3話 剣の練習
父親に剣を習うこととなったルーカスは、様々なことを学んでいき、己の未熟を知る。
「いいか、ルーカス。剣を振るうには、相手を傷つける覚悟をする必要がある。相手が魔物だと言っても、生き物を殺すことには変わりない。その覚悟ができなければ、剣は鈍り自分が傷を負うことになる。」
「うん、マモノも生きているんだもんね。まだ僕にはその覚悟はないけど。」
僕は今、お父さんに稽古をつけて貰っている。お父さんがハンターになって家で仕事をすることが無くなったから、その時間に剣を教えて貰うことになったのだ。
「そうだな。剣を抜くべき場面になった時までには、その覚悟をしておけ。もっとも、そんな場面にならなければいい話だが。そして、剣を向ける相手が必ずしも魔物とは限らない。時には人間と相対することもある。人間も全て善人ではないからな。だが、悪人でも人間だからな、その人にも家族や友人がいるだろう。お前がその人を傷つければ、その周りの人も傷つくのだ。」
「でも僕、人を傷つけたくなんかないよ。」
「もちろん、そんなことにはならないで欲しいし、滅多なことで剣を振るってはいけない。相手と周りの人間を傷つける覚悟をした上で、何かを守る必要がある時にだけ剣を抜け。」
「うん、分かったよ。」
お父さんの言う、人と戦う場面っていうのはよく分からないし、出来ることならずっと来ないで欲しい。でも、お父さんが言いたいのはそういうことじゃないんだと思う。実際にそんな場面があるかどうかじゃなくて、剣を使うための心構えみたいなものなんだろう。
「さあ、始めるか。まずは剣を持ってみろ。」
「うん。」
僕はお父さんが買ってきてくれた木剣を持ち上げる。木で作られていても、意外と重たい。
「剣って結構重いね。」
「そうだ。それはまだ木だから軽いが、鉄製のものはもっと重いぞ。父さんがいない時も体は鍛えておけ。その剣は片手用だから、父さんの真似をして右手だけで構えてみろ。」
そう言って、お父さんは自分の剣を左肩に構えた。僕も真似して、片手で左肩まで持ち上げる。
「まだ重さに慣れてないから、安定していないな。そのままでは、剣に振り回されるだけだ。左足を少し後ろにして、重心を下に落とせ。」
「こ、こう?」
「そうだ。そしたら、重心を前に倒して、左足を前に出した少し後に剣を振り下ろす。」
ヒュッ
剣風で正面の樹の葉が揺れる。あまりにも速くて、僕の目では捉えきれなかった。お父さんは、いつもこれより凄い戦いをしていたんだ。
「こんな感じだ、やってみろ。」
「うん。」
お父さんの動きを真似して、僕も剣を振るう。重心を前にして、左足を出して、剣を振り下ろす。
「うわっ!」
コントロールが効かず、そのままの勢いで地面に倒れてしまう。
「いてて・・・。」
「まだまだだな。足の踏ん張りが足りないと、そうやって剣に振り回される。重心の使い方が上手くなれば、剣に重さと速さが加わる。振った後に止める力が無いと、切り返しが遅くなる。」
「思っていたよりも、難しいね。」
複数の動作を同時にしなくてはいけないし、重心移動、力の入れる場所、必要な力。どれかが欠けても満足のいく剣は振るえない。
「あまり無理も出来ないし、今日はここまでだな。1人の時に、体を鍛えて、構えに慣れておけよ。」
「うん。僕、頑張るよ。」
ハンターまでの道はまだまだ遠そうだ。しっかり鍛えて、思いのままに操れるようにしないと。
その日から僕は、来る日も来る日も体を鍛え、剣の訓練を続けた。もちろん、ソフィアと遊んだり、お父さんのお手伝いも欠かさなかった。心構え、剣の手入れの仕方、体の使い方・・・。お父さんには色々なことを教えてもらった。
ある日、いつも通りの訓練をしていたら、お父さんが言った。
「随分上手くなったな。どうだ、試しに父さんと戦ってみるか?」
「本当!?でも、お父さんと戦っても、僕じゃ勝てないよ。」
「もちろん、多少の手加減はしよう。だが、実戦の空気というものもある。ただの素振りじゃ感じられないことだ。」
確かに、僕は今まで誰かと斬り結んだことはない。お父さんが相手だと勝てないだろうけど、試してみるのもいいかもしれない。
「わかった、やってみる。」
「よし、お前からかかってきていいぞ。」
心を落ち着かせ、左肩に剣を構える。左足を引いて、重心を深く落とす。後は力いっぱい地面を蹴って、重心を前にして、全力で振り下ろす!
「やああああーーー!」
今までで一番上手くいった振りだ。これなら、お父さんとも少しは戦えるかもしれない。
しかし、僕の剣はお父さんの剣にあっさりと受け止められた。
「どうした?1発で終わりか?」
「ま、まだまだ!」
さっきと同じように、もう一度剣を構えて振り下ろす。でも、その剣はお父さんには当たらない。まるで僕がズレたかのように、いつの間にかギリギリ当たらない場所に移動している。その後、何度も剣を振るっても結果は同じ。
「はあ、はあ・・・。」
「そろそろ限界か。あと1発で終わりにしよう。」
お父さんの声に答える余裕は、僕にはない。次で最後、今度こそ当てないと。ただその気持ちで心が満たされる。
「やああああーーー!!」
木剣が宙を舞っている。何が起きたのか理解できないまま、お父さんの木剣が僕に突き付けられる。
「ここまでだな。どうだ?初めての戦いは。」
「・・・。」
僕は何も答えられない。何一つ通用しなかった。それどころか、最後に何があったかも分からない。勝てないとは分かっていたけど、ここまで何もできないとは思わなかった。
「何も分からないか。」
「・・・うん。」
「そうだろうな。お前は自分の動きしか考えていない。相手の動きを見ていないんだ。だから、簡単に避けられるし、何が起きたか分からない。戦いは相手がいるんだ。」
「相手を・・・見る?」
「そうだ、相手の動きを見て、次の動きを予測する。今までの攻撃、目線、力の入れ方。その全てがお前に次の動きを見せている。」
それまでどういう攻撃をしてきたか、どこを見ているか、どこに力を入れているか、ということなのだろうか。言われてみれば、お父さんのことはほとんど見えていなかったかもしれない。
「それが出来れば、避けることも、受け止めることも、反撃することもできる。逆に考えれば、相手に動きを読ませない攻撃ができる。実戦は力比べじゃない。力と知恵と技術が必要なんだ。」
「力と、知恵と、技術・・・。」
「まあ、今回は初めてだ。空気を知れただけでも十分だろう。だが、左上からの切り降ろし以外の攻撃もできなくてはいけないぞ。」
「うん、もっと頑張るよ!でも、お父さんはどんな攻撃をするの?」
「そうだな・・・。本当は剣技は他人に教えない方がいいんだが、少しなら見せてやろう。」
そう言うと、お父さんは練習用の丸太に向かって剣を構えた。
「はっ!」
その直後、丸太はごっそり抉れていた。全くの逆側、2か所が。
「・・・お父さん、何をやったの?」
「分からないだろうな。高速で剣を振るい、ほぼ同時に2方向から攻める剣技だ。ルーカスにはまだ無理だろうが、父さんが若い時よく使っていた。」
「凄い・・・。全然剣が見えなかったよ。」
「それぐらい速く動かすってことだ。見切れるやつもいるけどな。」
あの速さの攻撃を見切るなんて、どんな人なんだろう。でも、これなら相手は動きは読むことは簡単じゃない。同時に逆方向から来たら、避けるのも守るのも厳しい。
「この剣技が出来れば、僕も強くなれる?」
「いいや、それだけじゃダメだ。これだけでは通用しない時もある。1つに頼ってばかりでは、勝てないぞ。それに、剣技は自分で編み出すものだ。人には向き不向きがあるからな。」
「そうなんだ、難しいね。でも、いつか使ってみたいな。」
「それじゃあ、もっと強くならないとな。」
「うん!」
初めて、実戦をして、お父さんの剣技を見た。力だけじゃない、知恵と技術が必要だと知った。これから、もっと色々考えなきゃいけないな。いつか、お父さんに剣が届くように。