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ELEMENT2019春号  作者: ELEMENTメンバー
テーマ創作「蓋」
5/15

開けられないキャンディーボックス(作:葵生りん)


 目覚まし時計が電子音を響かせる。

 もぞもぞと手探りでそれを止めて、さらにその隣においてあるはずのスマホに手を伸ばすと、違うものが手に当たった。


「……あぁ……」


 胸の奥に鈍い痛みを押さえて、それを手に取る。

 それはキャンディーの入った箱だ。プラスチック製のかわいらしいハート型の容器に、小さなキャンディーが詰め込まれている。もうとっくに賞味期限は切れているけれど、その蓋はぴっちりとテープで止められたまま。

 開けることも捨てることもできないまま、5年もそこに置かれている箱だった。


 キャンディーの箱をおいて代わりにスマホを手に取ると、スケジュールアプリが今日の予定を表示した。

『11:00 ミホの結婚式』

 そう、今日は中学校からの親友ミホの結婚式。

 新郎も中学校の同級生だから、きっと今日は同窓会みたいになるんだろう。





「わたしね、中村君が好きなの」


 中学3年のバレンタインの少し前だった。

 遊びに行ったミホの部屋で、彼女は照れくさそうに告白した。


「うん、知ってた」


 胸に走った痛みを押さえて、私は笑った。


「ええ!? なんで??」

「だってミホ、ずっと中村君のことばっかり見てるんだもん」

「えーっ? ウソ、そんなに見てたかなぁ?」

「見てた見てた」


 そう、知ってた。

 私も、彼のことを見てたから。

 だから彼がちらちらとミホの方を見るのも、知ってる。


「あのさ、中村君って高校分かれちゃうじゃない? だから今度のバレンタインにチョコ渡したいんだけど」

「いいんじゃない? ガンバレ~!」

「茶化さないでよぉ! 一人じゃムリだよ!!」

「大丈夫だってば」

「お願い!! アカネも一緒に渡そ?」

「えぇ~~?」


 結局――ふたりで一緒に手作りトリュフを作って、それぞれが箱に詰めてラッピングしたものを、ふたり同時に渡した。

 ホワイトデーに中村君は律儀に私たちに同じキャンディーを返してくれた。

 ハートの形のプラスチックの箱に詰め込まれたキャンディーを。

 ただ、添えられたメッセージカードに書かれた言葉だけが、違っていた――。


 私はそのキャンディーボックスのフタを開けることも、捨てることもできなかった。

 ミホに『おめでとう』と声をかけるために。




 ぴっちりと閉まったままのキャンディーボックスのフタをじっと眺めてから、私は起き出す。

 あの日と同じように親友に『おめでとう』を言うために。


 どれだけ胸が軋んでも、心から願うよ。

『ふたりとも、末永くお幸せに』



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