プロローグ
「今宵の目玉はコチラ!子猫のようなアーモンドアイは赤く煌めき、艶やかな黒髪は夜を融かした様な色でございます。肌の色も透き通るような白で細く、触れれば壊れてしまいそうな繊細さと美しさを兼ね備えた少女。名前はまだございません!」
拡声魔法で広い会場に響く大きな声。嫌だ、嫌だ、それ以上話さないで。
「なんとも健気な性格で、主人に捨てられそうになるとその赤い瞳を潤ませ、まるで子犬のように縋ります。」
だって捨てられたら死ぬに決まってる。捨てられないために、生きるために必死なの。だからお願い、やめて。嫌だ、やめて、幕を上げないで
「齢は12。夜の相手にはまだ幼いでしょうが将来有望です。なんと母親は……、皆様もよく知っておられるでしょう…かの有名な金糸雀の異名を持つ奴隷歌姫、【アンジェリカ】にございます!彼女がまだ売られる前に身ごもった子供が今!この世に姿を現します!とくとご覧下さい!!」
ばさり、と無慈悲に黒い幕が上がった。鳥籠のような格子の向こうから仮面をつけた老若男女が下卑た笑みを浮かべて私を見つめ次々に声を上げた。
「まぁ…」
「これは美しい…金糸雀にも引けを取らん」
「赤い瞳を潤ませて可愛らしいこと!」
「垂れ下がる長い髪が神秘的だな」
「…見つけたわ」
皆が口々に騒ぎ出す中、ぽつりと呟かれた言葉が耳に残った。こんな場所には似つかわしくないまだ幼い女の子の声。ふと下を見ると私とよく似た黒髪に赤い瞳の女の子が私を見つめていた。
「私が買うわ。エリス金貨10枚よ。」
「なに!?」
「え、エリス金貨10枚とリーリア銀貨20枚!!」
「エリス金貨11枚」
待って待って、エリス金貨!?確か最上級の金貨で、確かえーと、エリス金貨はリーリア銀貨1000枚分で…リーリア銀貨が確か、1枚ルック銅貨1000枚分…ルック銅貨1枚で、約…“100円”…つまり、100×1000×1000…1000万!それが10枚で…1億!?奴隷に1億!?え、11枚…1億1000万?気が遠くなりそう…
「…おやおや、これはこれは…エリス金貨11枚。それ以上はございませんね?……では、紅札1番様がお買い上げしました。これでオークションはお開きとなります。」
オークショニアがそう言うと落胆した様子で人々が次々と広間から出ていき、私の入った籠も大きな獣人に担がれて広間の外に出ていく。そのままなにか紋章の描かれた黒い布のかぶさった馬車に籠ごと乗せられる。ごとりと音がして馬車が動き出すとぱっと籠にかけられていた布が外された。
「本当に私そっくり。私より美人じゃないかしら?」
「お前の方が美人だ。しかしこんなにそっくりな子をよく見つけてきたなぁ…」
「……ぇ…?」
仮面を外した女の子はにこにこと私を見つめている。同い年くらいで、子供とは思えない美しさを持った子で…そっくり?私の顔こんなに綺麗なはずはない。………いや、“生まれ変わってから”1度も鏡なんて見た事なかったかも。
「可愛いでしょ?」
「急に奴隷が欲しいなんていいだすものだから驚いた…興味が無いと思っていたよ」
「従順な子が欲しかったの。できるだけ私そっくりな」
「まぁロゼリア、が欲しいならなんでも揃えてあげるよ」
「ふふ、ありがとうお父様」
微笑む少女はいつか私が“プレイしていたゲームの登場人物と似た顔”で微笑む。
「……ろぜ、りあ…?」
ロゼリア。彼女は黒い縦ロールを揺らして、猫のような少しつり上がった目にはまっているルビーのような赤い瞳を煌めかせて微笑む。
私は彼女を知っている。
「そう、ロゼリアよ。ロゼリア・メアリー・アルディアーナ。」
彼女はアルディアーナ公爵家のご令嬢。両親に溺愛され、高慢に、高飛車に育つ“悪役令嬢”。
「顔立ちはそっくりだけど、やっぱり目付きとか、雰囲気までは似ないのね。」
白魚のような柔らかい手が私の頬を撫でる。“ゲーム”では“ヒロイン”を叩いた手。
「これからよろしくね、…確か名前はないのよね。なら、…私のメアリーからとって、メアリージュンにしましょう。よろしくね、メアリージュン。…長いからメアって呼ぶわ」
ふふ、と柔らかな笑みを浮かべる。よく似てるけど、違う人?でも見れば見るほど“悪役令嬢”とよく似てる。
前世でさんざんプレイした乙女ゲームの、悪役令嬢、ロゼリアに。