第3話 鈍の剣と目覚める力
今日は間に合った!
よろしくお願いします!
「どうしたんでぇ!ひでぇ格好じゃねぇか!」
突然、大男に話しかけられた。その大きさに比例した大きな声で、俺のボロボロの格好を指摘してくる。
「賊にやられちまってよ。この有様なんだ」
適当にいなそうとするが、
「そりゃ大変だなぁ!金は⋯⋯持って無さそうだなぁ」
この男、中々にしつこい。
「持ってねぇよ。だからこれから廃棄品を貰いに行くんだ」
男に背を向けて、歩き始める。が、再び肩を掴まれてしまい、前に進めない。
この男、凄い怪力だぞ⋯⋯。
「なんか用でもあるんすか?」
キッと睨むが、男は気にもせず笑う。
「そう睨むなよ。俺ァ、兄ちゃんに依頼がしたくてねぇ。しっかり報酬も出すぜ?」
突然依頼を頼んでくる怪しさよ。断るが吉だろう。
「いや、遠慮するよ。腹が減ってて、依頼どころじゃないしな」
「待て待て、別に怪しい依頼じゃねぇ!」
「怪しいヤツはみんなそう言うんだよ」
そう言うと、男は困ったように頭を搔く。
「少しだけ、待ってくれねぇか?」
男はでかい図体で、ダイナミックに頭を下げる。ここまでされると断りにくい。面倒なヤツに絡まれた⋯⋯。
「少しだけだぞ?」
途端に男は顔を上げ、嬉しそうに笑う。
「助かるぜ! あ、そういや、俺はウルス=マスルールってんだ。よろしくな!」
サムズアップして名を名乗る男。
「今更かよ!どう考えても依頼の前に名を名乗るべきだろ!」
つい叫んだはいいが、俺も大して気にしていなかった。
「すまんすまん。そいで、兄ちゃんはなんて名だい?」
「マルク。マルク=アインだ」
「そうか。いい名前だな! マルク、あと少ししたら俺の仲間が来る。俺は説明とか得意じゃねぇから、そいつから依頼について聞いてくれや」
ウルスは、腕を組んでニカッと白い歯を見せた。
「ウルス。でいいか?」
「おうとも」
「もし戦闘関係の依頼なら役に立てるか分からんぞ?」
そう。今の俺には得物がない、それを買う金もない。故にまともに戦うことが出来ないのだ。
「んー。その辺も俺の仲間に聞いてくれ」
ウルスは俺の言葉を聞き流しながら、仲間と思わしき人物に合図を送っている。
合図を受けた人物は、ニコニコ笑いながら、こちらに駆けてきた。
「どうも黒髪のお兄さん! 私、ルプス=セレッリという者です! よろしく!」
茶髪のポニーテールを揺らしながら、敬礼をする少女。ウルスと並ぶとまるで親子だ。
「俺はマルク。よろしくな」
俺が名乗ると少女は手を伸ばし、握手を求めてきた。その手を握ると、物凄い勢いで上下に振られる。
「話を聞いて下さり。ありがとうございます!」
彼女の赤い瞳がキラキラと輝く。
「あー。引き受けるかどうかは、なんとも言えないぞ? まずは、話を聞くだけ⋯⋯」
「どこで説明しましょうか! あ!あそこのお店にしましょう!」
言い切る前に、腕を引っ張られる。
いつの間にか俺は、食堂のテーブルに着いていた。
「エーデのジュースを2つとビールを1つ!あと、パンとソーセージを2セットください!」
ルプスはパッとメニューを見て注文する。
「マルクさんも、エーデのジュースにしちゃいましたが、大丈夫でした?」
どうやら、俺の分まで注文したらしい。やめてくれ、依頼が受けられない内容だったら申し訳なくなる。
「いいのか?」
「なんのことです?」
「俺が依頼を受けるとは限らないじゃないか」
すると、ルプスは「大丈夫ですよ~」と笑う。
「話を聞いてくれるだけでも、ありがたいんですから!」
「そうだぞ。遠慮はしないでいいからな」
ウルスも俺の肩を叩いて笑った。
「ありがとう。優しいんだな」
オービスの人間は荒っぽいイメージが強い。実際、傭兵が多いこの街では喧嘩がよく起こる。こういった人達は珍しいタイプと言える。
「いえいえ」
ルプスは照れたように頭を搔いた。
「じゃあ食事もまだ来そうにないし、依頼の話をしてくれよルプス」
ウルスはルプスに説明をするよう促す。それに頷いたルプスは、斜めがけしていた皮のバッグから羊皮紙を取り出した。
「これが依頼の用紙です。私たち傭兵をやっていまして、依頼を引き受けたはいいんですが、突然仲間が別ギルドに移動してしまいまして」
ウルスはともかく、この少女が傭兵だというのは意外だ。
「それである程度、戦いの心得がありそうな人を探していたんです」
俺はルプスの話を聞きながら、彼女の取り出した依頼用紙を手に取った。
その内容は盗賊の討伐、紛うことなき戦闘関係の依頼であった。
「ルプス。申し訳ないけれど、この依頼は引き受けられない」
飯を奢って貰って申し訳ないが、今の俺には武器が無いのだ。役に立てるとは思えない。
「何か理由があるんですか? 見たところ、マルクさんは兵士並みの実力はありそうですけど⋯⋯」
「武器を失ってしまってな。役に立てそうに無いんだ」
本当に申し訳ないが。
しかし、ルプスは「それなら」と手を叩いた。
「武器ならありますよ! 例のギルドを出ていった仲間が、新調するからと武器を置いていったんです!」
「ちなみにそれは何だ?」
「剣です! 何本か置いていったので、丁度いい長さのを選んでくださって構いませんよ!」
剣を得物としてる人間は多いが、残していった武器が剣なのは、幸運であった。
「凄い偶然だ。得物も同じだよ。これなら、引き受けられると思う」
俺がそう言うと、ルプスは「本当ですか?」と言いながら、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。
「注文の品です」
話が纏まった頃に、食事か届いた。
ソーセージはやはりパンと相性がよく、空腹だった俺の腹を満たすまでには至らなかったが、とても満足感を得られた。何より、焼きたてのパンはとても良い香りで、とても美味しかった。エーデのジュースは爽やかで、乾いていた喉が潤っていくのを感じた。
廃棄品を食べようとしていた俺にとって、彼らに会えたのは、思ってもない幸運だったようだ。
食事を終えて、街中を進む。ひとまずは武器を借りるため、彼らのギルドに案内されることとなった。
「私たちのギルドは、数組のチームで形成されているんです! それなりに実績もあるんですよ!」
先導して歩くルプスがクルクル回りながら、嬉しそうに教えてくれる。
「チーム同士の仲も良好ですし!」
ルプスの機嫌はとてもいいようだ。鼻歌まで歌っている。
「悪ぃなマルク。ルプスはギルド自慢が好きなんだよ」
ウルスは、困ったような顔で笑った。こんな様子を見ていると、本当に仲がいいんだな、と思う。微笑ましい光景につい頬が緩んだ。
そんな感じに話を聞いていると、
「着いたよ! ここが私たちの所属している傭兵ギルド《ビジランテ》です!」
ルプスがジャジャーンと、手をヒラヒラさせている。
「へぇ。立派な建物じゃないか!」
実績がある、と言っていただけある。「ビジランテ」と書かれた立派な看板があり、中には多くの人で賑わっている。依頼も多く届くのだろう。
「私たちの部屋は二階にあるから、裏口から入るよ!」
彼女の後に続いて歩く。建物裏の木のドアから、中へと入っていった。
「ここが私たちの部屋でーす!」
可愛らしい手描きの小さい看板に「ルプスたちの部屋」と描かれている。ウルスは「俺は「たち」で済まされているんだ」と、呟く。
そんなことより、お前ら二人は同じ部屋なのか⋯⋯。本当に親子みたいだな。
「確かここら辺に置いておいたはずだ」
ウルスは軽々と箱を持つと、俺の目の前に置く。
箱を開けると、その中では四本の剣が布に包まれていた。どれも手入れがされていて良い剣だ。
しかし、その中で一際異質な剣を見つける。
「これは?」
二人に問うと、彼らも首を傾げた。
「さあな。前の仲間もその剣を使っているとこを見たことがねぇな。というか、切れるのか?それ」
二人が首を傾げるのも納得だ。この剣は剣と言うよりかは「棒」だ。刃がそもそも見当たらない。気になるので手に取って、調べてみる。
その瞬間である。
激しい閃光が目の前で弾けた。頭の中に何かが流れ込んでくる感覚がある。そして、
(よう若造!面白ぇ力を持ってんじゃねえか)
誰かに話しかけられる。辺りを見渡すが、不思議そうな顔をする二人しか見つからない。
「どうしたよマルク」
「急にどうしたの?」
二人には、今の声が聞こえなかったのだろうか? もしくは俺の幻聴か?
(おい、返事をしろ坊主。聞こえてんだろ?)
やはり聞こえる。
「二人には聞こえないのか?」
二人に問うが、「何を言っているのかわからない」という顔をされる。
(聞こえるはずねぇさ。俺はおめぇさんの魂と会話してんだからよ)
「誰だ!」
(急に大声だすなよ。それに声に出さずとも、心の中で念じれば伝わるぜ)
なんだこれは。何が起きている。
(こうか? お前は誰だ!)
(おう。聞こえてるぜ。俺はカネン。おめぇが今握ってる武器の使い手さ)
(この鈍のか?)
(うるせぇ!そういう武器なんだよ!イカすだろ?)
(⋯⋯)
(てめぇ!馬鹿にしやがって!決めたぞ、おめぇ絶対その武器選べよ!他を選んだら、永遠とおめぇの魂に暴言吐き続けてやる!)
(は?ふざけんなよ!)
と、ふと我に返る。俺以外の二人には声が聞こえていない。二人は心配そうにこちらを見つめていた。
(お前のせいで、やばい人だと思われたじゃねえか!)
(ギャハハハハ!ざまぁねぇぜ!おら。早くその武器にするって言えよ!もっと騒ぐぞ!)
(ちくしょう!覚えてろよ!?)
「俺はこの剣にするよ」
泣く泣く鈍の剣を選ぶ。
「マルクくん⋯⋯」
「もしかして呪われた装備だったか?」
二人は可哀想なものを見る目をしている。そして、ウルスはほぼ正解。
「この剣にしろと言われた気がするんだ⋯⋯」
俺はきっと哀しい目をしているだろう。
「安心してくれ。この剣でもしっかり戦ってみせるさ」
二人は「まぁ、あんたがそう言うなら」といった雰囲気だ。
「じゃあ、明日から行動開始といこうか。マルク君も疲れてるみたいだし。今日はゆっくり休もう」
「そうだな」
気を遣わせてしまったみたいだ。
「お言葉に甘えさてさせてもらうよ」
俺は宿を探すため、ギルドを出ようとする。
「どこ行くのさ? 泊まって行きなよ!」
しかし、ルプスに止められる。「そこまでしてもらうのは⋯⋯」と断ったが、ウルスに「遠慮するな」と肩を掴まれ、ここに泊まることが決まった。
「また明日頑張ろうね!」
ルプスが嬉しそうにガッツポーズする。ギルドのホールに降りていく彼女を見送り、俺は大きく深呼吸した。
一日で思わぬ方向に話が進んだ。しかし、親切な人達に出会えたのはラッキーだった。
盗賊討伐でしっかり恩返ししないとな。
(坊主。可愛らしい嬢ちゃんだな!)
あとこいつも何とかしなければ⋯⋯。
《エーデの実》
赤い果皮に包まれた果実。
果肉は薄黄色で酸味がある。水分が多くジューシー。よくジュースにして飲まれている。
《ギルド》
各街に存在する技能者の集まり。
傭兵、工房、商会など多くの種類がある。
依頼の仕方は異なるが、大抵は受付を通した掲示板形式である。