、ジーンが異世界人に決闘を挑むこと自体が決められた流れで、これはただの演技かもしれない、という可能性も考えたが、それならそれで仕方ないと思った。
そしてもし演技でないのなら、こういった行き当たりばったりが通る組織というわけで、外部から来て好き勝手やりたい前田からするとむしろやりやすく、割と歓迎できることだった。
部屋の端と端に二人が分かれ向かい合う。同僚が審判を買って出た。
「殺しはナシだとか今更言う必要はないよな!?常識に則ればルールは無用、それでは……はじめ
!!」
「我こそは帝国魔装指揮官、ジーン!いざ参るッ!!」
「進学日本高校三年、前田参る!見せてやるぜ、俺の『魔力極振り』ロールをよォ!!!!!!!」