おっさん馬車で運ばれる
ガンッ!
頭に痛みが走る。急速に意識がはっきりしてきた。
ここはどこだ?周りを見渡すと男性や女性が誰も目を合わせず狭い空間に静かに座っていた。
誰もが目が虚ろで不気味な雰囲気を醸し出している。ちょっと怖い。
光の差す方向を見ると、外の景色が結構な速度で移動している。木々があっという間に遠くに離れていく。
時々大きく部屋が上下に振動する。状況から判断するに、ここは馬車の中か?
(逃げそこねたか)
魔術を使う少女に捕らえられたか。まいったなと頭を擦る。手が使えることで気づく。俺は手も足も拘束はされていないのだ。逃げられることを想定してなかった?
ざっと周りを見た限り、魔術を使う少女もいない。これなら馬車からダイブしたら逃げられるかもしれない。……今がチャンスか?
逃げるために腰をあげようとしたその時。
「あっ…」
隣から小さな声が聞こえた。
「ん?」
視線を移すと、そこに少女が居た。まごうことなき美少女だった。
年齢は10歳前後だろうか?綺麗な波打った金髪と宝石のような碧眼のそれは可愛らしい美少女がいた。異世界は美少女遭遇率が高い!
この馬車に乗っている大人を見る限り、それほど身分の高くない庶民が使うような馬車だろう。周りの大人の服装は薄くペラペラで色もうす汚れている。俺のジャージも怪鳥に追いかけられたせいでジャージとはもう言えない、ボロ切れに似た何かになっていた。
それに比べ少女の着ている服はパッと見でも分かる上物で、細かい細工や模様が施されている。凄いのは少女はその服装にも負けない存在感を醸し出していることだ。
「大丈夫かい?」
怖がらせないように声をかける。子供には優しくするのが俺のポリシーだ。
「あ、は……い」
失敗した。怖がらせてしまった。
「いや、怖がらせるつもりは無いんだ。ただ、こんな所に君のような子供が居るのが心配になったんだ。コワクナイヨー」
俺、怪しくないよね?着ているのボロ切れみたいになってるけど大丈夫だよね?
「いえ、……あの、おじさま?はちゃんと話せるですか?」
おじさまと呼ばれてしまった。聞き慣れない呼ばれ方に背中が痒くなる。
「この馬車は、その、奴隷の人たちを運んでいると。……運ばれる奴隷は精霊の力で意識を封じられていると聞いていたです」
なるほど、それで拘束されていないのか。そしてどこ見ているかわからない目で黙っているのも意識が封じられているせいか。
やっと話せる人間に会えたのだろう。怪しい(くはないと思う)おっさんに、縋るように見つめてくるくらいだ。不安そうな少女を前に脱出する気がなくなってしまった。
俺のことは後回しにして、少女を安心させるように明るくしないとな。
「そっか、じゃあ精霊の力跳ね除けたおじさんってすごくない?」
自分を指さして笑顔で笑いかける。
「ふふ、そうです。急に動き出した時はビックリしたです」
緊張がほぐれてきたようだ。笑顔を見せてくれるようになった。やっぱり美少女は笑っているのがイイな。
しばらくの間、他愛のない会話をしたところで
「お嬢ちゃんはなんで、こんな奴隷を運ぶ馬車に乗ってるの?」
気になってたことをズバリ聞く。普通この子のようなお嬢さんは、もっと安全でしっかりした馬車を使う気がする。しかも付き人も居ないなんてことがあるのか?
「あぅ……その、シャロンはお父様に用意してもらった、都市に行く定期便に乗り遅れてしまったのです」
恥ずかしそうにシャロンは答えてくれた。自分のことを名前呼びするのも可愛くていいね。
「シャロンは一人前のレディだから……一人で誰にも頼らず次の馬車に乗ったです。そしたら……途中でどんどん奴隷が乗せられてきたです」
乗り遅れて、慌てて馬車に乗ったら奴隷運搬も兼ねた馬車だったということか。
「でも、誰もシャロンのこと気にしないで、黙っていて怖かったです。だからおじさまが話しかけてくれたときは、最初はびっくりしたけど、安心したです」
なるほど、小さいから仕方ないとはいえこんな不気味な空間に長時間いるのは怖かっただろう。俺でも1人でこの空間はキツイだろうからな。それにしても1人で行動は無謀じゃないのか?こんなに小さいと攫われないか心配になるよ。
「お付きの人は居ないのかい?」
せめて誰か付いていてやれよと思う。
「アイリスが都市で待ってくれてるです」
アイリスという人が先に待っているらしい。話からとても信頼しているようだ。笑顔でアイリスという人のことを語り始めた。
曰くアイリスはシャロンの侍女であり、何でもしてくれ、頼りになり、料理が上手だけど、皿をよく割ったり、お風呂では変な歌を歌っているなど教えてくれた。それでもシャロンにとって最高の侍女なのだという。だったらシャロンを1人にしないで、一緒に居てやれよと思う。
くぅ~~
真剣にアイリスの事を語っているシャロンのお腹の中から可愛い音が聞こえた。
「んーーっ」
赤い顔をしてお腹を押さえる。そして、聞こえたか確認するかのように見上げてきた。
「なかなか大きな音だったね、健康な証拠だよ」
微笑ましくて、つい心に思ったことが口にでてしまった。
「おじさまは意地悪ですっ」
「ふんっ」
ぷいっと顔を横に向け拗ねてしまった。
可愛い。小動物と触れ合っているような感じで癒される。美少女ヒーリング効果というやつだな。しかし、せっかく仲良くなってきたのに嫌われるのは悲しいな。
何かないかと服の残骸を調べていると、この世界に持ってこれた飴があった。炭酸の効いた甘いやつだ。
「シャロン、俺が持っている貴重なお菓子をあげるから機嫌をどうか直してほしい。お願いだ」
芝居がかった口調で、飴を包装紙から取り出し、手のひらに載せ、献上するようにシャロンの前に掲げる。
「あら、おじさまはシャロンに嫌われたくないですの?」
こちらの話に合わせてくれた。コロコロ表情が変わる。
「不思議なお菓子ですね?いただくです」
自分で言うのもなんだが、会って間もない(怪しい)おっさんに貰った、見慣れない物を躊躇なく口にできるのは凄いと思う。もしかしたら彼女は大物なのかもしれないな。
「ん~~っ」
シャロンの目が見開かれる。それを見るといたずらが成功したかのような達成感を感じる。
「口の中がパチパチするわ!なにコレ?」
「とても美味しいです!」
感動してくれて何よりだ。異世界には炭酸飴はないだろうから、さぞビックリしただろう。信じてもらえた甲斐がある。
シャロンがそのまま黙って口の中で飴を味わっている。頬張っている姿がハムスターみたいで可愛い。
しばらくして食べ終わったのかシャロンは申し訳なさそうに聞いてきた。
「貴重なお菓子だったのでしょう?シャロンが貰っても良かったですの?」
もう残ってないが、美少女が笑顔になるなら本望というやつだ。
「シャロンの機嫌が直るなら惜しくなかったよ。お陰で、都市までの道のりが楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ、楽しい時間だったです」
美少女が楽しめたならこの時間も悪くなかった。
馬車の速度が遅くなり、喧騒が聞こえてきた。大きい街道なのだろう。都市までもうすぐか。
これからのことを考える。奴隷の扱いは魔術を使っていた少女が言っていたように人道的であることを信じるしかない。
しばらくして、馬車は止まる。目的地の都市に到着したのだ。
御者に急かされ、馬車から降りて腰を伸ばす。ゴキゴキと腰が鳴る。座っていただけとはいえ、長時間はキツかったな。
続いてシャロンが降りるのを手助けしようと、手を差し出したところで
「うおぉぉぉぉじぉぉぉぉさぁまぁぁぁぁぁぁ!!」
土煙を上げてメイド服を来た女性が凄まじい速度で突進してきた。おい、ちょっと待て、このままだと……
ドォォォォォォォンッ!!
「グエェェェェ!」
メイドはシャロンしか目に入ってないのか、直線上にいた俺を突き飛ばし、シャロンに抱きついたのだった。
「シャロン様ぁぁぁ!馬車が到着するまで、このアイリス心配でっ!心配でぇぇぇ」
「もう、アイリスは心配性ですね。シャロンはもう一人前です」
「お嬢ぉぉぉ様ぁぁ!!」
2人は周りのことなど気にもせず感動の再会をはたしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます
今回、自分で書いときながら、主人公が少女を拐かしているようにしか思えなかった……