おっさんギルドで説明を受ける
「アイリス!もういいから、離れて!」
もう離すまいと、がっしりと抱きしめたまま離さないアイリスに嫌気が差したのか、シャロンはアイリスから距離を取ろうと腕をつっかえ棒のように顔の間にねじ込んでいた。
「お嬢様のお手がこのアイリスの顔に、あぁ、お嬢様の体温を感じるぅ~」
この女相当ヤバくないか?なんというか、歪んだ愛情をシャロンに捧げているの気がする。
「もう、アイリスは相変わらずなんだから」
シャロンは諦めたのか、アイリスの頭を撫で始めた。
「お嬢様になでなでされたぁ!それに加えて四日ぶりのお嬢様の匂いぃ~、スゥー、スゥー、スゥー。生き返るぅぅぅ」
ダメだこの駄メイド。いろいろと終わってるよ。綺麗な顔をしているのに勿体ない。黙って立って居れば、つり目がちなキリッとした顔つき、メリハリの効いた身体。夕焼けのような赤い髪に、紺色の給仕服はよく似合っていた。体のラインが良くわかるようになってるのはシャロンの父親の趣味だろうか?……いい趣味してる。俺とも話が合いそうじゃないか。
何はともあれ、シャロンが無事に従者と会えたのはよかったと思う。純真すぎる性格が大人に騙されそうで心配だったのだ。
もうそろそろ行かないと。シャロンに手を振り、その場を離れることにする。気づいたシャロンがこちらに駆け寄ろうとするが、アイリスに止められていた。
「お嬢様、こんな汚い逃亡奴隷に近づいてはいけません。見てください!お嬢様を視線で汚そうと隙あらば舐めまわそうとしてくるイヤらしい目を!ほら、今見ましたよ!」
……本当に失礼なやつだ。あと、このメイドには鏡で自分を見てみろと言いたい。俺なんかよりずっとその言葉に似合うやつが側に居るから。
多少腹は立ったが長居する場所でもない、このまま人混みに紛れよう。その場を離れようと歩き出す。
「……どこにいくつもりですか?」
眠そうで、感情の感じられない瞳がすぐ隣で俺を見つめていた。
青い髪の魔術使いの少女がいつの間にか俺のすぐ隣に立っていたのだ。
「あー、えっと、ちょっとそこまで散歩に……行こう、かなって……」
何でもない雰囲気を出して自然に立ち去ろうとしたが、
「……どうやって精霊の眠りから逃れたかはわからないけど、これから冒険者ギルドまで連れてく……」
残念、逃げることはできなかった。
そりゃそうだ。俺を連れて行けば銀貨50枚の報酬が出ると言っていた。そりゃ逃がさないために近くにいるだろう。俺が馬車に乗っていた時も、馬車の近くで護衛をしていたに違いない。
ということは馬車から飛び降りても怪我だけして終わるだけだった可能性が高いな。飛ばなくてよかった。
周りを見渡すと、既に馬車に乗っていた他の奴隷は冒険者ギルドに行ってしまっていたようだ。
俺だけギルドに行くのは無しという選択肢はなさそうだ。
冒険者ギルドは都市の中心近くにあった。橋を渡ってギルドに向かう。
想像していたより大きな建物だった。二階建ての石造りのがっしりとした白い壁、多くの人が出入りしている。
少女の後に続いてギルドに入ると更に多くの人でごった返していた。
「最近、調子はどうよ?」「この時刻では稼げる依頼はないか」「最近は魔物の数が増えてきている。自警団の数を増やさないといけないと思わないか?」「かぁ~!日が登っているときに飲む1杯は最高だ!」
ギルドの中は盛況だった。冒険者と思われる人々がテーブルを挟んで談話、依頼ボードの前で残った依頼書を確認しているパーティー、中には既に依頼を達成した打ち上げを始めている者もいた。
「こんなに人がいるのか」
少女がこちらをチラリと一瞥すると
「……都市の冒険者ギルドはこの周辺では1番規模が大きい……」
「……仕事も多いから……奴隷でも自分を買い戻せる人も多い……あなたもそんなに悲観することはない……」
励ましてくれてるのだろうか。感情の読めない声で説明してくれた。
たしかに、奴隷身分から開放できる道があると知ればやる気が出てくるものだ。
感情は読めないが優しいところもあるな。
受付に向かったが、場所によっては看板受付嬢がいるのだろうか?多くの人が集まっている窓口もある。
「ヴェリさん!報酬もらったから奢るよ。今日は時間ある?」「てめぇ、なに口説こうとしてるんだよ!さっさと依頼の報告して帰れ!」「あぁ!今オレが喋ってる最中だろうが!」
なんて醜い光景だろう。屈強で強面な男達が可憐な受付嬢に迫っているのが視界に入る。受付嬢は慣れているのか、あっさりと躱しているけど。
「ごめんなさぁいね、この後別の仕事あるの。今度また誘ってね」
ヒラヒラと手と振り、受付を閉めた。脇の扉から出てくるとそのまま、こっちに向かって歩いてきた。脚の動きに合わせて胸がブルンブルン揺れてる。
周りの目が受付嬢の1ヶ箇所に釘付けだ。無論、俺も。
「あら~フレアちゃん。その様子からして──逃亡奴隷を連れてきてくれたのかしら?フレアちゃんにしては珍しいわねぇ」
受付嬢の言葉に少女──フレアはコクンと小さく頷いただけだった。
周りでは「なんだ、定期のアレか」「背は高いが間抜けな顔してやがるぜ」「ウチに来たら使い倒しててやるぜ」などと聞こえてくる。どういう意味だろうか?
そんな喧騒など気にもせずフレアは俺の説明を始めた。
「南の獣人国の人狩りにあい、奴隷として連れ去られるところを逃げてきたと言っている……」
「あら、それは災難だったのね……そんなにボロボロになるまで大変だったでしょう?」
同情してくれるのはいいのだが、これは怪鳥から逃げた結果とは言える雰囲気じゃないな。
「彼をお願い……」
どういう意味だろう?
「わかったわ。フレアちゃん、後はこちらの仕事だから、報酬窓口で報奨金受け取ってね」
フレアは頷き、チラッと俺の顔を見て、
「あなたはまだ運がいいから……」
と呟き、去っていった。どういうことだ?
「そうねぇ、五体満足で都市まで来れたのだなら運良かったわよぉ」
ペシペシと肩を叩かれる。
「人狩りにあったのなら南の獣人国の苛烈さは身にしみてるでしょう?フレアちゃんに助けられたことに感謝しなさいよぉ」
語尾に癖がある人だ。獣人と聞くとネコ耳やウサギ耳、キツネ耳のコスプレを思い浮かべてしまうが、そんなに獣人は危険なのだろうか?
「何もしらなそうな貴方に、この都市の奴隷制度について詳しく説明するわ。着いてきなさい」
別の場所への移動を促された。ここまで来たら着いていくしかない。毒を食らわば皿までだ。
連れてこられたのは建物の奥にある部屋の一室だった。部屋の両脇には武器を持った冒険者?が控えている。
教室くらいの広さの部屋には男女合わせて20人ほど並んでいる。俺もその中の一人だ。
「はいはーい、奴隷予定の皆さん。これからこの都市シャンバでの奴隷制度の説明をしま~す。」
先程の受付嬢、ヴェリと言ったか、彼女が書類を持ちながら入室してきた。暗い雰囲気の部屋のはそぐわないテンションだ。
彼女は先程の冒険者が必死に誘っていたの頷ける色気のある雰囲気を持ち、色気に合わない可憐な容姿、そして俺もガン見したスイカのようなボリュームのある胸、そんな視線を受けても平然としているタフな精神をしていそうだ。人気受付嬢というのもわかる気がする。
「都市では、ほかの都市と同じで都市税を収める義務があります。納税することで証明札が渡されます」
名刺サイズの青い札をピラピラと降る。材質はなんだろうか?キラキラと光っているが。
「このカードがあれば都市の中で公衆浴場、無料診療所等などのサービスが受けられます」
「これら公衆施設は市民の税金によって成り立っているため、カードが無い人には使用権限がありません」
冒険者ギルドはいろいろしてるんだな。こっち世界の市役所の側面もあるということか。
「なので、都市で暮らすには納税しカードが必要です」
「ですが、あなた達はその税金も払えない。保証もできない。」
「なので奴隷として所有者の労働力となって、納税してもらいます」
「奴隷の納税は所有者が払いますが、自分が買い取られた以上の金額を所有者に支払うことで自分自身を買い戻し、市民と同じ身分となりことができます」
なるほど、自分に支払われた以上の金を支払うことができれば奴隷から解放されるということか。
「奴隷の扱いや仕事は所有者に一任していますが、この都市では奴隷にも人権は約束されています。所有者は無闇に奴隷を傷つけてはならないし、奴隷の生活を保証しなければなりません。それを破れば罰則が与えられるので、そのようなことがあれば冒険者ギルドまで報告してください」
奴隷も最低限人間として扱ってくれるらしい。人権が保証されされているとはこういう意味だったのか。食うこと、寝るところ、働く場所は確保できるな。
「このあとの競売で買取手や所有者が見つからなかった場合はギルドで買取となり、こちらからその奴隷に合った仕事をして働いてもらうことになります。ギルド専属の冒険者と考えてください」
「ですが、冒険者と違い仕事の選択の自由はありません。生活場所もこちらで管理します。報酬は納税と自分の買取積立に回します。報奨金も少ないですが出せます。早く開放されたいなら報酬を自身の買取に回しても良いでしょう」
借金返済のためにマグロ漁船乗るようなものか。
イメージとしては古代ギリシアやローマのような形態なんだろう。開拓時代のアメリカじゃなくてよかった。本当に良かった。
「カードを手に入れることで冒険者として登録もできるようになります。冒険者を目指しているのなら、先ずは自身を買い戻す必要がありますので頑張ってください。以上で説明を終わります」
長い説明が終わった。つまり、債務者は借金返済しないといろいろと制限がかかるってことか。
後は賃金がどれくらい貰えるか、自分を買い戻すのにいくらかかるかだ。
「では、この後、しばらくしたら競売に移ります。身を清めたい人は申し出てください、他にも必要なものがあれば申し出でください」
自分を安く買ってもらって買い戻すのもよし、自分に美貌や戦闘力、頭脳などの自信があれば価値を出して良い所有者に買ってもらっていい暮らしをするのも自由ということか。
初めて読んでくださった方も、続きを楽しみにしてくれている方(いたら嬉しい)も読んでいただきありがとうございます。
異世界転移ものといえばチートと奴隷は外せまいと思い、今回はこの物語の世界の奴隷についての一例を説明する話になりました。主人公が可愛い奴隷を手に入れるんじゃなくて、おっさんが奴隷になるみたいですが。
なるべく速いペースで投稿していきたいです。
よろしくお願いします