開けられないキャンディーボックス(作:葵生りん)
目覚まし時計が電子音を響かせる。
もぞもぞと手探りでそれを止めて、さらにその隣においてあるはずのスマホに手を伸ばすと、違うものが手に当たった。
「……あぁ……」
胸の奥に鈍い痛みを押さえて、それを手に取る。
それはキャンディーの入った箱だ。プラスチック製のかわいらしいハート型の容器に、小さなキャンディーが詰め込まれている。もうとっくに賞味期限は切れているけれど、その蓋はぴっちりとテープで止められたまま。
開けることも捨てることもできないまま、5年もそこに置かれている箱だった。
キャンディーの箱をおいて代わりにスマホを手に取ると、スケジュールアプリが今日の予定を表示した。
『11:00 ミホの結婚式』
そう、今日は中学校からの親友ミホの結婚式。
新郎も中学校の同級生だから、きっと今日は同窓会みたいになるんだろう。
「わたしね、中村君が好きなの」
中学3年のバレンタインの少し前だった。
遊びに行ったミホの部屋で、彼女は照れくさそうに告白した。
「うん、知ってた」
胸に走った痛みを押さえて、私は笑った。
「ええ!? なんで??」
「だってミホ、ずっと中村君のことばっかり見てるんだもん」
「えーっ? ウソ、そんなに見てたかなぁ?」
「見てた見てた」
そう、知ってた。
私も、彼のことを見てたから。
だから彼がちらちらとミホの方を見るのも、知ってる。
「あのさ、中村君って高校分かれちゃうじゃない? だから今度のバレンタインにチョコ渡したいんだけど」
「いいんじゃない? ガンバレ~!」
「茶化さないでよぉ! 一人じゃムリだよ!!」
「大丈夫だってば」
「お願い!! アカネも一緒に渡そ?」
「えぇ~~?」
結局――ふたりで一緒に手作りトリュフを作って、それぞれが箱に詰めてラッピングしたものを、ふたり同時に渡した。
ホワイトデーに中村君は律儀に私たちに同じキャンディーを返してくれた。
ハートの形のプラスチックの箱に詰め込まれたキャンディーを。
ただ、添えられたメッセージカードに書かれた言葉だけが、違っていた――。
私はそのキャンディーボックスのフタを開けることも、捨てることもできなかった。
ミホに『おめでとう』と声をかけるために。
ぴっちりと閉まったままのキャンディーボックスのフタをじっと眺めてから、私は起き出す。
あの日と同じように親友に『おめでとう』を言うために。
どれだけ胸が軋んでも、心から願うよ。
『ふたりとも、末永くお幸せに』




