第4話 剣の真価
間に合った⋯⋯
「朝ですよ~!」
ルプスの声で目が覚める。そういえば、ギルドに泊めてもらっていたんだっけか。俺は「おはよう」と返して起き上がる。
「そこにあるパンが朝ごはんだから。食べちゃって!」
部屋の中央にある丸机にパンが二つほど置かれている。結局昨日は晩飯まで奢ってもらっている。朝ごはんまで頂いてしまって申し訳なく思う。
「ありがとう。いただきます」
この恩は依頼の時に返そうと思う。
彼らの引き受けている盗賊討伐の依頼は、最近、オービス周辺で頻発している商人への襲撃事件の原因と思わしき、盗賊の討伐との事であった。
となると、商人の護衛をしつつ盗賊の出没を待つ、という形になるだろう。ある程度、時間のかかる依頼になるかもしれない。
どっかで日雇いの仕事を見つけて、飯くらいは自分で確保する必要がありそうだ。
(なぁ坊主。おめぇの得物っつーのは、何だったんだ?)
昨日急に現れたコイツが話しかけてくる。
(なんだよ急に、ロングソードだけど問題があるのか?)
(あるぜ。戦い方を多少変える必要がある。おめぇが選んだこの剣は、見ての通り普通じゃねぇ)
なんか事実が改変されているぞ⋯⋯。
(待て、お前が選ばせたんだろ!)
(選んだのはお前だろ? 俺は選ぶように勧めただけだぜ。んで、この剣は普通じゃねぇから扱い方も普通じゃねぇ。俺が教えてやっから、暇がありゃ練習しな)
ふざけたこと言いやがる。だが、教えを受けられるのは助かる。
(ふーん、わかったよ)
(なんだ、聞き分けがいいじゃねぇか。嫌がるかと思ったぜ)
(この剣が変わってるのは分かっているからな。使い手に教わっておく方がいい事くらい分かるさ)
(よく言った!俺が坊主を立派な鈍器使いにしてやるよ!)
(鈍器!?)
聞き捨てならない事を言われた気がするが、ルプス達に呼ばれたので泣く泣くスルーする。
「マルク~。そろそろ護衛させて頂く商人の方が来るから降りてきて~」
俺はウルスが持ってきてくれた古着に袖を通す。鈍の剣を背負い、ギルドホールへと降りていった。
「今回はよろしくお願いします~。カメルといいます~」
カメルと名乗る男が細い目をより細めながら、ペコペコとお辞儀をする。この男が護衛する商人か。
「俺達が護衛をさせて頂くビジランテのメンバーだ。俺はウルスという、よろしく頼む」
「私はルプス!」
「マルクだ」
彼らに続いて礼をする。カメルはニコニコ笑いながら、「では早速」と歩き始める。
「既に壁門の傍に荷を止めてあるので、直ぐにでも出発しましょう~」
俺達は全員でカメルの後に続く。
門に辿り着くと、そこには一台の馬車が止められていた。
「この荷台に乗っていてください~。盗賊が出たらよろしくお願いしますね~。私としては、出ないでくれると嬉しいのですがね~」
彼はヘラりと笑いながら運転手に合図を送る。そして馬車は動き出し、俺達はオービスを発った。
(盗賊狩りかぁ。懐かしいな。俺もよく盗賊を潰したもんだぜ)
ガタガタ揺れる馬車内で、カネンが昔を懐かしんでいた。
(というか、お前って何者なんだ? そもそも人間なのか? 剣の妖精的な存在?)
今更な疑問が浮かぶ。
(俺か?俺は人間だったぜ。生前は戦争傭兵をしながら大陸を転々としていた。今がいつで、俺がどんくらい昔の人間なのかはよく分かんねぇけどな)
(戦争傭兵ねぇ)
かつて、この世界のそこら中で戦争が頻発していたと聞く。こいつもその頃の人間なのだろうか。だいぶキマってる話だが。
(おうよ。「猛犬」のカネンって呼ばれててよ。それなりに名の知れた戦士だったんだぜ?)
(野蛮そうな二つ名だなぁ⋯⋯)
だいぶ凶暴なやつなんだろうなぁ、と想像がつく。
(それだけ強かったってことだ!)
カネンは得意げな声色で言う。
(つーかお前、どうやって現れたんだ?剣に怨念込めてたとか?)
呪いの剣疑惑をぶつけてみる。
(ん?おめぇ気づいてねぇのか? 俺を生み出したのはおめぇ自身だぜ?)
衝撃の事実を告げられる。コイツは俺の心が生み出した幻聴だったのか⋯⋯。
(勘違いすんなよ? おめぇの「力」が俺を生み出したんだよ。なんの力か知らねぇけど、おもしれぇ力を持ってるよなお前)
力? 俺の?
そして、頭に女神の言葉が浮かぶ。もしかしたら、彼女が言った「力」というのはこの事か⋯⋯。
(俺の指導を受けられるなんて、おめぇはラッキーだよホント)
コイツはそう言うが、未だに指導は受けてないので何とも言えない。
しかし直後、コイツの凄さを身を持って知ることになる。
「盗賊出ないですねぇ」
辺りを警戒していたルプスが唸った。
「出ない方が嬉しいですよぉ~」
護衛されているカメルは笑いながら言う。
護衛する道も折り返し地点に到達し、馬車内は若干ではあるが緊張が薄れていた。
「カメルさんの安全が第一だからな。出ねぇなら出ねぇでそれでいいさ」
ウルスは手持ちのグラディウスを弄りながら呟いた。
しかし、その数十分後である。
(坊主、気配がするぞ。こりゃ十人はいるな)
カネンが真面目な声色で言った。
(十人もか? 全く見えないぞ?)
カネンに言われ、荷台に隠れながら辺りを見渡すが敵影は全く見えない。
(盗賊ってのは奇襲のプロだ。そりゃ見えるわけねぇだろ!)
カネンが声を荒くする。
(分かったよ。あとどんくらいで出てきそうなんだ?)
(あと数分といったところだな。恐らく、他にも仲間がいるんだろう。後ろから追い立てて、挟み撃ちにするつもりだろうな)
カネンはそこまで読んでいる。もしかしたら、只者では無いのかもしれない。
(教えてくれてありがとう。皆にも伝えるよ)
俺は剣を手に取り、立ち上がる。
「つけられている。人数は恐らく十人位だ」
突然の報告に全員が驚く。
「おいおいマルク。なんで分かるんだよ? しかも、人数まで」
ウルスは訝しげな顔をする。
「気配を感じるみたいだ。ヤツらが姿を見せた瞬間に迎え撃とう」
「みたい?」
ルプスは首を傾げる。うっかりしていた。
「いや、言い間違えた。つけてきている気配を感じるんだ」
全員は半信半疑といった感じで警戒を強める。
「カメルさんは身を隠してな」
ウルスはそう言って、カメルを隠れさせる。
「様子から見て、あと数分で襲撃してくるだろう。その時はその場で停車して戦おう」
俺の提案にまたも二人は戸惑う。
「こっちにはルプスがいる。弓で逃げながら戦うべきじゃないのか」
「そうだよ。安全かつ確実に人数を減らした方がいいよ」
二人の言うことも当然だ。停車するということはカメルさんの身の危険も高まる。
「いや、多分前方にも待ち伏せがいる。合流される前に後方の部隊を殲滅したい」
二人は三度目の驚きの様子だ。
「なぜ、そう思うんだ?」
「俺らが緊張を解きつつあるのはヤツらも分かっていただろう。それでもその時に襲わなかったのは、多分だけど計画があるからだと思う。襲うタイミングを打ち合わせているんだろう」
「気配を察知したお前が言うんだ。信じてみようじゃねえか」
ウルスは武器を担ぎあげて頷く。
「私もマルクを信じるよ」
ルプスも弓を番えて目配せをする。
「ありがとう皆。そろそろ、ヤツらも姿を見せると思う。その瞬間に馬車を停めて迎え撃つぞ」
そして、運転手に合図を送る準備をする。
数十秒経過し、カネンが予想していた通り、十人の盗賊が姿を現した。
「今だ!」
馬車を急停止させる。そして、その勢いのまま馬車を飛び降りる。
「俺が突っ込む!ウルスは馬車を守りながら援護してくれ!ルプスは弓で撹乱を頼む!!」
武器を構え、敵陣の中央に突っ込む。
(ようし!実戦指導といこうか!)
カネンが活き活きと叫んだ。
「な!?」
意表を突かれた盗賊達は統率を乱している。
(この剣は切ったり、貫くために用いるんじゃねぇ! 殴るために使うんだ!!)
カネンがヒートアップしていく。
(刃こぼれの心配もねぇ! 敵の身体目掛けて思いっきり振り抜け!)
(わかった!!)
言われた通り、思いっきり振り抜く。いつもならば刃こぼれをしないように打ち合いは避ける。しかし、この武器にはそもそも刃がない。ならば、刃こぼれのしようがないのだ。
「くそっ!」
盗賊の一人は突然の攻撃にも何とか反応し、構えていた剣で防ごうとする。
だが、全力で振りぬかれた剣に盗賊が構えていた剣はへし折られる。
「なんだとぉ!?」
そして俺の剣は盗賊の身体を捉え、鈍い音とともに数メートルほどその身体を吹き飛ばす。
(やるじゃねぇか!この剣、最高だろ?)
カネンは嬉々として笑う。
(剣と呼ぶのは癪だけど、中々にいいな!)
むしろ、いつも使っていたロングソードより扱いやすい気がする。
「やるな⋯⋯」
後方でウルスが唸る。
「マルク、後ろ!」
後ろから迫る盗賊の一人の足ににルプスの矢が命中する。
その盗賊は勢いのまま倒れ込んだ。
「助かる!」
(よし、坊主!今度は思いっきり踏ん張れ!)
俺は言われた通りに地面を足で捉え、踏ん張る。
(そしたら、武器を突きの構えにしろ!でもって、敵目がけて飛びかかれ!)
向かってくる盗賊の一人に狙いを定める。そして、踏ん張っていた足を踏み抜いて突進する。
リーチの長いこの剣は、敵の剣よりも速く敵の身体に到達する。
勢いの着いたこの突きは、敵の体は貫かず、力をそのまま伝える。そして再び鈍い音がし、敵は吐血し倒れ込んだ。
(いい突きだ!)
馬車の周りでは、ウルスが盗賊二人を斬り伏せている。
(坊主!跳べ!)
カネンの言葉に反射的に反応する。空中で足元を見れば、敵の放った矢が刺さっている。
(丁度いい!その勢いで叩きつけてやれ!)
俺は迫っていた敵の肩に剣を振り下ろす。
敵は剣を防ごうとするが、その得物も弾き飛ばし、敵の肩に命中。俺の一撃はその肩を粉砕した。
「ぐぁぁぁぁ!?」
あまりの激痛に盗賊は転がり回る。
(終わったな⋯⋯)
カネンの言葉に振り返ると、ルプスが短刀で盗賊を無力化し、ウルスがさらにもう一人を倒していた。
「ひぃ!」
逃げようとする残りの二人。しかし、
「逃がさないよ!」
ルプスの放った矢が一人の足を貫く。そして倒れ込む盗賊。
(坊主。トドメだ)
カネンに言われるまでもなく、俺の体は敵を追っていた。
「喰らえっ!」
敵の横腹に重い一撃を叩き込む。ノーガードで喰らった盗賊は為す術もなく吹き飛び、転がる。
こうして、俺達は盗賊の襲撃をほとんど無傷で防ぎきったのであった。
「予想的中だ。やるなマルク」
感心したようにウルスが頷く。
「役に立てて良かったよ」
軽く会話を交わしながら、盗賊達を縛り上げていく。怪我をしているがお構い無しだ。
「こんなものかな!」
ルプスが何重にも縄も結びつけ、可哀想なくらいにガチガチに固める。そして、ウルスと俺で引きづって、荷台へと詰め込んだ。
「皆さんお強いんですねぇ~」
隠れていたカメルが手を叩く。
「こいつらは目的地の街でお縄になってもらいましょう~」
カメルはのほほんと笑う。
「油断はまだ禁物だ。待ち伏せを警戒して進もう」
カネンが言っていた通りなら、この先に待ち伏せが潜んでいるだろう。
「挟撃しようとしているヤツらに不意打ちを仕掛けるっつーことだな」
ウルスは武器を担ぎ、闘志を燃やす。
「一日で盗賊討伐を完遂しちゃうかもね!」
ルプスは嬉しそうにガッツポーズをとる。
俺達はこの先に待ち受けているであろう盗賊を全員捕らえるべく、馬車に乗り込んだ。
(坊主。恐らく、先にいる部隊にはリーダー格がいるだろう。おめぇがそいつを出だしで討ち取りな!)
カネンは面白そうに笑う。
(わかった。あんたに出会えて?良かったよ)
今の俺の本当の気持ちだ。
(あたりめぇだ!なんたって「猛犬」のカネン様だぞ?)
自信満々に名乗るカネン。
(あぁ。よろしく頼むよ、カネン)
俺は鈍の剣に触れ。静かに微笑んだ。
《鈍の剣》
かつて「猛犬」カネンが好んで使っていた剣。刃が存在せず、本人が言う通り鈍器である。持ち手に何らかの金属の棒がくっついている様な見た目で。剣と呼んでいいのかは定かではない。