第9話
遅くなりました
俺達は黒い狼達に取り囲まれていた。
「ッ!!ヤバいこいつら俺達に気付いている!」
「なんだと、どうするんだ!ターニャさんも、まだ目覚めていないんだぞ!」
俺はどうするか悩んでいた。冒険者としての正解を採るなら、ターニャさんは置いていくのが正しい判断とされるだろう。だが、お世話になった人をそのように切り捨てて行ける訳がない。しかし、連れて行くとしてもこの状況から脱却するには速度が必要であり、ターニャさんをおぶった方は確実に狼から狙われてしまう。クソッどうしたらいいんだ!
「そこに居るのは判っている、出て来てもらおう。」
いきなり外から低い声が聞こえて、俺達は身体中から冷や汗をかいた。外には狼しかいなかった、それなら喋ってきたのはそいつらだろう。なんということだ!とナバは思った。話が出来る魔物とは、魔物の中でも一握りであり最強種である筈のドラゴンを除けば、それは少なく見積もってもBランク以上の魔物と言われている。そんな魔物が、約五体。どうやっても勝ち目がない。
「ダイ、俺達はここまでみたいだ。喋る魔物はBランククラス。しかも同じ種と思われる魔物があと五体もいるんだ。終わったな・・・。」
「ナバ、君が言うならそれは本当なんだろう。じゃあ仕方ない、ターニャさんだけでも助けよう。」
「あぁ俺達だけと連中に思わせとけば、俺達が犠牲になるだけですむ。・・・よし、いくぞ。」
「む、やっときたか。」
「あぁお前の言うとおりにでてきたぜ。」
ターニャさんには臭いを消すための魔道具を装備させたので気付かれないだろう。俺達はそう心の中で祈りながら相手の反応をまった。
「・・・・いいだろう、ボスにお前達を連れてこいといわれている。指示に従うのなら傷つけはしない。だが、反抗するなら動けなくなるまで叩きのめしてから引きずっていく、どちらか選べ。」
「・・わかった降参だ、そのボスの所へ連れてってくれ。」
ボスということは、つまりこいつらを従えきれる力があるということだ。この狼達は恐らくBランクなので、ボスはそれ以上Aランクあるということだ。益々生き残る確率が減ったなとナバは感じた。だが、ターニャさんだけは生き残りギルドに情報を届けてくれるだろう。その筈だったが、
「その前に何か言うことがあるんじゃないか?」
「ッ!い、一体なんのことやら。俺達で全員だぜ。」
「そうさ、俺達は二人だけでこの森に入った。他には誰もいない。」
「ふむ。そうか、なら良い。」
危なかった。一瞬バレたのかと思ったぜ。だが、なんとか誤魔化せた。このまま俺達だけを連れてってもらうようにしないとな。
「こいつがボスの所へ案内する、付いてこい。おい、お前達は中にいるやつを連れてこい。」
それを聞いて俺達はゾッとした。あり得ない!何故バレたのか、魔道具が上手く働かなかったのか、どうやって探知したのか、そんな疑問が頭の中をぐるぐる回った。
「ふん、大方魔道具を起動して気配を消そうとしたんだろう。魔道具から出てくる魔力波を感じたからな。」
そう言われて、ナバ達はギルドの講習を思い出していた。
『魔道具からは起動するとき、魔物とは違った魔力を放つ。そのため高位の魔物には逆に探知されやすくなる。だから魔道具だけに頼っているといつか死ぬぞ。あぁエルフ達の街までの道にある魔道具は例外だ、あれはどちらかと言えば古代魔具だからな。』
そう言われてが、ナバ達はリールの森の浅い所やエルフ達の街までの道だったら問題ないだろうと聞き流していたのだ。
そして一体の狼がターニャさんを引きずって俺達の前にもってきて此方を睨み付けながら先導を始めた。他の狼達は二体が後ろを付いて来るだけで、後の二体は既にいなくなっていた。ナバ達は狼達の目を見て感じた。
───絶対に逃がさない
そう言われているようだった。ナバ達は狼達に連れられて森の奥深くに入っていった。
暫く丘のような傾斜のある道なき道を歩いていると、開けた場所に出た。
そこは平らな岩がゴロゴロ転がっていた。登ってきた反対側は切り立った崖になっており、そこに突き出るように一枚岩が延びていた。
ナバ達はその一枚岩の前に連れていかれ、そこに寝そべっている一体の魔物と対面した。それは昼間、エルフ達の街にいくための道にいたあの狼だった。
「ボス、森から逃げだそうとしていた冒険者を捕まえてきました。」
「えぇ……、またか?もうこれで三十人目だよな?」
「はい!まだまだ沢山居ますからどんどん連れて来ています。」
「・・・後どのくらいだ?」
「軽く五十は超えるかと。」
「ハア~わかった。全員捕まえ次第、ここに連れてこい。」
「ハッ!」
その会話を聞いて俺達は更に怖くなってきた。足が、ガクガクして上手く立つことが出来ずその場に座り込んでしまったほどだ。
(あいつら・・俺達に自分達の存在を知られたくないがために、ここまでやるのか!狂っている、狂っていやがる、この化物め!)
ナバは心の中でそう愚痴を溢していると、その狼がゆっくりと体を起こした。
「さて、君たちの処遇についてだが何か言い残すことはないか?」
「・・・一つ問いたい。お前達はこの森で一体何をしようとしているんだ?」
「あぁその事か。簡単だ、静かに暮らしたいだけだよ。」
「なら!なんでこんなことをした!こんなことをしていたらすぐに討伐されてしまうぞ。!」
「む、そうか。確かにそれは一理あるな。ふーむどうしたものか。」
ナバは話しているうちに、もしかしたら生き残るかもしれない。と期待しはじめていた。上手く説得出来れば、解放してくれるだろうと。
だが、それは普通の魔物だったらの話である。
「解ってくれたか。じゃあ俺達を解放してくれないか?」
「何故。」
「俺達がお前達は此方から手を出さなければ、無害だと街の皆に説明する。これから連れてこられるだろう人達にも、そう言ってくれるように説得して見せるから、な。頼む。」
「・・・その必要はない。お前達には別の仕事があるからな。」
「仕事?」
「そうだ。詳しく言えば・・・いや、単刀直入に言う。お前達は俺の眷属になってもらう。そして街へ行き、情報収集や誘導などをしてもらう。」
「っ!?、おいそれって・・・。」
「あぁ君達の言いたいことは解る。解放してくれると期待しているんだろう?勿論、眷属化が終わった暁には自由にしてくれて構わない。お前達が街の中を行動するだけでも十分な情報を得られるからな。」
「俺達が街に帰った後ギルドにあんたのことを話すかもしれないぞ。それでもいいのか?」
「・・・ふふ、言いたいなら言ってみるといい。その時になったらわかるさ。ただ、言ったその日の帰り道に気をつけることだな。」
そう言ながらボスと呼ばれた狼が強烈な威圧を飛ばしてきた。ナバ達はまるで生まれたばかりの小鹿のように足をガクガクさせ、反抗心を全て失う程の格の違いを感じた。
───裏切りは許さない
そう言われているのと変わらない言葉だった。
「ふむ、これは上手くいったようだ。さて決をとろうか俺に服従して生き延びるか、反抗して無様な最後を遂げるか選べ。」
「俺は・・・貴方に従う。まだ死にたくない。」
そうナバが答える前にダイはそう言った。すると、ボス狼はニヤリと笑いダイに近づき
「ダイよ、お前には眷属としてしっかり働いてもらう。期待しているぞ。」
「は、はいぃ!」
そう答えた途端にダイの体に黒い靄が覆っていき、まるで蝶が羽化する前の繭ようになった。
「さて、次はお前。どうする?」
ナバの答えはもう決まっていた。何故かさっきからこのお方には反抗心が生まれない、寧ろ尊敬の念さえ抱いてしまうほどだ。ナバはその場に膝卷付き、答えた。
「私は貴方に忠誠を誓います。」
「ッ!?・・・お前本当にナバか?」
「はい!」
「うーん、ちょっと感情弄り過ぎたかな。まぁいいや、便利だし。ではナバよお前の働きに期待しているぞ。」
そう言ってナバにも黒い靄が覆っていき、繭のようになった。
ナバは自分が新たな体に作り替えられていくのを感じながら意識を沈めていった。