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ELEMENT2019春号  作者: ELEMENTメンバー
想像の翼
15/15

シンデレラの靴(作:梨香)

 俺が黒猫貴品店なんて普段は絶対に行かないような店に入ったのは、生まれて初めてできた彼女の誕生日プレゼントを選ぶのに迷い尽くしていたからだ。


「指輪とかは、まだ付き合い始めたばかりなのに重いかな? だいたいアクセサリーなんて趣味がわからない。変なのあげたら、陽奈に嫌われるかも……」


 陽奈の好きそうな物なんて、俺には分からない。その上、デートで見栄を張り、割り勘なんかしていないものだから、軍資金に乏しいのが現状だ。


 付き合いだしてから週末はいつもデートだ。そのせいでバイトも休みがち。でも、この土曜日は陽奈が用事があると言ったので、わざわざ都心まで出かけて店を見て回ったが、どうもピンとこない。


「こうなったらアイデア勝負だ!」と思うぐらい俺の頭も心も体も疲れ切っていた。そんなアイデア勝負で女の子が喜ぶ誕生日プレゼントなんて選べるのは、恋愛レベルの高い男だけなのだ。この店を推薦した幼馴染の明宏の顔を思い出し、俺は眉を顰めた。


「俺にだって誕生日プレゼントぐらい一人で買えるさ!」選んでやろうかと上から目線で言われた時の屈辱を思い出し、俺は黒猫貴重品店のドアを押した。


『カラン、カラン』と、黒猫貴重品店のドアを開けると、クラシカルなドアベルが鳴った。


 陳列棚には色々な骨董品や不思議な品物が置いてあったが、どう考えても陽奈の誕生日プレゼントには不向きそうな物ばかりだ。俺は店主に声を掛けられる前に出て行こうとした。その時、俺の目にキラキラと煌めくグラスヒールが飛び込んだ。


「グラスヒール?」


 俺は思わずグラスヒールを手に取った。冷たいのに、しっとりと俺の手に馴染む。


「おや、そちらの商品が気になるのですか? さすがお客様、大変お目が高い!」


 カウンターの後ろに座っていた店主らしき初老の男が声を掛けてきた。俺は、こういうのが苦手だ。今日もアクセサリーショップの店員に声を掛けられるたびに逃げ出したせいで、何も買えなかったのだ。


「いえ……」もごもごと口ごもり、グラスヒールを陳列棚に置こうとしたが、いつのまにか店主は俺の横にぴったりと付いていた。


「こちらの商品はシンデレラのグラスヒールをモデルにした最高傑作です」


「モデル……」


 これがシンデレラのグラスヒールじゃないのは、俺だってわかっている。あれは童話だ。それに本家のフランスでは毛皮の靴だと大人になって知り、凄くがっかりしたんだ。でも、やはり俺にとってシンデレラの靴はグラスヒールなんだ。


「これって履けるんですか?」


 陽奈がシンデレラのグラスヒールを履いている姿を妄想した俺の鼻の下は伸びた。きっと凄く可愛い。


「ええ、もちろん、実際に履いていただくことが可能でございます」


「買います!」鼻息も荒く言い切った俺の頭の中には、陽奈の誕生日プランが巡っていた。


……シンデレラ城の前で陽奈にグラスヒールを捧げて、真剣な気持ちを告白するんだ!……


 店主の商品説明なんて、ロマンチックな妄想暴走中の俺の耳には入っていなかった。もしかしたら、大学卒業同時に結婚式! とまで暴走させながら、なけなしの諭吉を支払い、下宿まで雲の上を歩くような気持ちで帰った。




 安アパートの外階段を降りる誰かのカンカンとうるさい音に紛れてピンポンとスマホから通知音が鳴った。


「あれ? ラインだ!」陽奈と付き合う前は、ラインだって半日に一度チェックすれば良い方だったのに、今はすぐに見る。だって、陽奈の用事が済んだのなら会えるかもしれない。


 相変わらず顔認証システムは俺を認識せず、暗証番号を打ち込んでラインを開く。


「陽奈だ!……嘘だろ!」


 何度見直しても『別れます。連絡しないで』としか書いていない。俺は何かの冗談ではないかと『嘘でしょ?』と書き込もうとしたけど、ブロックされているみたいだ。


「どうしたら良いんだ!」


 パニックになった俺は、陽奈とどうにか連絡を取り、何か気にいらない事をしたなら謝ろうと考えた。なにせ彼女なんかできたのは初めてなので、何が地雷なのかもわからない。


「家に行けば……そういえば駅までしか送ってない!」


 駅から近いからと、陽奈は家まで送らなくて良いと断っていたのだ。そんな陽奈を遠慮深くて優しいと思っていたのだけど、もしかして家を知られたくなかったのかと疑惑が湧いてきた。


「違う! 陽奈はそんな子じゃない!」俺は首を横に振って、疑惑をかき消す。


「ラインで連絡取れないと、駅で待つしか無いのか……ストーカーじみているのかも……」


 俺は駅に向かうのを躊躇った。もし、俺が女の子なら振った男に駅で待ち伏せなんかされたくない。怖いだろう。


「どうすればいいんだろう……こんな時は……明宏に……」


 俺は、幼稚園からの幼馴染の明宏にラインでどうするべきか質問した。モテモテの明宏なら、何かアドバイスしてくれる筈だ。


『陽奈に突然振られた。それもラインで! ブロックされているから、理由もわからないし、何が悪かったのかわからない。どうしたらいい?』


 一瞬で返事が来た。


『今、下宿か? すぐに行く』


 俺がぼんやりと座り込んでラインを眺めている間に、明宏がやってきた。


「おい、真木! 大丈夫か?」


 肩を掴んで揺さぶる明宏の手を振り払う。


「大丈夫じゃない! 陽奈に振られたんだ!」


 俺は手に持ったままのスマホを明宏に突き出した。


「ふうん、ラインで別れを告げる女なんか最低だな。真木にはもっと良い相手がいるよ」


「陽奈は最低なんかじゃない!」


 整った明宏の顔を俺は殴りつけようとしたが、余裕で振り上げた手を掴まれた。幼稚園の頃は、俺の方が大きかった。なのに、明宏は小学校高学年の頃からずんずんと背が高くなり、俺は追い越されてしまった。


「わかった。陽奈は最低じゃない。でも、お前とは終わったんだ」


「嘘だ! きっと何か俺が怒らすような事をして……」


「ライン、ブロックされたんだろ。それはもうラインですら話したくないってことだよ。女の子って結構キツイんだ」


「嘘……」


「陽奈のことは、諦めるんだな。お前にはもっと良い相手がいるよ」


 明宏に失恋宣言されて、俺は泣きたくなった。


「俺の初恋だったのに! 陽奈ぁ〜!」


「初恋かぁ……なら、飲むしかないな!」


 それから明宏がコンビニで買ってきたビールや酎ハイを飲んだ。飲んだといっても、俺は、アルコールに強くない。二本目を飲んだだけで、俺は酔っ払って明宏に愚痴り始めた。


「陽奈の誕生日プレゼントを買ったのに……これをシンデレラ城の前でプレゼントして、ずっと一緒に暮らすつもりだったんだ」


 プレゼント用に包んでもらったグラスヒールを取り出して、俺は未練がましく抱きしめて泣いた。


「お前、あの女と付き合い始めたばかりじゃないか」


 馬鹿馬鹿しいとフンと鼻で笑う明宏の整った顔に腹がたつ。


「モテモテのお前には、俺の気持ちなんかわからないのさ! 俺は陽奈と結婚したかったんだ!」


 俺は、窓を開けて片方のグラスヒールを投げた。


「陽奈ぁ〜! 大好きだぁ〜!」


 もう片方のグラスヒールを投げようとした俺を、明宏は床に押さえつけた。


「お前、覚えてないのか! 俺と結婚すると約束したじゃないか。ラインでお前を振った女なんか忘れろよ!」


 酔っ払った頭に、そういえば幼稚園の頃、一番大好きな人と結婚するのだと思い込んでいたのが浮かび上がった。


「そんなの子どもの……」


 明宏は俺の手からグラスヒールを奪い取り、俺の足をぐっと引き寄せると、跪いて履かせた。


「俺の結婚相手はお前だけだ!」


 真剣な顔の明宏にキスをされ、くらぁ〜と酔いが回った俺は、意識を手放すことにした。




……こんなの有り得ない!……


 下宿の小さなキッチンで明宏が鼻歌まじりに朝食を作っている。いつもはコンビニで買ったパンぐらいしか食べないが、味噌汁と卵焼き、そしてご飯が炊ける匂いに腹が鳴った。


「おはよう! まぁくん!」


「まぁくんなんて呼ぶな」


「じゃあ、真木でいいさ。ご飯できたぞ」


 ご機嫌な明宏には悪いが、俺は男と結婚する気はない。


 なのに、なぜか俺は明宏を拒否できなかった。美味しい味噌汁を啜りながら、どうにかしてこの状況から脱出できないか考えていた。


 ベッドの上には片方だけのグラスヒールがキラキラと朝日に輝いている。ロマンチックな妄想していた時に黒猫貴重品店の店主が何か説明していた。


「まさか……あのグラスヒール……説明書があったな!」


 俺は、箱の底から説明書を取り出して読んだ。


「グラスヒール・ルール……なんだ、そりゃ!」


 使い方説明を読んでいるうちに、俺の血の気は引いていった。


『1・こちらの靴は足をあなたの足を包み込みます。人間工学をもとに設計されているため、快適にご使用いただけます。

2・製品は強化ガラスを使用しています。強度は抜群ですが、過度な負荷にはご注意ください。

3・この靴はガラス製です。洗浄の際には、中性洗剤をご利用ください。

4・この靴は左右ともそばにある時には、ごく普通の靴でございます。靴が離れ離れになると時にはご注意ください。

5・もし、靴が離れ離れになり、それが誰かの手に渡ってしまった場合。もう片方を持っている相手には十分に注意を払って下さい。安易に、もう片方の靴を履かせてもらうようなことはしないでください』


 俺は説明書を持ったまま、明宏に疑惑の目を向けた。


「お前……」


 黒猫貴重品店を勧めたのは、俺が子どもの頃、シンデレラの物語が大好きだと知っていたからに違いない。抗議しようとした口は、明宏に塞がれ、俺は諦めた。


 子どもの頃から一番好きなのは明宏だったのだ。



                 おわり

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