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冬の日と自転車1~目覚め~

 正月ボケ。それは、人類の一生とは、時間という不可逆的な条件との戦いであることを認識できない病である。

 一部の人間たちは、正月休みが明けると同時に、自らに残された時間が有限であることを自覚し、仕事や学問など、自らの領分に励んでいく。しかしそうではない人間たちは、永遠に続くとも思えた正月休みが案外早く終わってしまったことも忘れ、ダラダラと悠久の時が自らの将来に続いていると勘違いし続ける。

 正月ボケという病を患った患者たちにはさらに鬼門がある。一月半ばの三連休、いわゆる成人の日というやつを抱えた休日のことだ。

 確かに新成人にとっては、成人式というお祭り騒ぎがあるのだが、そうでは一般人たちにとっては、なんの意義も意味も関係もない、単に抜けきらない正月ボケをさらに重症にさせるだけの休日となる。

 さて、三連休初めの土曜日。今まさに、目を覚まそうとしている一人の少女がいる。

 名を、サクラという。漢字で書くと桜。彼女は高校一年生。美しい花のような女性に育って欲しいという両親の願いが込められたその名の通り、一年の内一瞬だけ活動的になり、後は眠り続けるという少女に育った。

 とある少女、サクラの、とある冬の休日が始まる。

 


 

「お姉ちゃん。そろそろ起きなよ」

 今、布団の中で芋虫のようになっているサクラを、妹のアサガオが起こしに来たところである。芋虫が外敵に反応したように、ビクンっとサクラは目を覚ました。

「ふえぇえ?」

 布団にくるまり、顔だけ露出した格好で、サクラが間抜けなうめき声を上げた。

「だ、か、ら。もう午後だよ。起きて、お姉ちゃん。わたしもう出掛けるんだから」

「うえぇえ?」

「どうやったらそんなに器用に芋虫っていうか手巻き寿司になれるの?別に関心しないけどさあ……」

「お布団は冬のロマンだよおー。お布団様は神様だよおー」

 サクラに起きる気などないことをアサガオは承知していた。だからといって、ダラダラと姉のペースに巻き込まれるつもりもない。アサガオとてサクラの妹を長いことやっている。 電撃戦で短期決着に持ち込む心づもりでいた。

「お姉ちゃん。起きないなら実力行使するからね……」

「!」

 妹の宣戦布告を聞くが早いか、サクラは全力で防御姿勢に入る。顔まで布団に埋めて、籠城を決め込んだ亀のような恰好で迎え撃つ。

 アサガオには秘策があった。右手にはテニスのラケットが握られている。そして、得物を握った腕を大きく振りかぶり、無慈悲にサクラへと振り下ろした!

「おらぁああっ!起きろ起きろ!起きるまでストレス解消のサンドバッグにしてやる!」

 バシバシと、干した布団を叩くような音が鳴り響く。

「喰らえ喰らえ!うら!うら!うらあっ!」

 中学三年生の、まだあどけないはずのアサガオの表情には、まるで無力な鮭を狩る熊のような獰猛さが浮かんでいた。コイツ、完全に楽しんでいる。

「あう!あう!やめてっ!お姉ちゃんをサンドバッグにしないでっ!」

 サクラが亀の甲羅、もとい布団から悲鳴を上げる。

 バシバシ。

「だったらさっさと起きろーっ!」

「あう!おきる!おきるから!やめてーっ!」

 バシバシ。

「本当だなっ?」

「ほんとうですうっ!ほんとうですから叩くのをやめてくださいっ!アサガオ様あ!」

「うむ、くるしゅうない」

 言って、アサガオは攻撃の手を止めた。しかしその判断は早計だった。

「なんてねー。おやすみー」 

 苦痛からの解放とほぼ同時に背信するサクラ。

 そして、そんなサクラに、ついにアサガオがキレた。

「死ねぇええええええー!!」

「うげぇえええええええええっ!!」

 テニスラケットの方が壊れるんじゃないかという勢いで振り下ろす。

 バシ、というか、ドカっと表現したほうがいいような音が鳴り響く。

 ドカドカ。

「死ねぇ!死ねぇ!」

 アサガオの表情はもはや熊ではなく猟奇的殺人鬼だった。調教という快楽にアサガオは目覚めつつある。

「起きる!起きるよ!アサガオちゃん!」

「誰が信じるかボケぇ!」

 ドカドカ。

「うげええぇえええええ!!ラケットの正しい使用法を守ってーっ、アサガオちゃーん!」

「うるせえぇええ!」

 ドカドカ。

「あうぅうっ!ダメよアサガオちゃん!そんな乱暴な言葉遣いはっ!」

「だまれええー!」


 いつもどおり、一月のとある土曜の今日も、アサガオの咆哮とサクラの絶叫が、ご近所中に響いた。もちろん、お隣さんの老夫婦にも彼女らの声は聞こえていた。

「あら爺さんや、お隣さんの姉妹は本当に仲が良いねえ」

「そうじゃのう、婆さん。毎日まいにち賑やかで楽しそうじゃのう」

 当の姉妹たちにとっては戦争でも、隣の老夫婦には仲睦まじく思えてしまうのだから、人生とは不思議なものである。




「まったく。アサガオは年々凶暴になっていってる気がするよ……」

 妹にたたき起こされたサクラは、自室からリビングへ向かう廊下で一人つぶやいた。

 確かに、記憶の遡れる限り、毎日のように姉を起こしてきた妹だったが、昔は暴力的な手段をとることなく、布団の横で声を掛けるだけだった。

 しかしなかなか起きようとしない姉にしびれを切らした妹は、次第にユサユサと姉を揺すって起こすようになり、さらに時が経つにつれペシペシと手で叩くようになった。

 そしてついには武器を使うようになった。と言っても、最初は三十センチの定規でペシペシやるだけだったのだが、次第に得物が教科書になり、辞書になり、通学用の鞄になり、ここに至ってテニスのラケットに変わった。

 だから、サクラにしてみれば、妹は年々凶暴になっているに違いないのだが、一方アサガオにしてみれば、姉の寝起きが年々悪くなっているように感じられていた。まさに悪循環。姉を起こすために妹は武器を強化する。すると姉は防御力上げてくる。だから妹はさらに武器を強化する。パワーインフレーションが姉妹の内に起こっていたのである。

「まったく。お母さんもお父さんも、旅行行っちゃっていないんだから、しっかりしてよね」

 未だ寝ぼけまなこのサクラに、アサガオが声を掛けた。

「わたしはもう出かけるから、お留守番よろしくね!」

 ちゃっちゃと部屋着を脱いで、外行に着替えを済ませながらアサガオが言った。姉に向かって、お留守番よろしくね、と。

「あらアサガオちゃん、お洋服を脱ぎ散らかしていくなんて、お下品よ」

「はいはい。じゃあねーっ!行ってきまーす!」

「行ってらっしゃーい」

 バタバタと去ってゆくアサガオを、なんだかんだ言って玄関先まで見送るサクラ。妹の外出を確認した後、リビングへ戻り、妹が脱ぎ散らかしていった洋服をたたんでやる。

「まったく。アサガオちゃんはしかたのない子ねぇ」

 ブツブツ独り言をつぶやきながら、一通りたたみ終えると、胸の奥から沸き出る熱い感情があった。

「さてと……。ふふっ!」

 口元を怪しくゆがめる。そして両手でバンザイしながら叫ぶ。

「自由だあぁああぁー!!」

 姉妹の両親は、このクソ寒い中、北海道へ旅行中である。今日から月曜日まで、三連休は帰ってこない。そして妹も今日は友達とショッピングへ行くのだと言う。中学生のくせに生意気だが、多分夜まで帰ってこないだろう。ちなみに明日は別の友達とカラオケへ。明後日はソフトテニス部の活動がなんたらかんたらとか。

 だから、サクラは自由だった。妹が出掛けている間、家の中でどのように過ごそうが、文句を言う人間は誰もいない。好きなだけごろ寝して過ごすことが出来る。まさに天国。

 早速サクラはリビングのコタツに向かい、スイッチをONにした。そして顔だけ出して全身をコタツに潜り込ませ、再び亀の甲羅に閉じこもった。

 コタツが次第に熱を持ち始める。温もりを視覚化したような、オレンジ色の光がユラユラとヒーターから醸され、揺れる。そして、サクラの全身を包み込む。

「はあぁあー。骨まで沁みますなあぁー」

 温泉に浸かる爺さんのような顔をしながら、独り言ちたサクラの胸中はしかし、旨い酒をグビっと飲んだ、おっさんのように高鳴っていた。

「お布団様は神様。おコタツ様は女神さまだねえー」

 サクラは愛の女神に包まれ、守られている気でいた。しかし、彼女は失念していた。一般人からしたらどうでもいいことだが、彼女にとっては死活問題であることを。

 彼女は一度コタツに入ると、自分から出てくることが出来ないのだった。いつもならば、妹が食料を運んでくれるのだが、その妹が今日はいない。そもそもサクラは料理が出来ない。料理は妹の領分だった。つまり、今彼女は食糧問題の真っただ中にいるのだった。

「自由の代償……」

 丁度彼女は空腹だった。しかし食料を運んでくれる人がいない!それではいったい何を食べればよいのか?彼女はお湯を沸かす、以上の事をすることが出来ない!

「餓死……」

 不吉な二文字が彼女の脳裏をよぎった。

「大変!わたし餓死しちゃうぅ!叫ぶ人の絵文字」

 独り言を叫びながら、サクラは全く同じ文面をラインで送った。妹に。すると、ほとんど待つ間もなくアサガオから返信があった。

「サンドイッチを作ってあるよ!冷蔵庫に入ってる!笑顔の絵文字……。カップ麺も買ってあるよ!人差し指の絵文字……」

 頼れる妹にサクラは、眼を潤ませながらハートマークで感謝を示す熊のスタンプを送った。まさにサクラの胸中そのものだった。

 そして、コタツから出ようとして逡巡した。

 サクラは往生際が悪い。その頑固さを、他のところで発揮してくれれば長所にもなるのに、などと妹は思っていたのだが、とにかく動かざること山のごとし、という能力だけはやたらと秀でるものがあったのである。

 しかし、今ばかりは、短所は長所などと悠長なことは言っていられなかった。

「れいぞうこに……、むかわなければ……」

 決心して少しずつ四肢を動かす。生まれたばかりのウミガメのように。ノロノロ前進してついに立ち上がった。

「れい……、ぞう……、こ……」

 遠い遠い冷蔵庫を両手で求めながら、フラフラ歩くサクラの姿は、まるでゾンビである。そしてついに到達した。たった三メートルも無い程の距離だが、サクラにとっては四十二.一九五キロメートルに相当する。実際、彼女は息を切らしていた。

「サンド……、はぁ……、イッチ……、はぁ……」

 吐息交じりにつぶやいたので、なんだかエロい響きになってしまった。

 冷蔵庫の扉を開いて、妹お手製のサンドイッチを発見、捕獲する。ついでにお湯を沸かして紅茶を淹れることにした。ヤカンに水を入れて火にかける。

 沸騰するまで、マジマジとサンドイッチを視姦してやることにした。レタス、ハム、トマトとチーズが挟まっている。なかなかしっかり作ってあるようだ。パンの耳を裁ち落としてあるところが、アサガオという少女の抜かりなさを感じさせる。

 マグカップにティーバッグを淹れて、沸いた湯を注ぐ。カップと、ごちそうの載った皿をもってコタツへと帰還する。普段はこれだけのことも妹に任せきりにしているサクラにとっては、大冒険であった。

 再びコタツに入り、例のサンドイッチを頬張る。バターがしっかり塗ってあって美味い。薄くマスタードが塗ってあるのがまた抜かりない。モグモグと咀嚼しながら、サクラも思わず満面の笑みになる。

「んんー!うまー!」

 しかし美味そうに食べる。ほっぺが落ちるとはよく言ったもので、こんなに幸せそうに食べてくれる姉がいるのなら、妹にとって、ちょっとした苦労も報われるというものだろう。

「アサガオは料理の天才だよぉー!ありがとぉー!」

 妹本人は不在だが、お礼の言葉を忘れない。例えサンドイッチであっても、サクラには立派な料理なのだ。

「んふふー!」

 音符が弾けそうな声を発して、幸せを目いっぱい表現した後、ズズズっと紅茶をすする。

「ん……?」

 そしてふと、コタツの上のあるものに目が留まった。一冊の雑誌である。妹が読みかけで放置したのだろうか。

 しかしさっきまでまったく気づかなかった。サンドイッチを頬張るまで、視野狭窄になっていたのだろうか。食料を確保し、すこし余裕が出て来たところで、サクラにも周囲が見えて来たようだ。

「アウトドア?」

 表紙を眺めながら雑誌を手に取る。本格的なアウトドア趣味の雑誌ではなく、お洒落なカルチャー系雑誌で、今月の特集がアウトドアということらしい。

「アサガオはこういうの好きだったっけ??」

 両親が割とアウトドアが好きなことは知っている。だから夫婦でよく旅行へ出かけることも。妹も両親の趣味に興味を持ち始めたということなのか、それともたまたま友達に借りただけなのか。

 とりあえず中をパラパラ眺める。

「デイキャンプ?へえぇ。日帰りでキャンプするんだー」

 どうやら初心者でも簡単に出来るアウトドアの特集らしい。見晴らしの良い場所へ車で行ったり、自転車で行ったり。

 大自然の綺麗な写真がたくさん載っていて、サクラはいつの間にか雑誌に見入っていた。山、草原、湖、川、そして海。日本には綺麗な場所がたくさんあるんだなあ、と素直に感心した。しかし遠いところばかり。自分には難しいかなあ、とも。

「お弁当持参で自転車かあ。ピクニックもいいねえ」

 ページをめくるうちに、ある写真が目に留まった。お洒落なアウトドアファッションに身を包んだ女子たちが、自転車を草原に止めて、レジャーシートでお弁当を食べている。なんだか楽しそうだし、それ以上に、お洒落だ。お弁当の中身はサンドイッチ。なるほど、この雑誌の、このページを見て、アサガオはサンドイッチを作ったのだと思い至る。

「かわええ妹じゃのーう」

 なんだかアサガオがいつも以上に愛らしく思えた。こういうのに憧れているのか。

 アクティブなアサガオのこと、きっと近いうちに、友達を誘って本当にこの写真みたいに出かけてしまうんだろうな、とも思った。

 妹には友達がたくさんいて、いっつもどこかで遊んでいる。体育会系ではないが、ソフトテニス部に入って、ゆるーく活動してもいる。マメにスケジュール帳を付けていて、空欄が無い程びっしりと予定が入っているのを、よく目にしていた。それに比べて、自分は……。

 サクラには今日も明日も明後日も予定はない。もともと一日中家で過ごすつもりだった。そもそも、サクラは生まれてこの方、ずっとインドア派だった。放課後にはすぐ家に帰って漫画を読んだり、小説を読んだり、ネットをしたりして過ごしてきた。休日も同じだ。部活にも入ったことは無い。ずっと帰宅部だった。

 それでも、天性の明るさを持つサクラには、学校に行けば自然と話す友人はいる。しかし、部活に入っている友人とは、放課後や休日に会うことはまずない。帰宅部の友人はというと、みんなサクラと似たようなものだったから、帰宅部同士で連絡を取り合い、集まるようなことも無かった。

 そんな生活を続けている自分と比べて、正直、フットワークの軽いアサガオが羨ましいと思うことはあった。それに、雑誌のように、大自然の中で時を過ごすことに興味が無い訳ではない。だから。

「ちょっと、行ってみようかなーっ!」

 出来の良い妹と自分を比べて、ネガティブになるサクラではなかった。むしろ、今サクラの頭の中にあるのは、妹よりも先に、自転車ピクニックを実現させて、妹を驚かせてやろうという考えだった。

「よしっ!行こうっ!」

 とは言え、どこへ行こうか。雑誌で紹介されているような場所は、サクラの家からは遠くて行くことが出来ない。しかしそんなことで悩むサクラでは無かった。

「いいや、別に。近場で」

 家から二十分も自転車を走らせれば到着する、一級河川の土手へとりあえず行ってみることにした。どうせ一人だし、サクラにとっては、二十分のサイクリングでも大冒険だし、場所なんてどこでも良かったのだ。余裕があったら、土手沿いを自転車で走ってみればいいし、とりあえず行ってみよう。 

「そうと決まればっ!」

 まず立ち上がる。そしてまずは、お弁当を作ることにした。

 しかしそもそも、サクラには、自分のお弁当箱作るというスキルなんて無かった。だから、アサガオが作ってくれたサンドイッチ、残り二つを持っていくことにした。問題は、雑誌の写真みたいな、お洒落なお弁当箱なんて持っていないということだ。どうやって持っていこう。おもむろにキッチンを見回す。

 アルミホイルを発見した。

「いいや、これで」

 アルミホイルでサンドイッチを包んだ。ここで、お洒落な巾着袋か、小さなトートバックでもあれば、まだ様になるのだが、そんなものも持っていない。だから、スーパーのビニール袋にアルミホイルの塊となったサンドイッチを放り込んだ。

「出来たぁー!」

 美意識の欠片もないお弁当が完成した。

 次は着替えだ。

 当然ながら、雑誌のような、お洒落なアウトドアファッションなんて持っていない。そもそもサクラは、ファッションへの興味が希薄だった。かわいい洋服を着たい、という気持ちが無いわけではなかったが、別に、買い物に行って、自分で選ぶほどのこだわりがあったわけではない。いつも、妹かお母さんに選んでもらっていた。

 だって、学校以外にはほとんど外出することのなかったサクラにとって、外行なんて制服があれば十分だったし、外出用の私服なんかよりも、家用のスウェットの方が重要だったのだから。

 そんなわけでサクラは困った。何を着ていけばいいんだろうか。温かい格好をしていきたいけれど、動きやすい服ではないとダメだ。そもそも運動に向いてるような服なんて一着も持っていなかったような気がする。

「まあいいや。これでっ!」

 悩むことに時間を使うことが苦手なサクラは、自室のクローゼットから、それらしい洋服を引っ張り出した。学校のジャージ。

 スウェットを脱いでジャージに着替える。しかしこれでは、あまり着替えた意味がないような気がするが、彼女は気にしない。

「これだとちょっと寒いよねえー?」

 確かに、ジャージだけだと寒いだろう。自転車に乗れば少しは温まるだろうとは言え、今は一月、真冬だ。ちょっとだけ考えた末、妹のウインドブレーカーを借りることにした。中学の部活のやつ。明後日まで使わないだろうから問題ないだろう。

 アサガオは、部活グッズはなぜか玄関に置きっぱなしにしているから探す必要も無い。サクラとアサガオは身長がほとんど同じなのでサイズも問題ない。玄関へ行って、着てみた。

「うん!これなら暖かいし、動きやすいねっ!」

 というか、運動する以外に用途の無い服だ。

 美意識の欠片もないアウトドアファッションが完成した。完全に部活の中学生だ。

 あとは妹にラインを送る。

「ウインドブレーカー貸して!ハートの絵文字。あと、自転車使うね!手のひらの絵文字」

 するとまたもやほとんど間を置かずに返信が来た。

「OKの絵文字。気を付けてね!ハートの絵文字」

 自転車はサクラとアサガオの共有だ。姉妹とも通学で自転車を使わないのだが、一台も自転車が無いのも困るだろう、ということで、お父さんが買ってくれた。六段変速機付きの、シティサイクルだ。タイヤが細めで、割と本格派だが、小さいながらも前かごが付いていて、日用使いに適した実用性も備えている。

 まあ、はっきり言って、完全にお父さんの趣味で買いたかっただけなのだろうが、結構見た目もお洒落なので、アサガオもまんざらではなかった。ちなみにサクラは一度も乗ったことが無い。というか、サクラが自転車に乗るのは小学生ぶりくらいだろう。

 とりあえず、出かける準備は整った。適当なスニーカーを選び玄関に腰かけて、履く。白地にピンクのロゴが入った、アディダスのやつ。靴は何でもいいだろう。歩くわけではないし。

 足元まで完全装備したサクラは立ち上がった。なんでもないお出かけ、アウトドアなんてとんでもない、単なるお散歩だけれど、それでも自分から思い立って行動するのは、初めてのことだった。


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