第四話 邂逅
「チィェぇーーエエエエッ!!!」
「うわあああッ!」
叫び声と共に正面の騎士が薙刀らしき武器を振りかざしてくるが、悲鳴を上げるのが限界で海心は防御も回避も何もできないまま棒立ちするしかなかった。
そのまま刃先が海心の体に突き刺さり、首から脇下へとなぞるように切り捨てられる……かのように思えた。
[ラッキーボーイ:自分より相手の方が大きい時、幸運に補正がかかる]
[お天道様の心:日中、幸運に補正がかかる]
[幸先良し:その日最初にランダム判定時を行う時から10分間幸運に補正がかかる]
だが、戦闘開始時点で既に幸運が上昇するパッシブスキルが発動しており、そして……。
[まぐれ回避:敵の攻撃時、避けられる余地があれば5%の確率で回避できる]
[まぐれ回避:失敗]
(えっ?)
[食いしばり:致命的なダメージを受けた時、耐える余地があれば3%の確率で戦闘可能な状態、10%の確率で生存可能な状態で耐えることができる]
[食いしばり:成功(戦闘可能)]
[空蝉:ダメージを受けた時、5%の確率で魔力を消費し離れた場所に退避できる]
[空蝉:発動]
「ッエァ!!!!!……な、何ッ!?」
薙刀を振り切ったかと思いきや、そこに海心の姿が煙のようにかき消え、そして……!
「い、いってええええ!!!!」
(何何なにが起きてるの!?!?!?急に襲われるしクソ痛えしなんか回避発動してねえし!!!)
円形に並んだ騎士らの包囲網の外側で、切られかけた部分を手で抑えながら困惑の悲鳴を上げる海心の姿がそこにあった。
「なにっ、異世界人が背後に!?」
「一瞬で囲いから抜け出るとは、 素人っぽく振る舞っているが何か能力を持っているぞ!」
「隊長!どうします」
「お前たちは殿下たちを護れ!私1人で対処する!!」
「な、なんなんだよ……」
首の付根を抑えながら海心は呟いた。「食いしばり」の効果によって戦闘可能な状態で耐えることが出来たが、最低限戦闘可能というだけでダメージがない訳ではなく、尋常ではない痛みが走っていたのだ。
「殿下、万が一の時は私だけで殺害しても構いませんね?」
「何?いや、ならぬ。強いスキルを奪うことが目的なのだ。こういう時にすぐ殺してしまうのでは、はじめから召喚する意味がない!!貴様、異世界のスキルを独り占めする気では無いだろうな」
「そのようなつもりは……。承知しました」
隊長と呼ばれるリーダー格の騎士が奥に控える貴族風の男に不服そうに頷くと、先程の騎士と同じ、薙刀らしき武器を取り出した。
「言葉はわからないだろうが一応忠告しよう。無駄な抵抗はやめたほうがいい、痛い思いをするだけだから……。スキルさえ頂ければ、キミに恨みつらみはないからね」
そう言って穂先を向けてくるが、海心はもう何がなにやら、という気分である。だがそうも言ってられそうにない。
(いきなりで意味不明だけど、覚悟を決めてどうにかするしかない!!)
決意した海心は手をバッと突き出した。静止する形で、なんとなく体が応じたのか、向こうは武器を構え一定の距離でピタリと止まった。
「動かないでください、話がしたいだけです」
「むっ、言葉がわかるのか!?……何だい?」
意外にも向こうは対話に応じてきた。
「何だい?じゃないですよ、いきなり攻撃してきて、そっちこそ何なんですか」
「ああ、それは……」
「何を喋っている!騎士隊長、敵と語ることなど何もない!やれ!」
「いや、しかし殿下、この者どうも敵対的ではなさそうですが」
「貴様異世界人を庇い立てする気なのか!」
(なんだ……?仲間割れ……?)
予想外の展開に様子を伺う海心だが、貴族らしき男は舌打ちするとすぐさま別の騎士の攻撃を命じた。
「これだから平民上がりの騎士は!副隊長!お前がやれ!」
「はっ!」
ザッ、と円陣の中から兜に羽根飾りをつけた騎士が前に出てくる。話の流れだとこの部隊の副隊長らしく、他の騎士同様に薙刀を取り出すと上段に構えながら海心ににじり寄ってきた。
先程の騎士隊長とは違いどうも話が通じる雰囲気ではなく、慌てて
「いや!マジでなんで攻撃してくるんですか!?」
などと言っても一切言い返そうという様子がない。ただ、一歩一歩海心に近づいてくるだけである。
まだ、海心から見て薙刀2つ分……攻撃しても届きそうにない距離に達したその瞬間、副隊長は弾かれたように真上から一気に獲物を振り下ろす!
「カァアアアアアアアッ!!」
「うわあっ!……なんてね!」
強烈な踏み込みが一瞬で二者の距離を詰め、驚いた海心はまたしても一歩も動けない……かと思いきや、相手と同時に膝を曲げ、真後ろに跳躍しなんと攻撃を避けることに成功する。
[戦術眼:小規模の戦局の予想に補正。]
[跳躍得意:あなたの足はバネのようだ!跳躍に補正。]
(なんだよ!中々便利なスキルじゃん!)
騎士がにじり寄ったタイミングで、戦術眼のスキルが発動し、一定の間合いから一気に斬りかかってくると察知することが出来た。そして、「跳躍得意」――技能・体質スキルのカテゴリに含まれるそれによって、驚くほどなめらかに退避する動きが完了したのだ。
「ようやく冷静になって来たぞ……ポイントがあったらあとで「蛇の心」とか取った方がいいかもな……!」
呟きながら、海心は敵に背を向け、後方にある扉に向けて一直線に駆け出した。
「なっ!」
「おい、早く追え!」
能力は持っているものの、動き自体は素人だと思っていた異世界人が急に上手く攻撃を避け、前触れもなく逃げ出したために一瞬硬直するが、貴族の男に命じられて慌てて全員が追いかけ始める。
(なんか思ったより俺の足速いな……デフォルトの10ポイント分の補正が思ったよりデカイのか?)
違和感を覚えつつ扉までたどり着き、開こうとする。鍵は掛かっていないものの、約3メートル幅の大きな両開きの扉ということもあって僅かに時間がかかるが、それでも先頭の副隊長が間に合わない程度には時間がある。
しかし、ギギギ……と扉が30度ほど開いたところで、急激に副隊長の体が加速する!
「逃がさん!ウオオオオッ!!」
[まぐれ回避:敵の攻撃時、避けられる余地があれば5%の確率で回避できる]
[まぐれ回避:成功]
「おっと!」
慌ててしゃがみ込むと、海心の頭上スレスレを薙刀が通り過ぎ、扉のフチにぶつかってバチ!と音を立てる。見る間もなく海心は転がるように扉の外に体を滑り込ませた。全身鎧の騎士たちでは通れない、僅かな開きである。
(あっ……ぶねえ!なんだ、スキルかなんかで加速したのか?やべえな!)
前を見ると左右正面の三方向に道が続いており、どこから外に出られるかはわからない。正しい意味での「幸運」に賭け、海心はそのまま真っすぐ走り出した。
「……!鍵は……開いてる!」
しばらく進んだところで壁の側面に外に出るガラス付きのドアがあり、そこからは庭園が見えた。障害物のほとんどない廊下を真っ直ぐ突き進むよりかは、できれば別の方向に逸れたい所である。
ためしにドアノブをひねるとすんなり開き、出ることができた。後ろ手にドアをしめながら周囲を確認する。
(キレイに葉が揃えられた立派な庭園だな……と、そんなことより逃げ場を探らないと。えっと?)
木々が入り組んでいており横方向の見晴らしは悪かったが、上方向の視界は開けている。
海心が召喚されたのがどうやら大きな城の中心部のようで、背後を振り向くとお城の壁がそびえ立っている。そして、その左右に二つの別塔が伸びていた。
(ン、さっきの廊下が2つの別塔に大して垂直になってる。じゃあさっき進んでた方向は多分城の正面方向に続いてたんだな……庭園がどこまで続いてるかわからないけど、今のと同じ向きに進めば正面の方にいけるはずだ。……でも正面の護りって厚そうだよな。やっぱり引き返して裏口的なの探した方が良いだろうか?)
などと海心が考えていると木の向こうから話し声が聞こえてくる。本当に樹林の壁一つ向こうにいる程度の距離しかない。
(まずい!超近いぞ!)
ガサッ!
「……えぇ、それでね……」
「うふふ……」
「ちょーッと失礼!王旗近衛副隊長のマリックと申します!貴婦人方、こちらで黒目黒髪の男を見かけませんでしたか!?」
「あら?この辺りでは庭師すら見かけませんでしたわ」
「何かありましたの?」
「い、いえ!ご客人を探しているだけで、城内は常時平和であります!こちらにはいらっしゃらないのですね、ご協力感謝します!では失礼!」
「……なんだったのかしら?」
「なんだか物々しいわね、庭園も見たので部屋に戻りましょう?」
ガサガサ……
「っっぶねぇええええーーー」
ボヤきつつ海心は木々の中から出た。蹲ってギリギリ入れるくらいの隙間があったのだ。制服のあちこちに枝葉がくっついてしまったが、どうにか見つからずに済んだようだ。
「危なかったね、お兄さん」
「うん、ギリギリだったよって、え?」
海心は背後を見た。先程隠れていた木々の隙間。その中から上等な服を来た少年が1人、這い出てくるところだった。