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かねのきれめが、えんのきれめ

1ギル=1円くらいです。


私には、物心ついた頃からしつこく聞かされている数字があった。


「九百万ギル」


顔もよく覚えていない両親が遺してくれた、負の遺産である。

流行り病だかなんだかでぽっくりと逝ってしまった彼等の代わりに、私がそれを背負うことになったのだ。



「子供だからって許して貰えると思うなよ。お前の両親が踏み倒した分、きっちり返して貰うからな」


忘れっぽい私でも、その瞬間のことだけは今でもはっきりと覚えている。めちゃくちゃ怖かったからだ。


両親が亡くなったことを聞きつけやってきたのは、数人のガラの悪い男達。見覚えのある取り立て屋だった。

彼らは自宅であったボロ屋の隅に私を見つけると、ぎらついた目を見開かせた。ジャケットの左右のポケットに両手をいれたまま、屈むような姿勢で私を見下す。片目が歪み、舌打ちが聞こえた。

「こんな汚い餓鬼一匹残しやがって……売れもしねえ。おい、お前、逃げられるなんて思うなよ」

金貸しの男は、しわがれた厭な声をしていた。

「なにをしても、全額返済させてやるからな」

生臭い息を吐き散らし、家財を荒らし、ひとしきり暴れた後、彼らは私をアジトへと連れ去った――両親の遺した九百万ギルを背負わせるために。


うーん……。

返す返すもやっぱりおかしな話だった。

だって実際にお金を借りたのはお父さんとお母さんだ。

私じゃない。

私に責任なんてない。

なのに支払いだけが回って来るなんて、理不尽にも程がある。


まあ。

百歩譲って、その九百万ギルの誕生秘話が、精一杯やっていたお店の失敗だとか、連帯保証人になって騙されちゃったとか、詐欺にあったとか……なんか、そんな理由で出来たものだったなら、私だって少しは不幸に浸れたかもしれない。健気に働けたかもしれない。

けれど現実は呆れたものだった。

私の両親は正真正銘の屑だったらしく、手にした金は全てギャンブルにつぎ込み、負けを取り返すために借金を重ね、そうしていつの間にか九百万ギルにまで膨れ上がっていたそうだ。

……いやいやいや。

金貸しさんたちも貸す前に気づけって話。


とまあ、しかし。

私がどんなに不平を嘆いたところで、金貸しに捕まった現実は変わらなかった。

子供の頃は掃除や料理といった雑用に回され

数年前からは高時給が発生するメイドに転職させられた。

給料はほとんど彼らに持っていかれ、いつだって極貧の毎日。

「その顔じゃなきゃ、娼婦にでも出来るのにな」と下卑た笑いを向けられるのはこの所の日常茶飯事で……ってくそっ。色々思い出して苛々してきた。

好きでこんな顔に生まれたんじゃないのに。

だいたい人の顔にケチつけられる程お前は綺麗か?

ローウェル様ほど綺麗か?

ローウェル様は、ローウェル様はな……顔だけじゃなくてお心まで綺麗なんだぞ……!



「……あの、終わった?」


雇用契約を結んでもらった翌朝。

私は言葉を、失っていた。

こんなに綺麗な顔の人間、見たことがない。


「えっと……フラネル……さん?」

茫然としすぎて、初めてローウェル様が名前を呼んでくださったことにも気づかなかった。ただただ立ち尽くし、目の前の美青年を見つめる。

そう、別人と化したローウェル様を。


ずるずると伸びすぎた髪を切りませんかと提案したのは私。

ぼうぼうの髭を剃りましょうかと提案したのも私だった。

入浴をするのも髪が長いと邪魔だろうし、髭だってお好きで伸ばしているとは思えなかったからだ。


それがしかし、こんな結果を呼ぼうとは――。


「あの、フラネル……?」

ローウェル様の声は、何処か遠くから聞こえるようだった。

髪と髭とに隠されていたローウェル様の素顔に、ひと時も目が離せない。

すっと通った高い鼻に、引き締まった顎のライン、大きすぎない唇。閉じかけた瞳を縁どる睫毛は長く細く小さな影を落としている。儚げな印象も相まって、より一層彼を非現実的な美術品へと祀り上げていた。


「フラネル……?いる、よね?」

か細い声があがる。

と、ローウェル様が伸ばした右手が、私の腕に触れた。

「……っあ」

弾かれたようにその手を握り返す。

「すみません!そのっあのっ……あんまりローウェル様がお美しいもので……っ見惚れてました!」

ローウェル様の滑らかな右手を両手で握りしめ、ここにいますよ!と、存在をアピールする。ローウェル様は瞳を閉じたまま、起こしかけていた肩の力を抜いて、笑ってくださった。

「見惚れるって……ふふっなんだい、それ」

「……っ」

心臓にめちゃくちゃ悪い笑い方だった。

美形が、過ぎる。

もう見てなんていられなくて、視線をそらしてしまった。

だがしかし、彼も攻撃の手を緩めることはなかった。右手をぎゅうっと握り返される。駄目だ死ぬ。

「良かった、いてくれて。いきなりなんにも言わなくなったから、びっくりした」

「……す、すみません」

ローウェル様がゆっくりと尋ねてくる。

「ねえ、俺ってそんなに“美しい”の?」

そこには面白がるような響きが籠っていた。

「えっ……と」

握られた手が、とても熱い。

ローウェル様は涼しそうなお顔をしてらっしゃるけれど、平熱が高い方なのかもしれない。

「そっそれはもう、私がお会いした人の中で一番です」

「へえ、そうなんだ。それも初めて言われた」

初めてづくしだ、とはにかまれる。

不思議だった。

どう見たってローウェル様の方が歳上だろうに、その純粋な微笑みは、私に無邪気な少年を思わせる。外と隔絶されていたせいだろうか。世の酸いも甘いも知らないローウェル様のお心は、幼少期のまま止まっているのかもしれない。

「喜んでいい?」

純な微笑が、胸に刺さる。

「え、ええ、もちろん」

ローウェル様がわずかに首を傾げた。

「君って、本当に不思議だな……ねえ、俺のこと気味悪くないの」

「‼」

きみがわるいだなんてそんな。

ローウェル様は誰かにそんな酷いことを言われたのだろうか。

許せない。誰だそいつは。

「全然!そんなことありませんよ!むしろ、その……お仕えさせて頂いて光栄と申しますか。正直、羨ましいくらいです」

「……羨ましい?俺が?」

それも初めてだったらしい。

戸惑い気味に聞き返される。

「どうして?」

「あ……その。実は私、濃ゆいそばかすがあって」

――お化けだ!

「それで、結構馬鹿にされてきたから……」

そばかすだなんて、嘘だった。

本当はそんなに可愛らしいものじゃない。

――びっくりさせないでよ!

右の額から左の頬へと斜めにざっくりと入った切り傷は、今もまだ赤茶色の線で私の顔面を彩っていた。

いつだって初対面の人はこの顔にぎょっとする。

その傷は、私がまだ言葉も話せなかった頃、父さんと母さんが喧嘩をした時に振り回した刃物によって出来たものだった。(ほんっとろくでもない人たちなのだ。)

だけど、それを会って二日目のローウェル様に話すのは躊躇われた。

主に対する話題にしてはヘビー過ぎるし、両親のことは口にしたくもなかった。忌々しい借金を一刻も早く返して、きれいさっぱり忘れたい。

そうして新しい人生を歩む。

それが私の目標だった。

「だから、ローウェル様ほどじゃなくても、普通の顔だったらなあって思うことがあるんですよね。まあ、たまあにですけど」

「誰に?」

「え?」

気付くと、いつの間にかローウェル様の眉間に皺が寄っていた。

「誰が君を馬鹿にしたの」

圧を感じて、たじろぐ。

「……えっと、今までの仕事場の人、とか」

「俺はそんなことしないよ、絶対に」

「……」

「まだ少ししか君を知らないけど、俺は君を面白いと思うし、こんな俺に良くしてくれて、とても感謝してる」

握られたままだった手の感触が不意によみがえってくる。

「だから、ここでは安心して働いて欲しい」

「は……い」


嬉しさ半分、苦笑半分。


「ありがとうございます。ローウェル様」


あな哀しや。

素直に喜べない自分がいた。

ローウェル様はこの顔を見ていないからそんなことが言えるのだ。と、擦れた思考が、そう判断してしまっていた。


ローウェル様の心中など、知る由もなく――。

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