おっさん呪文を貰う
『光太郎……光太郎よ……私の声が届いているか……』
声が聞こえる。誰かが俺を呼んでいる。
聞き覚えのない低く、力強い声が聞こえる。
勘弁してくれ。疲れを取るために寝ていたところなんだ。あの女に「お前の寝床はそこだ」と物置に叩き込まれ、ついさっきまで寝床を作ってたのだ。
前職業の経験がこんなところで生きることになるとは思いもしなかったな。
ようやく寝れると横になったところに、今度は声だ。嫌がらせか?このまま寝入ってやろうと固く目を瞑る。
『この場所は、光太郎、お前の精神の中だ……』
なんという既視感。わざわざ夢だと教えてくれた。この世界に来てから変な夢しか見ないよ……じいちゃん……
寝続けているのは無駄だろうと思い、体を起こす。
真っ白い空間があった。そしてそこには……
「今度はなん……うわぁぁ!?」
奇妙な物体があった。一言で言うなら、ドット絵だろうか?ゲームで出てくるようなドット絵のキャラクターがそこにいた。よく見ると鎧、兜、盾、剣を持ったRPGのキャラクターのような造形だ。
『ようやく光太郎と接触できた』
ゲームからそのままの形で現実に飛出てきたような造形の物体が話しかけてくる。
『光太郎よ、私はお前に与えられた補助呪文が意思を伝えるために形を取ったものだ』
こっちの理解が及ぶより早く話が進む。って、補助呪文の意思?ということは目の前のドット絵は補助呪文の擬人化ということか!?
意味がわからんぞ……
『混乱しているのは分かる。私の形は光太郎の中にあるイメージが、1番理解できる形を取ったモノ、そして光太郎に補助呪文を与える者だ』
ドット絵というキャラクターで出てきたのは、きっと補助呪文をもらう時、イメージとして寝る前にやっていたゲームを想像したからだ。落ち着いて見てみれば目の前のドット絵はゲーム中では全ての呪文を使えるキャラクターだった。
それにしても異世界転移して早々、補助呪文が使えなかったからな。補助呪文は貰えなかったものかと思っていたわ。
「じゃあ、なんで使いたい時に補助呪文は出てこなかったんだ!」
文句のひとつも言っておきたい。転移当初の魔物は本当に生命の危機だったのだから。
『簡単な話だ。光太郎の魔力がすっからかんになっていたからだ』
「え?」
「光太郎に能力を与えた神が言ってただろう?転移に光太郎の魔力を使わせてもらうと」
そういえばそんなこと言ってたような気がする。
『魔術を顕現するには魔力(燃料)が必要だ。いくら火種があっても燃えるものがなければ火が燃え続けることは出来ない。魔術とはそういうものだ』
なるほど、何も無いところから何かを創る、魔術を使うには魔力という材料が必要ということか。あの時は残料0だから補助呪文は発動しなかったということか。
ということはなにか?最初のピンチは神の所為じゃねぇか!あの光球めぇぇ!!
『神としてはこちらの世界に戻ってくることが出来れば、光太郎のことなどどうでもよかったのだろう。なにしろ封印した者の孫だからな』
そういや、祖父は神を封印したと言っていたな。だからといって俺に復讐しないでくれ。おかげで死ぬところだったじゃないか。
『光太郎が寝たことで魔力が少し回復し、こうして接触でき、補助呪文を与えることができるようになった』
寝ることで魔力は回復するのか。体力と違ってどれくらい魔力が有るのか体感だとわかりにくいな。
「じゃあ、起きたら補助呪文も使えるようになるのか!」
これで異世界生活を切り抜けられると思うと、久しぶりに心踊ってきた。使いこなせば異世界生活が相当楽になるはずだ。
『そう上手くもいかんらしい、今の光太郎では与えられた全ての呪文を使うには能力が足らない』
「は?」
レベルを上げろということか?頭の中でファンファーレ鳴るの?
『呪文の経験を積め、さすれば全ての力を与えられるだろう』
ドット絵のキャラクターから盾、兜、片脚が消えていく。同時に自分の中に3つの呪文が湧き上がるのがわかった。
「おお、これが呪文……!」
不思議な感覚だった。例えるなら自転車の乗り方を忘れていたのを思い出したとか、泳ぎ方を思い出したみたいな元々持っていたことを、急に思い出したような感覚だった。
ドット絵は笑ったような雰囲気を出し、少しずつ姿がぼやけていく。
『今回はここまでのようだ。目覚めの時間が迫って来た。光太郎よ精進せよ。再び呪文を与えるとき、またこの場で会おう』
「お……ろ…」
急に別の声が聞こえてくる。その声が大きくなると、比例するようにドット絵の声が遠くなっていく……
『魔力の残量に気を……』
何かを言いかけているが、最後の方は聞こえなかった。
「起きんかぁ!!!いつまで寝てるつもりだァァ!!」
怒声によって俺は強制的に目を覚ます羽目になった。
「うわぁぁぁ!!」
飛び起きる。目の前にはしゃがみんで俺をニコニコと見つめているシャロンと、俺がくるまっていた毛布を握りしめ、髪の色と同じ真っ赤な顔で睨んでいるアイリスがいた。
「貴様は奴隷の分際でお嬢様より寝るとはなにごとだぁぁぁぁ!」
「やっぱり異世界が現実かぁ……」
昨日の体験全部が夢と期待していた部分もあったが、やはり異世界が現実のようだ。
「何を訳のわからんことを言っている!さっさと着替えろ!!」
その後、アイリスからボロになったジャージの代わりの簡素なシャツと下着、ズボン、革で出てきている半長靴をもらった。肌触りが結構ゴワゴワしてるが、我慢出来ないほどでもない。そのうち慣れるだろう。
「お嬢様のご好意だ。奴隷とはいえ、ボロなど着せたらお嬢様を名誉に関わる。有難く思え!」
と、アイリスは一言忘れなかった。たしかに身分のある者が奴隷と言えどもボロを着せるわけにはいかないのもわかるが、ここまで用意してくれるのは正直有難かった。
その後奥の部屋に案内された。これからの事を話す為だろう。
中に入ると室内は日当たりが良く、落ち着いた色の絨毯が敷かれ、調度品がバランスよく配置さていた。テーブルの上には1輪の花が添えられており、心が落ち着くように配慮してあると思えた。
あまりの調和にあの粗暴女のアイリスが準備したとは思えない。きっと他の侍女だろう。
「いい雰囲気の部屋だな。心が落ち着くようだ」
思わず声に出てしまった。
テーブルについていたシャロンが嬉しそうに
「アイリスが見立ててくれたんですよ。私の好みのことよく知っているです」
思わずアイリスをガン見してしまった。
「いえ、お嬢様を見つめていると自然と部屋のイメージが湧きます。お嬢様の好みに合うのは当然のことですよ」
フフンと勝ち誇った顔で返してきた。でもその顔は淑女がしていい表情じゃないぞ。
無視してシャロンに向き合うことにする。所有者には自分のことを知ってもらわないといけないだろう。
こちらの世界に来てからのことを伝える。まぁ、元の世界の事はぼかして、故郷から攫われ、そこから逃げて、保護されたということにしたが。本当の事を伝えても信じてもらえないだろう。というか、頭のおかしい奴としか思われないかもしれない。
「そうだったのですか、大変だったのですね」
どうやら信じてくれたらしい。この子はやっぱりいい子だ。
「次は私たちの置かれている状態を知って欲しいです」
どんな話が来るか身構える。
「待ってください、お嬢様。この奴隷がどこまで本当の事を言っているのか信用できかねます」
「用心に越したことはありません。この奴隷がお嬢様の素性を事前に調べ、接触してきたとも考えられます」
横からアイリスが口を挟んでくる。
まぁ、主人に身元不明の男が近づくのだ。気持ちはわからんでもない。
「シャロンはおじさまが危険とは思えないですが……」
「お嬢様の優しさや懐の深さは美徳ですが、それとこれとは話が別、事は慎重に動くべきです」
奴隷の契約してるのだから、基本逆らうことはないと思う。俺はこの世界での身分をシャロンによって保証されている状態なのだ。
「ですから、この奴隷は直ぐにギルドに返品しましょう!」
本音が出たな。この侍女は理由を付けて、主人から俺を離したいらしい。
「アイリス待ちなさい。おじさまは返品しません。まだおじさまからはあのお菓子のことも聞いてませんです」
炭酸の飴のために俺を買ったようなものだからね。でも、申し訳ないのだが…
「あのお菓子の作り方はわからないんだ……ゴメン」
正直に伝える。小さい子を失望させてしまうのは心にくるわ……
「そんな……ではどこで購入したか教えて下さい」
日本ですとは言えないよなぁ、なんとか誤魔化すか。
「ゴメンな。お菓子を手に入れた商人にはもう会えないんだ……」
シャロンはガックリとしている。見てて切なくなるくらいガッカリしてる。
「では、お嬢様はこんな役に立たない奴隷の為に金貨8枚も払ったのか……奴隷10人分以上所有できるじゃないか……」
はい、その通りなんです……でも10人以上養うとなると食費とか大変だよ。
「お嬢様ぁー、返品しましょう。少しでもお金を返してもらわないと……」
「アイリス、奴隷を返品しても銀貨50枚です。それに貴族として一度所有した奴隷を意味もなく返品できませんです」
「では解放するというのはどうでしょう。奴隷に払ったお金はもったいないですが、このアイリス、お嬢様のためにいくらでも稼いでみせます」
2人は俺の処遇についてあれこれ言い合っているが、意見が合わないようだ。
そこで、俺から提案することにする。
「2人の言いたいことはわかった。でも俺も助けてもらった恩を返さないうちから、解放されるのも本意ではない。時間をもらえれば俺にかかったお金を稼いでみせる。それで俺を開放するなら問題ないだろう?」
シャロンは手を口に当てて考え込んでいる。無謀だとおもっているのだろうか。10歳くらいの子とは思えないほど大人びた雰囲気をしていた。
「わかりましたです。ギルドで依頼を受けることができるように話を通しておくです。おじさまが信頼に足りる人物か確かめることにするです」
シャロンがアイリスもそれで構わないか確認すると
「逃げようなどと思うなよ!首の紋様で奴隷の場所はお嬢様が把握できるのだからな!もし怪しい行動をしてみろ、この私が奴隷を潰すからな」
アイリスからとんでもない殺気を感じた。殺気って足が震えてくるんだ、知らなかったよ。逃げたら本当に殺されてしまいそうだ……
「奴隷にも人権があると聞いていましたが……」
恐怖に丁寧語になる。もしもの時は冒険者ギルドに報告してやると思っていると。
「死人に口はないだろう?」
おっかねぇぇぇぇぇ!!コイツ脅しじゃなく、本気で殺る気だ。
だからってここまで言われた以上、こっちも引き下がるわけにはいかなくなった。見てろよ、吠え面かかせてやるからな!
「分割でも一括でも構わないので用意できたら屋敷に持ってきてです。訳あってシャロンの侍従はアイリスだけなので、もし屋敷にいなかったら、待っていてほしいです」
シャロンたちも何かやることがあるみたいだ。貴族の息女が侍従1人だけ連れて領地から都市シャンバにいる時点で何かあるのだろう。理由を聞くには俺の信頼が足りない。
まずは金を稼ぐことが当面の目標だ。ギルドに話は通してもらえるみたいだから、そこで仕事を探してみよう。
それと使えるようになった呪文の確認だ。これを使えばきっとうまくいくはずだ。
準備をして屋敷を出て、冒険者ギルドに向かう。俺はようやく異世界生活らしくなってきたのを感じ、この年になって久しぶりにワクワクしていた。
読んでいただきありがとうございます
見てもらえるというのは励みになりますね
なるべく更新しようと思っていますが、今週は仕事が立て込むので更新が遅れるかもしれません。
また次も読んでいただけると嬉しく思います