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ELEMENT2019春号  作者: ELEMENTメンバー
テーマ創作「蓋」+「女子会」
8/15

逢いたいが情、見たいが病(作:SIN)


 時は花見の季節。

 窓の外は広大な桜景色……は見えないけど、少し歩いて公園に行けば花見をしている人の1人や2人……3家族や4家族、5団体や6団体はいるだろう。

 それなのに俺は分厚い教科書と真っ白なノートを前に、異国の言葉を聞いているんだ。

 「寝るな!」

 徐々に瞼が閉じて行くほどの穏やかさを台無しにする軽い衝撃と声に目を開けてみれば、目の前には丸めた教科書を握るシロがいた。

 今年もやってきたこの時期……実力テスト前の勉強会。

 開催地も恒例のシロの部屋。

 参加者は俺とセイとシロと、シロの彼女であるモモさんで、俺達よりも年上のモモさんが一気に3人分の勉強を見てくれているんだけど……少し前から少しばかり勉強どころではない雰囲気になっている

 思えば勉強会が始まった直後から既にモモさんはシロの方をチラチラと気にしていた。

 それでも1時間位は熱心に勉強を見てくれていたんだけど、

 「明日、女子会する事になってんなぁー」

 と、独り言のようにモモさんが言ってから様子が可笑しいのだ。

 「は?そんなん行かんでえぇやん」

 教科書を眺めながら独り言のように返事する様子は、いつもの“モモ命!”と言わんばかりのシロからは想像がつかない。

 「なんで?私はもうイジメられてた頃の私じゃない!それを見せに行きたいの!」

 と、俺やセイが聞いても良かったのかどうなのか分からない事を言って食い下がるモモさんは、今度はしっかりとシロの方を見ていて、シロも、

 「見せてどーなるん?謝らせたいん?」

 と、モモさんの顔を見ながらサラリと答えた。

 俺とセイは熱心に教科書を眺める事に専念しながら、空気のように存在を消しつつ耳を澄ませる。

 「過去に蓋してても先に進まれへんやん?やから乗り越えに行くの!」

 「締めたままの蓋があってもえぇと思うけど?態々嫌な思いを上塗りせんでもえぇやん」

 こうして平行線を辿る2人の会話は、

 「あれ?ここの解き方どうやっけ?」

 と、急速に勉強会へと戻すシロの発言により終わったのだった。

 会話は終わっても、なんとなくピリッとしている空気が改善された訳ではないから、単純に色々と勉強してる場合じゃない。

 それなのに、今から花見に行こうとか言える空気でもないときたもんだ!

 こんな時の救世主であるセイも、何故か勉強を熱心にする事で現実から逃れようとしているのか、さっきからブツブツと自信無さそうに英文を……

 「寝るなって!」

 スパーン!

 痛い……。

 このままじゃ勉強だって捗らないし、叩かれた事を1つの切欠として言ってやる!

 「なぁ!気分転換に花見せぇへん?」

 よし、よく言った俺!

 「明日、桜の見えるカフェで女子会やねん。でな、恥ずかしくない格好して行きたいから、これから買い物に付き合って欲しいなぁ~って」

 まさか、花見という単語から再び女子会の話に戻るとは……。

 「行く事は決定なん?」

 「うん。この女子会を乗り越えられたら、もう嫌な事を思い出さんと思うし」

 詳しくは分からないけど、モモさんは明日の女子会に来るメンバーと過去に何かあったっぽい。そしてシロはそれを詳しく知っているのだろう、行かなくて良いと説得している。

 だけど、明日を乗り越える事でなにか成長をしようとしているモモさんを止めるのは賛成できない気がする。

 詳しい事は何も分からないんだから口を挟む事なんてしないよ?しないんだけど……この後予定されてるっぽい買い物には不参加の方向でお願い出来れば嬉しいかな。

 「じゃあ、なんか変わった物がえぇよな!」

 あぁ~、セイは買い物に着いて行く感じなのね。

 「いやいや、奇抜さを求めるがあまり変な格好になるんは嫌やで?」

 恥ずかしくない格好と言うのだから、目立つのとはまた違うんだろうし、だからといって無難過ぎるのも違うだろうし……。

 コンコン。

 全員がウーンと考え込んだ所で、ノック音がした。

 「なに?」

 物凄く不機嫌そうに問いかけるシロの声から、訪問者がお兄さんである事が分かる。

 「ちょーっとコレ、履いてみてくれへん?出来れば全員試して欲しいんやけど」

 そう言ってお兄さんは紙袋を差し出し、それを不振そうに受け取ったシロは中からプチプチに包まれた物体を取り出した。

 あれはなんだろう?

 プチプチに巻かれた物体の中にはプチプチに巻かれた何かが入っていて、そのプチプチの中にはまたプチプチに巻かれた何かが入っていて……マトリョーシカ?

 「割れもんやから、丁寧にな」

 そうお兄さんは言うが、いつまでもプチプチに包まれた何かの中からプチプチに包まれた何かが出てくれば、多少雑になるのは仕方ない。

 それからしばらく、中からやっと姿を現したのは嘘みたいな代物だった。

 これって……いやいや、本当の素材は何か分からないけど、見る限りガラスの靴だ。

 「履けばえぇんやな?」

 自分の手の中にあるガラスの靴を眺めるシロは、ゆっくりと自分の足元に置くとソッとつま先を入れたが、ここから見ても分かるほどにサイズは合っていない。

 そもそも靴の形状がハイヒールなんだから男の足では無理があるんじゃないだろうか?履けた所でこけて割れておしまいだ。そうなると、この中で唯一履ける可能性があるのはモモさんしかいない。

 俺達から一斉に注がれる視線に気がついたモモさんは、

 「……うへぇ!?」

 なんだか変な声をあげた。

 ゆっくりとガラスの靴の前に移動して、本当に履いても割れないのかを何度も何度もお兄さんに確認し、そしてゆっくりとつま先をガラスの靴の中へ。

 するりとガラスの靴に納まったモモさんの足。

 「どんな感じ?」

 お兄さんがモモさんに感想を聞くと、

 「なんか、オーダーメイドの物凄い靴みたいにしっかりしてる」

 と、履き心地を教えてくれた。

 しっかりしてるならガラスじゃないのかな?

 「あー、えっと。チラッと聞こえたんやけど、明日女子会で、奇抜な格好して行きたいんやっけ?」

 お兄さん、女子会に行く行かないはまだシロとモモさんの間で揉めてる所だし、奇抜な格好じゃなくて可笑しくない格好だし!

 くそぉ……シロのお兄さんが相手だからつっこめない!

 「はい、そうなんですよ!」

 モモさんも!奇抜な格好じゃなくて……もう良いや……。それよりもトントンと、グイグイと女子会の話を推し進めてしまったお兄さんに対するシロの表情を先にどうにかしないと物騒過ぎる。

 「シロ、モモは何言うても行く気満々やったし、しゃーない。やから、先の事決めよ」

 シロの隣に移動したセイがそう小声で言うから俺も自然と2人に近付いて話し合う事になった。

 とは言え会議と呼べるほどでもないし、話し合いというほどでもなく、

 「明日見張ろ」

 「やな」

 「うん」

 これだけ。

 シロは真剣に元イジメっ子が再びモモさんに何か仕掛けるかも知れないとの危機感を持っての発言なのだろうが、俺は探偵ゴッコ気分だ。それは多分セイもだろう。

 こうして先の事が一瞬で決まった俺達は、ガラスの靴をお兄さんから貸してもらえたモモさんがウキウキしている様子を見たのだった。

 女子会当日。

 待ち合わせに指定されている駅前に、モモさん達が待ち合わせている時間よりも30分早くに待ち合わせた俺とシロとセイは、待ち合わせ場所が良く見えるコンビニの中で様子を伺う事にしたんだけど……これはシロも探偵ゴッコを半分は楽しんでいるとみた。

 なんで早々にメロンパン買っちゃうかなー?モモさん達が集まるまでコンビニ内で待機したいんだから、今買い物しちゃ店内に居座り辛くない?しかもド定番のメロンパンて!まぁ、そこまでは良いよ?俺とセイが店内にいるんだから友達の買い物を店内で待っている風で自然じゃないか。なのにどうして「あ、袋は良いです」って言うんだよ!そんな剥き出しのメロンパン片手に……。

 とりあえず一旦外に出て見張る店を変える方が無難かなぁ?丁度良い場所にカフェがあるし、その窓側の席なら待ち合わせ場所が見える筈だ。それに窓の外には桜の木があるから見張りながら花見も出来る。

 「カフェ行こ」

 3人でコソコソとカフェに移動し、その途中でシロはメロンパンを鞄に詰め込む。特にお腹がすいていた訳ではないらしい……。

 窓側のテーブルについてからすぐに水を持った店員さんがやってきて、

 「ご注文はお決まりですか?」

 と。

 モモさん達の待ち合わせ時間までまだ時間があるからノンビリ出来そうだし、ここは思い切ってサンドイッチとか注文しようかな?途中でお腹が空いても駄目だし、もう少しガッツリ系のピラフでも良さそうだな……。

 「レーコー」

 ビシッとした表情で得意げにセイがそう注文した。

 大阪ではアイスコーヒーを注文する時はレーコーと言う。というのは結構有名な話だと思うが、実際にそう注文するのは俺達よりも上の世代で、俺は普通に「アイスコーヒー」と注文する。それはシロもだし、普段のセイだってそうだ。

 ここがまだ純喫茶なら良いけど、カフェの、その上俺達とそう歳も変わらないような若い店員さんに対して……まぁ、ウケ狙いなんだろうし問題はないかな?通じないって事もないんだし。

 「……じゃあ、俺もレーコーにしよ」

 パタンとメニューを閉じたシロも普段ではしない注文の仕方を……えっと、これはもしかして俺もそう注文しないと駄目な流れ?だよね。やっぱり……。

 「お、俺もレェーコォー」

 よし、言えた。

 「ぶっ!クッ、ハハハハ。レェーコォーて!」

 「ブフォ!アハハハ。レェーコォーて!なんで訛るん?アハハハ」

 や、やかましいわ!そもそもレーコー自体が訛りみたいなものじゃないか!それに笑い過ぎだし!

 「フッ……ア、アイスコーヒ……3つ、ですね」

 店員さんまで笑いを堪えてるし!そしてここはレーコーで通して欲しかった。

 じゃない!サンドイッチかピラフを注文しようと……でもない!見張りだ見張り。

 注文したアイスコーヒーを飲みながらボンヤリ外を眺めていると、約束の時間ピッタリにモモさんがやってきた。

 その装いは昨日お兄さんが持ってきたガラスの靴と、腰にリボンの付いた白のワンピースと、その上から薄いピンク色のカーディガン。お洒落の事には明るくない俺から見ても可愛らしいコーディネートだと思ったんだけど、コレは多分口には出さない方が良いのかな?

 だって、自分の彼女を友人がべた褒めって、なんかちょっとモヤッとするかも知れないし。

 「目標到着、これより見張りを開始する!」

 セイ?急にどうした!?

 テーブルに伏せ窓の外に注目するセイは、ジィっとモモさんを観察し始め、シロはそんな事はお構いなく優雅にアイスコーヒーを口に運びながら横目でチラチラと窓の外を眺め、多分だけど、可愛らしい彼女に見惚れている。

 惚気文を口に出さないだけよしとするか。

 じゃあ俺もゆっくりとコーヒーを飲もうかな……

 「あっ、あそこにおる3人が待ち合わせ相手みたい」

 「え!?あ、移動始めてるやん」

 「ちょっと待って、まだ全部飲んでへん」

 グイーと3人でコーヒーの早飲みをして外に出ようとして、慌てて席に戻る。何故ならモモさん率いる女子会メンバー達の移動先はこのカフェだったからだ。

 そういえば昨日言ってたっけ。桜の見えるカフェって……。

 まさかここだとは思わなかった!

 カフェはカウンター席と窓側にテーブルセットと、店の奥には半個室の大テーブルがある。4人組であるモモさん達は確実に半個室に行くだろう。そこに行くまでには当然俺達が座っているテーブルの横を歩いて来る事になる。

 既に来店しているモモさんに気付かれずに店を出る事は不可能……。

 いや、ここで彼女を尾行しようとしているシロを目撃させる訳にはいかない!そして出来れば俺達も目撃されないに越した事はない。

 テーブルに伏せて顔を隠したとしてもバレそうだから……そもそも姿が見えない所へ隠れられれば?

 そうだ!トイレがあるじゃないか!

 トイレは半個室の手前にあるから、トイレに一旦隠れてモモさん達が席に着いた後なら安全にカフェを脱出する事が出来る。

 「トイレん中に逃げるで」

 セイとシロの手を引いてトイレのドアを勢い良く開けて中に入ると、そこはゆったりとした広さの洗面所になっていた。流石に3人で入れば狭いんだけど、問題はそこではない。

 洗面所の横にはトイレの個室がある訳なんだけど、現在そこは使用中になっていたのだ。もし今トイレを使用している人が出てきたら、洗面所の人口密度は物凄い事になる。いや、それだけなら愛想笑い1つで如何にか誤魔化せるかも知れない。けど、中に入っているのが女性なら?

 ただでは済まない気がする……。

 モモさんが半個室に入って俺達がカフェから脱出するのが先か、個室にいる人が出てくるのが先か。

 「なぁ、素早く出る為にコーヒー代まとめて払っとくけど、後から出してや」

 伝票を持ってきていたシロが、その伝票で顔を隠しながら小声で提案してきた。多分そうやって顔を隠していけば例え目撃されてもバレないとか思っているんだろうけど、彼女だったら顔が多少隠れていたって彼氏の特徴は分かるんじゃないか?財布とか、服とか、仕草とかからもバレる可能性は高い。

 だったら、1番存在感の薄い俺がササッと支払いを済ませた方が良い。

 「俺が払っとく。今コーヒー代回収しとくわ」

 シロから伝票を取り上げ、2人からコーヒー代を預かってすぐ、トイレの前を数人の足音が通り過ぎていった。

 俺達がトイレに駆け込んだ時に来店していたのはモモさん達だけ。それを考えると今の足音はモモさん達で間違いないだろう。

 今頃は皆メニューを見て品定めをしている頃だろうか?

 シロに目配せすると軽く頷いている。

 よし、出よう!

 「店出たら右な」

 「オーケー」

 足早に店内を出口に向かって歩き、3人分のコーヒー代を支払って外に出て、息つく間もなく右側に向かって走る。

 少し行った所にある自動販売機で、セイとシロは緊張で喉でも渇いたのかジュースを買っている所だった。

 これからどうするかな……モモさん達が店から出て来るまでここで見張るしかなさそうなんだけど、既にカフェの中で始まった女子会の終了時刻なんて流石に分からないし……結構人がいたカフェの中じゃあ元イジメっ子とはいえども目立った事はしないだろう。

 あれ?じゃあ俺達は何の為にここに集まってるんだっけ?

 「……モモに終わったら連絡くれってメッセージ送った。連絡来るまでカラオケ行こか」

 最初は見張るぞって意気込んでたってのに、グダグダだ……しかも見張ろうとしていた当人に直接連絡くれーって。酷いな。

 まぁ、マンガやドラマでもないんだし、実際の素人による探偵ごっこなんてのはこんなものなのかも知れないな。

 こうして至って普通にカラオケを楽しんだ俺達だったのでした。

 2時間後、モモさんからの連絡が入ったのでシロが1人でカフェに向かう事になった。俺とセイはシロの見張りとしてこっそりと後をつけている。

 「おつかれー……1人?そんで靴はどーしたん?」

 片手を挙げながら結構な質問をするシロの言うように、モモさんの近くには誰もいない。

 「解散した後やし、1人やで。靴は……皆で履いてたらヒールの所が割れて……」

 そうだ、今日はガラスの靴だったんだっけ。だけど今は白いワンピース姿には少しばかり合わない赤色のスニーカーだ。

 「え!?怪我せんかった?大丈夫?」

 「無傷やったで」

 無傷だったって事は、モモさんが履いている時に割れた感じでは無さそうだ。それで安心するのはどうかと思うけど、誰も怪我しなかったようだし良いかな。

 「フーン……楽しかった?」

 「うん!友達2人出来たで!この靴もな、その友達がくれてん」

 ニッコリとピースサインのモモさん。その様子から見ると本当に楽しかったようだ。

 女子会の参加者はモモさん以外に3人いたから1人足りないけど、元いじめっ子2人と友達になれたのはかなり凄い事だよね。

 「そっか……えっと、イランかも知れんけど……」

 そう言ってシロが鞄の中から取り出したのは、コンビニで買ったメロンパン。

 「ん?」

 不思議そうに首を傾げたモモさん。

 「メロンパン、好きやろ?やから、あげる」

 まさかあの「袋は要りませんメロンパン」が、探偵になりきってのメロンパンチョイスじゃなくて、モモさんの好物だから買った物だったとは。

 「ありがとうシロ君!嬉しい!」

 あーあ、もう。

 本当に俺は今日何をしに来たんだ?もう帰るからね?

 「コウー。俺も彼女欲しいー」

 そんな事、改めて言われなくても知ってるよ。

 「ミートゥー!」

 帰ってテスト勉強しよ……。

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