幕間 蠢く野心
とある一室に男が鎮座している。
一目で身分が高いとわかる服装を身にまとい、部屋の中央に置かれている執務机の前に座っていた。男は20代後半から30代くらいの年齢だろうか、不機嫌そうに気難しい顔をしかめ、何かを待っているのか、時々机を指でトントンと叩いていた。
すぐ近くで立っていた護衛のゲラムは内心、朝から続くこの机を叩く音に辟易としていが、顔にはその感情を出さず、男──依頼主の男に声をかける
「ブラード様、少し落ち着かれては?報告が来ないのが気になるのはわかりますが、待つのも主人としての役目ではないでしょうか」
あくまで心配をしてるように聞こえるように声をかける。ゲラムとしては何でもいいから机を叩く音をやめてもらえればそれで良かった。
「おい、このボクに意見したのか?護衛如きがか?貴様達に金を払っている主人のこのボクに!」
機嫌を逆撫でてしまったことに舌打ちをしたいのを堪え、ゲラムは頭を垂れる。
「私などが差し出がましいことをしてしまい、申し訳ございませんでした」
「あ?謝るくらいなら、最初から声などかけるな!それくらいわからんのか!金を払っているのはこのボクなんだぞ。わかっているのか!」
二度目には金、金と口に出す目の前の依頼主に、それならもう少し金払いを良くしてから抜かせ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「都合が悪くなったら黙りか?あぁ?護衛とはいえ立ってるだけの木偶の坊に金は払わんぞ!わかっているのか!」
ブラードは攻撃出来る対象が出来たことに、ゲラムに不満やイライラ(ただの八つ当たり)をぶつける。
ゲラムもばらくは依頼主からの叱責の形を取った暴言を聞き流し続けていたが、気配を感じ、急いで入口の扉に音も無く身を寄せる。
「おい!まだ、話は終わってないぞ!!」
依頼主の怒声を後ろに感じながら扉に耳を寄せる。ゲラムは手で依頼主を制し、扉に近づかないようにしてから確認する。
扉の向こうにいたのはゲラムの部下の部下で、ブラードが待っていた報告を伝えに来た。
「ブラード様、部下からの報告です」
「おお、そうか。して結果は?上手く行ったのか!」
先程までのイラつきなど忘れたように興奮して聞き返してくる。
「どうやら馬車への襲撃は上手くいったようですが、目標の確保はできなかったと」
失敗の知らせに再びブラードは感情を爆発させる。
「貴様の部下は揃いも揃って能無しぞろいか!何のために高い前金を払っているか、わかっているのか!」
報告の最中に口を挟んでくる依頼主に、大人しく聞け!このお坊っちゃんが!と内心毒づきつつ
「落ち着いてください。馬車の襲撃は部下の魔物によって成功してます。ですが、目標がその馬車に乗っていなかったとのことです」
「しかし目標は都市シャンバにて確認できたと。どうやら別の馬車で移動したと考えられます」
ゲラムは襲撃計画が漏れていた可能性を考えるが直ぐに有り得ないと思い直す。ゲラムの部下は計画を外に漏らすほど短慮ではないし、そんなとことをすると周りに知られたら信用問題になることを誰もが理解している。
「失敗したのか!!何のために1人きりで行動するタイミングを教えたと思っているんだ!」
さっきの報告を聞いてなかったのか、と返したくなるのゲラムは我慢する
「ですから馬車への襲撃は上手くいきましたが、目標が乗ってなかったと先程も申しました」
「問題は何故、目標が予定の馬車に乗ってなかったのかです。襲撃計画が漏れていた可能性は?」
ゲラムは暗に自分たちは計画を漏らしてないと、依頼主が口を滑らしたんじゃないかと疑った口調で聞いた。
「そ、そんな訳あるか!ボクの未来がかかっているんだぞ!」
「このボクの完璧な計画だったんだ!」
顔を真っ赤にして反論するブラードを収めつつ、この様子だと雇い主から漏れたとは考えにくいと推察する。となると別の要因が発生したのだろうと考える。今までの経験から1から10まで計画通りに進むことなどそうそうないと知っている為だ。
「安心してください。馬車で目標を確保できなかったくらいで計画は頓挫しません」
ゲラムの部下は目標を都市で発見し、尾行を続けている。今も正確に場所を把握しているため、目標を確保する手段はまだあるのだ。
しかし、当のブラードは恐れたように
「ちくしょう!都市に着いてしまったら、あの女が近くから離れないだろ!」
「あぁ、1人きりになる移動の時がチャンスだったのに……ボクの未来が……それもこれもお前の部下が役にたたない所為で……」
最大のチャンスを逃してしまったともうダメだと嘆く姿にゲラムはため息をついた。
依頼主から話を聞いてはいたが、ゲラムにはたった1人の女をそんなに恐れることが理解できなかった。
「何を恐れているのですか。我らが女程度に負けると思うのですか?我ら【鋼鉄の風刃】の実力はブラード様がよく分かっているでしょう?」
ゲラムは何を恐れる必要があるのかと思う。確かに恐ろしい噂を聞くが、所詮噂でしかない。しかもたったひとりの女なのだ。いくらでもやりようはあるし、人数でも、腕力でも男の自分らの方が上なのだからとしか考えられなかった。
いくつもの修羅場をくぐり抜けた自分たちより、噂でしか知らぬ女を信じる依頼主はやはり世間知らずのお坊っちゃんだと思わずにはいられなかったが、自分たち【鋼鉄の風刃】が女ひとりに負けると思われるのは我慢出来なかった。
「そこまで言うのなら、キッチリと依頼を果たして見せろ。それだけの働きを見せないと報酬は払わんからな!」
ここまで来ても金の心配しかしない依頼主に若干の失望を感じたが、これは逆にチャンスだと思うことにした。この計画が成功したら、裏の世界で【鋼鉄の風刃】は名声を博するだろう。
「任せて下さい」
こんな場所で小間使いのように過ごすことより、暴力的行為に浸れそうな予感に口の端が上向く。
「必ずシャロンをボクの前に連れてくるんだ!そうすればボクはこんな地位ではなく、もっと上に行けるんだ!」
ブラードが語る展望を背中に受けて、ゲラムは部屋を出た。既に頭の中では連れていく団員、装備を考えていた。
(少女1人と女が1人とは、クク、色々楽しめそうだ)
下卑た想像をしつつ廊下を走る。しばらく退屈だった団員にもイイ思いをさせてやるのもいいなと考えながら……
明朝、【鋼鉄の風刃】は誰に知られることもなく都市に向けて出発したのだった……
読んでいただきありがとうございます
次の話の前に視点を変えた話です
次はおっさん視点の話に戻ります