3話
「これらは全部まだ着てないから好きなのを選んでちょうだい。ちょっと地味なのしかないのだけれど」
「…地味……?」
地味とは…?と疑いたくなるようなドレスが目の前に並べられた。確かにものっそい派手なわけではない。ただ地味では無いはずだ。殆どがレースがたっぷりと使われていて、落ち着いた雰囲気の結構品がいいタイプ。お母様チョイスかな?
「お母様の趣味なのだけれど…私はもっと派手なのが好きなの。」
「そんな気はします。紅薔薇ですものね」
「えぇ」
嬉しそうにお姉様が微笑む。でも、これら全部似合うんだよなぁ…
「でもお姉様、ここにあるドレスとっても似合いますよ。」
「そうかしら?メアが言うなら今度着てみようかしら。…あ、ほらこれ、メアに似合いそうじゃない?おそろいみたいよ!」
「同じお針子さんが作ったんでしょうか。…可愛いです」
ちょうどお姉様が着ているドレスの色違いみたいだった。多少デザインに違いはあるものの、胸元の大きなリボンとドレスの型は同じだった。袖のレースが結構好みである。
「ではお着替えしましょうか」
マリアさんに手伝ってもらい服を着せてもらう。そこから、お姉様と同じように軽く髪を巻いてもらった。……今は可愛いけれど、あと数年後、原作通りのあの縦巻きドリルオンパレードみたいにならなきゃいいんだけど。
「見れば見る程そっくりですわ…」
「ふふ、そうでしょ?」
「そんなこと、ないと思うんですけど…」
髪を巻いてもらった時に鏡を覗いたけど、確かにお姉様そっくりだった。ぱっちりとした猫目に白い肌。…でも、お姉様の様な意思の強そうな感じとかはない。どちらかと言うと気が弱そうな顔つきな気がする。
「確かにロゼリアお嬢様の方がキリッとしてらっしゃいますね。メアリージュンお嬢様はどちらかというと大人しそうな雰囲気をしてらっしゃいます」
「そうそう、メアのお花は鈴蘭に決めたのよ。よく似合いそうでしょう?」
「まぁ、ぴったりですわね!例えばですよ、窓際に佇み外を眺めるメアリージュンお嬢様。その傍に鈴蘭の生けられた花瓶がそっと置いてあったらと考えると…教会に飾ってあっても不自然ではないほどです!」
「それは言い過ぎじゃ…」
「……しっくりくるわね!ふふ、流石私の妹よ」
「えぇ…」
どうやら私は清楚系美少女と思われているらしい。ヒロインがその肩書きあるんだから私は別のがいいなぁ。…いや、変えられるものじゃないけど。
「さ、お母様とお父様に見せに行きましょう。きっととても褒めてくださるわ!」
「…だと、良いんですけれど」
お父様もお母様も、私のことを奴隷と知っている。何か言われてもきっとお世辞だろう。可愛い我が子が気に入った子に下手な事を言えば嫌われてしまうかもしれないだろうから。
いつかもっともっと幼い時、とても綺麗な金の髪の人が頭を撫でてくれた。微笑んでくれた。その後すぐに別れてしまったけれど、あれがきっと母だったのだと思っている。アンジェリカという有名な歌手らしい、まだ奴隷商人のところにいた時もときたまその話が耳に届いていた。
…何故、あの人が金髪なのに私は黒髪なのだろう。父が黒髪だったのか、と考えながら髪をいじっていると不思議そうにお姉様がこちらを眺めているのが目に入った。
「…お姉様、どうかされました?」
「なんだか、寂しそうな顔だったから。どうしたの?」
「……いえ。早くお母様とお父様に会いたくて」
「ふふ、なら早く行きましょう。お父様のお部屋にいるだろうから、こっちね。お父様のお部屋は一番奥よ」
「わかりました」
廊下の奥に目をやると一際煌びやかな扉が目に入った。金の取手に、扉には細やかな彫刻が施してある。この館全体の基調は白であり、もちろん扉も白く塗られていて、木の扉ではあるがさながら大理石のような雰囲気があった。
扉の前まで来るとマリアさんが旦那様、と部屋に呼びかけ、中からは開けて良い、と返事が来たのでゆっくりと扉が開かれた。
「……まぁ…まぁあ…」
お母様が私の姿を見てまたまた声を漏らす。何をそんなに感動することがあるのだろうかと自分のドレスを見てみた。…お姉様とお揃いの服を着ているからだろうか?
「お母様、メアとお揃いみたいで素敵じゃない?」
「えぇ、素敵!せっかく双子なのだからこれからも似た服を着るといいわ、ついさっき商人と針子を呼んだから明日には来てくれるわ。たくさんドレスを仕立てましょうね」
「こら、メアリージュンの披露宴とデビューのドレスが先だろう。その後になさい」
「えぇ分かってるわあなた。鈴蘭でしょう?たっぷりレースをつけましょう?鈴蘭のように連なった飾りもつけて…」
「あぁ、もちろん色は白だな。メアリージュンの可憐さを前面に押し出すような…」
どうやらお気に召されたようだが今は別のドレスの話をしているらしい。随分と楽しそうに話している。最初に言ってた社交界デビューのドレスか。あんまり豪華にされても似合わない気が…
「確かロゼリアが真っ赤で薔薇の花弁のように裾を膨らませたプリンセスラインのドレスだったわよね?フリルたっぷりの。ならメアリージュンはレースメインにしましょう。膨らみは落ち着かせて…そうね、髪飾りは鈴蘭とレースを垂らして、それから…」
「落ち着きなさい、針子に全てぶちまけた方がいい。ドレスのことはじっくり熟成させておきなさい」
「あ…そうね、私ったら興奮しちゃって…」
「ふふ…私も同じ気持ちだ。」
「私もメアのドレス一緒に考えたいわ!いいわよね?お母様」
「もちろんよ!メアリージュンも一緒に考えましょうね」
椅子に腰かけるお母様にお姉様が抱きつく。ドレスのスカートに顔を埋もれさせて楽しそうに笑っている。お父様もその様子を微笑ましそうに眺めていた。
「さ、メアリージュンもおいでなさい。」
「え、…よろしいのですか…?」
お母様がほっそりとした白い両手をこちらにむける。お姉様にも手招いて、早く来て、と急かされた。
「……で、は」
おず、とお母様の膝に手を乗せる。柔らかですべすべとした手触りは生地の上質さをあらわしている。お姉様と同じように、顔をぽすりと太もものあたりにのせると頬に布のいい質感が伝わって、思わず頬ずりした。はっとなって顔を上げるとそれはもう頬を紅潮させ瞳を潤ませて…今日この人は何度感涙の表情を浮かべるのだろうと思うほど今日で何度目かの感涙を浮かべていた。
「まぁ、まあ……まあ、………まあ…!!」
とうとう言語もどっかに放り投げたらしく「まぁ」しか言わない。それほど私がお母様の感涙スイッチを連打するほどの事があるのだろうか。
「メアリージュン、メアリージュン…可愛い私の子、…メアリージュン…」
ふわりと柔らかな手のひらが頭を撫で、髪を梳いた。愛おしげにゆっくりゆっくり、時たま頬を撫でて。存在を確かめるかのように両の手のひらでそっと私の頬を包み込んだ。
「……愛しているわ、メアリージュン、ロゼリア」
そのままロゼリアと私の体に腕を回しぎゅうと抱きしめた。お姉様と私はお母様の様子に首をひねりながらも素直に抱きしめられたのだった。