のり子でございま~す(作:marron)
高層ビルの屋上で、夏になるとビヤホールが営まれる。都会の夏を彩る風物詩となりつつあるそこには、会社帰りのサラリーマンやОLが、涼を求めてやってくる。
「風が吹いて気持ちが良いね」
「お料理も美味しいって。ほら、あそこのシシカバブ、絶品だって」
このビヤホールは、食べ物もおいしい。時間制で食べ放題飲み放題とくれば、多少高くても金曜日の夜など大賑わいである。
「のりちゃん、まだだって?」
「もう来るって、さっきライン来てたよ」
「じゃあ、乾杯待ってようか」
と3人のОLが席を取って話している。この春から仕事をはじめたばかりの新人たちにとって、初めての夏、久しぶりの友だちとゆっくり女子会をするのだ。
そこへ3人の背後から高飛車な声が聞こえた。
「のり子でございま~す!」
ワッと沸き立つ3人。
「のりちゃーん!」
「会いたかったよー!」
「元気―!?」
のり子、大人気である。
4人そろったので、早速ビールを注ぎ、乾杯となった。
3人のОLは新人らしく、明るい色のスーツに慣れない感のあるヒール、お化粧も大学時代とはちょっと違ってメイクというよりはたしなみといった感じか。子どもっぽく着飾った格好は卒業して、初々しい社会人らしさが見える。
やっと慣れてきた社会人生活とはいえ、学生時代の友だちと会うと、また学生に戻ったように仲良く話し始めた。
その様子を目を細めて眺めるのり子。
のり子だけは社会人ではなく、大学院に進んで勉強をしている。そのせいか、彼女だけは雰囲気がまったく違った。
「のりちゃん、相変わらずでほっとする」
「そう?みんなはちゃんと働いていて、えらいわ」
そういうのり子は、派手ではないものの仕立ての良いワンピースを着こみ、暑さなどみじんも感じさせずストールで首元を飾っている。ぱっと見では、いつでも護衛が付くほどのお嬢様のように見せてはいないが、きらりと控えめに光るブローチでそれを留め、見る人が見れば育ちの良さのわかるその姿に、3人のОLは懐かしさを感じていた。
「のりちゃんだって、忙しいんでしょ?」
「ええ、でもまだМ1(修士課程1年)だもの、このくらいで忙しいだなんて言ってられないわ。先生は興味深いお話をなさるし、面白いわよ」
「もお、のりちゃんってホントすごいよね」
ビールを飲んで、美味しいものを食べて他愛もないおしゃべりをする、楽しいひと時である。
そこへやってきたのが、ナンパ男である。若い女性が4人、ナンパ男も4人、声をかけないはずがない。
「ねえねえ、彼女たち、よかったら一緒に飲まない?」
女性たちの心に「げっ」と呟きが漏れる。
もちろん、世の中にはナンパをされて喜んだり舞い上がったりする女子が少なくないのは知っている。自分が女として魅力的なのだと思えるし、場合によってはカッコいい彼氏ができたりするかもしれない。
しかしここにいる4人は誰もナンパなど望んでいない。久しぶりに会った仲間と楽しいおしゃべりをする、そのひと時が大事なのだ。知らん男など入って来られても気をつかうし、面倒なだけである。
「ごめんなさい、私たち、」まずは断りを入れる一子。
「僕たち怪しくないよ?ほら、社員証」
なぜか社員証を見せながら、隣の椅子に座ろうとするナンパ男1号。
「間に合ってますから」すげなく断る二子。
「ここ良いかな?」
椅子にある彼女たちの荷物を勝手にどける、ナンパ男2号。
「あの、ちょっと?」迷惑そうな声を出す三子。
「ああ、気にしないでグラス持ってるから」
と、ヘラヘラと笑いながらそちらに回り込もうとするナンパ男3号。
そこへ、のり子が立ち上がった。全員がのり子に注目する。
「女子会ですから、男子はお断りですわ!」
決して強い語調でもなく、もちろん叫んでもいない。だけど、振り向いたのり子の顔を見てナンパ男たちは固まった。
夏らしいワンピースの、うなじがきれいに見えるアップ髪ののり子は・・・大変な不細工だったのだ。
しかしそこでめげないナンパ男4号。めげないどころか、大笑いをしながら食いついてきた。
「女子会って、男混ざってるじゃねえか!」
のり子を見ての、このセリフに、女子たちが目を剥いた。
「誰が男ですって!?」
「女子大の仲間に男なんているはずないでしょ」
「え・・・女子大?」
今度こそナンパ男は顔色を失った。
「そうよ、女子大の同期生よ」
彼らは信じられないものを見たという顔をして、ふらふらと立ち上がり、そのままそこを離れていった。
「女子大・・・」
「女子、じゃねえだろ」
「あれはどう見ても男だ」
「つまり、女装でも女子大に入れる、と」
そういう話じゃない。
「ホント、失礼しちゃうわ」
女子たちはぷりぷり怒っているが、誰ものり子が不細工だとは言わない。勿論のり子自身も自分が不細工なことは重々わかっているのだが、それを口に出したところで何もならない。
気分を入れ替えて、また美味しいものを持ってきてはみんなでおしゃべりを続けた。
ところがナンパ男たちは諦めていなかった。若干一名不細工が混ざっているとはいえ、若くてぴちぴちの女の子たちが揃っているのだ。こうなったらのり子以外の女子と、なんとしてもお近づきになりたい。
それで彼らは、別々に行動することにした。
「取ってあげようか?このパスタ、超美味いよ」
パスタの列に並んでいた一子に声をかけるナンパ男1号。
「え?あ、自分で取るし」
一子は先ほどの男を覚えていた。失礼極まりないこんな奴にパスタを取ってもらいたくない。
「そろそろスイーツはどう?ケーキ持ってきたよ」
席で一人で待っている二子にナンパ男2号が話しかける。
「いらないわ。ていうか、近寄らないでくれない?」
シッシと追い払う二子に、ナンパ男2号はすごすごと引き下がった。
ところが、ところがだ。
みんながビールのお替りやサラダを取って戻ってきてしばらくしても、三子が帰ってこない。
「三子大丈夫かしら」
のり子が心配して見渡すと、三子がチョコフォンデュのところでナンパ男3号と話しているのが見えた。
「あーらら、どうする?」
一子が言うと、二子が席を立った。
「ちょっと見てきましょ」
「じゃ、あたしも」
「私も」
ということで、みんなで三子の様子を見に行くことにした。ナンパされていてもかまわない。本人が好みの男と話したいと思っているのならばそれを阻止する必要はない。だけど、絡まれていて逃げられないとか、騙されているのだったら助けなければならない。
そっとチョコフォンデュの塔の陰に隠れるようにして、3人は三子とナンパ男3号のやり取りを覗いてみた。
「こうやるんだよ。ほら」
「あ、そうなの。ふうん」
どうやらチョコフォンデュのやり方を教えてもらっているらしい。
「これはマシュマロだよ」
「そうなの。なんだかわからなかったわ」
「高いところのやつ、取ってあげるよ」
「あ、ありがとう」
可愛らしく飾り付けているためにちょっと高いところにあるものを、とってあげたりしている。3号はなんだか親切なようだ。しかも三子もそんなに迷惑そうにしているわけではなく、それなりに会話は弾んでいるようだ。
これは、ある意味ナンパ成功なのだろうか。邪魔をしては悪いだろうか。三子が明らかに迷惑そうにしていれば、助けに行くが・・・難しいところである。
その時、なんとのり子が動いた。
チョコフォンデュの前にいる二人に近づき、
「私にもそれを取ってくださる?」と言ったのだ。
「はい、いいですよ」
3号はちょっと表情を硬くしたものの、すぐにそれを取ってくれた。すると三子が言った。
「のり子はA製薬創立者の孫なのよね。だからお父様はA製薬の取締役だったかしら」
なぜ今、そのセリフだろうか。
しかしその言葉を聞いた一子と二子が物陰から現れた。そしてみんな口々にのり子のことを説明した。
「お母様の一族はお医者様よね」
「白金に300坪もあるお屋敷に住んでいるのよね」
「のり子は私たちと違って、大学院に進んだのよ」
口々にのり子のことを褒める3人。それを聞いているうちに、ナンパ男3号の目が変わってきた。
のり子はものすごいお金持ちで、両親は立派な人で、のり子自身も才女である。それを聞くうち、3号の心に「逆玉の輿」という言葉が浮かんできたのだ。
金持ちで才女でも、この顔では彼氏はいないだろう。まあまず100パーセント恋愛など無理だ。ここは俺が!
それが聞こえていたのか、残りのナンパ男たちもわらわらと集まってきた。女子たちは相変わらずのり子のことを褒めちぎっている。
「すっごいナイスバディだし」
「それをひけらかさない謙虚さが素敵」
「家庭的で、何より優しいよね」
口々に褒められるのり子は「まあまあ、こんなところでやめてよ。恥ずかしいわ」とほほ笑んでいる。
微笑んだところで不細工は不細工だ。まず年頃の女の子には見えないし、男?と間違えるよりもおっさんのようだ。髪はつややか、歯並びも良いのに、高い頬骨やえらのはった力強い顎、それに上を向いた鼻が彼女の顔をこれでもかと不細工に見せていた。
しかし首から下は、確かにナイスバディだ。清楚なワンピースを着ているせいであまり強調されていないが形のいいバストにほっそりとしたウェスト、ヒップも丸い。足もすんなり細くて、足首がキュと締まっている。完璧なプロポーションじゃないか!
このさい顔は置いておこう。
ブスは三日で見慣れるという。
しかし生まれや財力、学力や性格そして体形は、他の誰よりもずば抜けてよい。しかも男の気配はまずない。どんな優良物件だ!
「のり子さん、チョコフォンデュです」
「のり子さん、俺、いや僕たち、前に会ったことありますよね」
「あなたは天使のようだ、のり子さん」
「ここで会ったのも何かの縁。僕たちの運命を感じますね」
ナンパ男たちは他の女子にはもう目もくれず、のり子に夢中である。クサいことを言おうが何だろうが、のり子の気を引きたくてしかたがない。
今まで他の子ばかり見ていたくせに、のり子の素性を知ったとたんにこの態度。女子たちは彼らがしょせんこんなもんであることを知った。
「のりちゃん、なんとか言ってやって」
彼女たちは元の席に戻ってくるとのり子に言った。するとのり子は後ろを向いた。
「女子会ですから、男子はお断りですわ!」
たったのこれだけである。
こんなことで引き下がるナンパ男ではない。
「のり子さ、」
ヘラヘラと話しかけようとしたその時、仲間のナンパ男たちの額に赤い光が光っているのを見つけた。
「うん?なんだこれ?」
赤い光はどうして。どこから・・・視線を物陰に移すと何かを構えている黒装束の影がチラリとよぎった。
≪狙撃手に・・・狙われている!?≫
身の危険を感じたナンパ男たち。
顔面を真っ青に硬直させて、彼らは去った。
「さすがのりちゃん」
「やっぱりのりちゃんよねー!」
「のりちゃん、大好き!」
「さ、これで心置きなく女子会ができますわ」
「うん!」
見る人が見れば、いつも護衛が付くほどの本物のお嬢様、のり子。彼女は今日も守られている——