妖かしの宿
「では、ごゆるりと」
部屋に通された私は、椅子に座る。
中居さんが、ふすまを閉める。
フゥーと、一息つく。
顔の無いのっぺらぼうの中居さんに、教えてもらったのは、ここは「妖かしの宿」という宿泊所で、古くからこの世とあの世の間、幽界に構えている、歴史ある宿屋なんだそうだ。
.......のっぺらぼうって、どうやって喋ってるんだろ?
何気なく、あの世とこの世の間に来てるし。
やっぱりただの現実じゃないのね。
七菜さん大丈夫かなあ......?
我が身の事も置いといて、相方の心配。
余裕とは違って、何かこの幽界には抵抗がない。
いつぞやの異次元と違って。
........一息ついたし、七菜さんを探そう。
私は、部屋に備えられていたお茶を一杯飲むと、襖を開けて廊下に出る。
「オゥ!セニョリータ♪」
廊下で、陽気なメキシカンなお姉さんと、鉢合わせる。
浴衣が似合う異人さんだ。
ただお姉さん、首が物凄く長い。
というより首が、びよよ~んと伸び切っている、
ろくろ首だ!
「うわあ~ろくろ首だあ~!あ、握手!握手してもらっていいですか?キャー!本物初めて見たー!」
なんで、のっぺらぼうの時と、そんなテンション違うんだって?
私の中で、ろくろ首はコアヒットなんだよ!
うん、めっちゃ好きなだけ。
メキシカンなろくろ首のお姉さんは、私のリクエストに答えて、その長い首まで触らせてもらった。
いい人.....いや、いい妖怪!
「グラッチェ、アミーゴ!」
最後は、握手して手を振って別れる。
いや~さすがメキシカン。
陽気でジメジメしてない所が好感もてた。
アリ!
メキシカンのろくろ首アリだわ。
粋だね!
七菜さんの事、聞き込みしたかったけど言葉分からなかったしなあ。
まあ、次行きましょう!
私は廊下を渡り、キョロキョロする。
のれんの掛かっている部屋が見える。
のれんの向こうから、いい匂いがする。
調理場かな?
現場で働いている人なら、何か知っているかも知れない。
「すいませ~ん」
あ、人だった。
怪しげな風体だけど、言葉は通じるかな?
大きなお釜に、竹の筒でフーフーと吹いている、お婆さん。
しゃきしゃき!と、リズミカルに米を研いでいる、お爺さん。
「なんじゃい!飯場に入ってきおって!ん?人間か!ふん!ここ2日で、2人目じゃわい!」
「に、人間。あなたたちは違うの?」
「妖怪小豆洗いよ!」
「妖怪飯炊き婆あよ!」
い、いまいちヒットしないのきたなー。
小豆洗いはともかく、飯炊き婆あはどうなんだ。
「お米洗ってるんですか?」
「小豆が本業じゃが、アルバイトじゃ!」
じゃ、じゃなくて!
「に、人間がもう1人って、どこですか!?教えて下さい!」
「あ?竹の間の客人で、人間の女だな」
「ありがとうございます!」
タタタ!
小豆洗いさんに教えてもらった、竹の間に走る私。
襖の向こうに、七菜さんがいる!
「七菜さん!私です、聲です!」
「あら、聲。懐かしい名前。開けてらっしゃい」
七菜さんの声じゃない!
でも私はこの声を知っている。
懐かしい声だ。
私は襖を開ける。
「──お祖母ちゃん」
去年、亡くなった祖母がいた。
続く