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うまいはなしにはうらがある

ふわっとした世界設定です。

それは、とある貴族の方のお世話係だった。


・紹介状不要

・健康的な二十代(性別不問)

・住み込み可の者

・他 委細は面接にて――


たったそれだけの条件に反して給金がいやに高いこと、常に求人が出ているらしいことが気になったけれど、四の五のいっている場合ではなかった。

「や、やります!」

職業斡旋所の職員が引くほどの勢いで、私はすぐにその仕事に飛びついた。


名門貴族 ウェンデル伯爵家の住み込みのメイドとして――。



「決して、表へは出ないでくださいませ」

「はあ……」

背中に定規でもいれているんだろうか。

そう思ってしまうくらい背筋をぴんと伸ばした女性は、私に屋敷の間取りと規則を教えながら、一分の無駄も許さないとばかりに美しく整えられた庭園を歩いていく。

面接をしてくれたのも、この三十代前半と思わしき女性――トリルさんだった。

私の職歴を簡単に聞いた後、すぐに採用の決が下った。やった!と喜ぶ暇もなく、トリルさんは私を“仕事場”へと案内すると言い出したのだった。


そうしてたどり着いた仕事場の前で、

“美味い話には裏がある”

私は、そんな世の教訓を思い出していた。


「こちらです」

「……え」

口をあんぐりと開けてしまった。

広いお屋敷の庭園を奥へ奥へと進むこと数十分。

もはや森と呼んでも差支えのなさそうな敷地を抜けると、そこには忘れ去られたようにひっそりと立てられた一軒のお屋敷があった。

そう。何故か、屋敷の中に屋敷があったのだ。

しかも、その屋敷は表のそれとは違い、年季が経っているというか、その、なんというか、朽ち果てかけていた。

庭園とは違い雑草も生え放題で、窓は何年も拭いてない様子で、白っぽい汚れがついている。なんだここは。

「あ、あの……」

私の怪訝な顔など知ったことかと、トリルさんは淡々と鍵を取り出し、豪勢な造りの扉に差し込んだ。

塗装の剥げかけた取っ手をハンカチ越しに握り、開く。

「まずローウェル様にご挨拶を」

「は、はいっ」

ローウェル様。

それがこのお屋敷に住む、私の新しいご主人様だった。




鼻をつくような異臭は、彼から発されていた。

踏み入れた屋敷の中は、予想を裏切ることはなくホコリとカビの匂いで充満していた。

中でも一番匂ったのが、ローウェル様ご自身で……大変申し訳ないけれど、私は思わず吐きそうになってしまった。

「フ…っフラネルと申します……ど、どうぞよろしくお願いいたします」

鼻声でなんとか挨拶を終えると、窓際で椅子に腰かけていたローウェル様がかすかに頷いた。

「よろしく」

昼間とは言えど、灯りもなく、カーテンも締めきったままの室内は薄暗い。嗅覚の壁が邪魔をして、入り口数歩のところで止まってしまった私は、ローウェル様の表情まではうかがえなかった。

髪の色は黒々としていたけれど、何年も切っていないのか腰の辺りまで伸びきっていて、しかも髭も伸び放題だ。

――世捨て人?ううん、芸術家かしら。

穿鑿心がうずいたけれど、トリルさんの冷ややかな視線のおかげで思いとどまることが出来た。

“必要以上のことはなさらないでください”。

採用時、何度も念を押されたからだ。

「では、よろしくお願いいたしますね。解らないことがあれば、私に聞いてください」

「は、はい!」

屋敷の鍵を預かり、私はローウェル様の部屋をあとにした。



上った時同様、早い速度で靴音を響かせながら、トリルさんはらせん状の階段を下りていく。

慣れない私はスカートを踏まないように手でたくしあげながら、おそるおそるついて行った。掴んだ手すりにもホコリが降り積もっていた。

「先ほどお話しした通り、掃除はとくになさらなくて結構です。あなたのお部屋はお好きな場所を使ってください」

「ほっ本当に良いんですか?なんだか、どの部屋も立派ですけど……」

「ええ。ローウェル様の食事と身の回りのお世話をしてくだされば、あとはご自由にしてくださいな」

「は、はい!ありがとうございます!頑張ります!」

「それとローウェル様は目が見えていらっしゃいません」

「え?」

「見えていらっしゃらないのです」

「え」

何度も同じ話をしてきたのか――トリルさんは飽き飽きといった表情で息を吐いた。いつの間にか階段は下りきっていた。

「ですから、見えていないのです。なので、何かあれば手助けをして差し上げてください。大人しい方ですから暴れるようなことはありませんが、仮にもご当主様の弟君です、くれぐれも怪我だけはさせないように」

「……えっと」

「もし辞める場合は最低でも二週間以内に連絡ください。次を探すのにも時間がかかりますので」

「あ、はい」

「では、失礼します」

トリルさんは言いたい事だけ言い終えると、茫然とする私を置いてさっさと出て行ってしまった。

「説明……雑」

私の呟きは無駄に広い吹き抜けの天井に吸い込まれていった。

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