おっさん異世界に降り立つ
気がつくと、俺は荒野に佇んでいた。
見渡す限りの荒野、こんな景色の場所は日本にはなかった思う。行ったことはないが、強いて言うならアフリカのサバンナに近いイメージだろうか。風に舞って独特の匂いが鼻を刺激する。
「クェェー」
鳥だろうか、甲高い鳴き声が遠くから聞こえてくる。
なんでこんな場所に俺はいるんだろう?
記憶を遡って思い出す。たしか田舎の祖父の家でゲームを徹夜でやってたところまでは覚えている。
その後、夢を見てたような気がするがイマイチ思い出したくない。なんというか、恥ずかしさが湧いてきて、思い出さなくていいと言う気持ちになる。多分思い出さなくても大丈夫なんだろう。
急な出来事に俺は混乱している。このままは良くない。先ずは落ち着こう。状況確認することが大事だ。……深呼吸をする。大きく息を吸って吐く。それを3回ほど続ける。
よし、だいぶ落ち着いたと思う。試しに素数を数える。1、3、5、7、11、13よし、大丈夫だ。ちゃんと頭は働いているようだ。
顎に手を当て、状況を整理する。名前は東光太郎28歳。趣味はゲームに読書(主にラノベ)、プラモデル制作。仕事は1年ほど前に早期退職し、今は祖父から土地を貰って農業をしている。
少し前に祖父が亡くなり遺品整理の為に田舎の家に来ていた。そこで、何世代か前のゲーム機見つけて、懐かしくて遺品整理そっちのけでゲームをしてたところまでは覚えてる。
今の服装は寝る前に着ていたジャージ。持っている物は……無いもない。携帯や財布すら持ってない。
困ったな。現代の必需品であるアイテムがないという事実に焦りが生まれる。
これじゃ連絡を取ることも、地図アプリも見れない。もしもの時は警察に電話する方法も使えなくなった。
現代に生きている人間が如何に携帯電話に頼ってるのか改めて実感してしまった。まぁ、こんな何も無いところじゃ電波が届くのかもわからないが。
「もしかしなくても、ヤバくね?」
さすがに危機感も出てくる。もう1回ポケットの中まで探すが、見つかったのはゲームしている時に食べてた飴だけだった。
「「クェェェェェェェー!!」」
そんな中でも、空で鳥が鳴いている声が煩くなってきた。
「鳥ぃ!さっきからうるさい……ぞ?」
あれ?……ちょっと待って、おかしくないか?俺の知ってる鳥は頭が二つに分かれていない。大きさも乗用車ほどの巨大な鳥は知らない。
さすがにこれはおかしい。あまりにも現実離れしている。
「夢……だよな?」
いくらなんでもおかしい。
あー、夢を見ているのか。寝る前にゲームしてたからな。だからこんな夢を見見てしまったのか。
やべーな。早く起きて遺品整理の続きをしないといけない。一刻も早く起きないと!
手っ取り早く起きるなら痛みを与えるのが基本だ。どうせ起きたら痛みもないだろう。思いっきり頬を殴る。
ゴスッ!!
「痛ってぇぇぇぇぇ!!」
思いっきり頬を殴ったが、涙が出てきた。痛みで却って意識がハッキリしてしまった。なんで目が覚めないんだ!
そうこうしている間に怪鳥はこちらに迫ってくる。……もしかして食糧として狙われてる?
俺みたいな中年に足突っ込んでいるおっさんの味は不味いと伝えたい。
「俺は不味いからやめとけって!」
当たり前だか怪鳥に伝わるはずもなく、俺に目掛けて急降下してくる。
「うわぁぁぁっ!」
直後、影が陽の光を遮り、次の瞬間、鋭い爪が襲ってくる。捕まってたまるか!
「どぉりゃぁぁぁっ」
勘で思いっきり横に飛ぶ。直後、身体のすぐ横を鋭い爪が通り過ぎる。
ブワァァァァァァ!!
怪鳥はそのままの速度で再び空に舞い上がる。その勢いで凄まじい突風が襲ってくる。風に煽られてそのまま地面をゴロゴロと転がることになった。
今のは本気でヤバかった。躱せたのは運が良かっただけに過ぎない。そして、これを何回も続けるのは不可能だと体と脳が理解してしまった。
高揚感と違う汗が吹き出るのがわかる。ヤバい、ヤバい、ヤバい…このままだといつかあの爪に捉えられてしまう。その後のことは考えたくはないが、愉快なことにはならないだろう。
……いい加減に認めなければならない。これは夢ではない。ここは本当に異世界なんだと。
先程の夢の思っていたやり取りは本当にあって、神と言っていたモノと一緒に異世界転移してしまったのだ。
神が光る玉だとは知らなかったけど!
「ダァァァァァァ!!」
全力で逃げる。怪鳥は最初の1回以降は狙ってこないが、上空を旋回している。俺を標的にした以上、簡単には逃がしてはくれないだろう。
俺の体力が尽きるのを待って襲いかかってくるに違いない。
なら、それまでにこの状況を打破しないといけない。再び襲って来るまでには少しの時間の猶予があるはずだ。
ここに来る前の空間のことが真実なら、神は俺に翻訳、ウィルス耐性、ストレス耐性、そして魔術を使える呪文を与えてくれたはずだ。生き残るためには魔術―呪文を使うしかない。
問題はどうやって魔術を使うのか、使用方法がわからないということだが。
実際に大真面目に中二ワードを声を出して言わなきゃいけないのか?羞恥に冷や汗が背中を伝う。だが今は恥ずかしがってる場合じゃない。思いつくまま、それっぽい言葉を全力で口に出す。
「ステータスオープン!ステータスカードオープン!ステータスカード出ろ!」
「テクマクマヤコン、ジュゲムジュゲム、開けステータス!」
手を前に出して唱えるが何も変化はない。それなら次は単語を唱える。
「身体強化!肉体強化!呪文コマンド出ろぉぉ!!」
身体に何も変化はない。ちょっとだけ足が速くなった気がしただけだった。
「何も出ないんですけどォォォ!!」
おいぃぃー!補助呪文って言ったら普通、身体強化じゃないのか!嘘ついたのか?あの光球ぅぅ!
もしかして呪文が違うのか?呪文効果を出すには条件があるのか?こんなことなら夢だと思わずに使用方法ちゃんと確認するんだった!
必死に考えている最中、再び影が俺を覆う。不味い、呪文の事に意識が集中してたせいで怪鳥がすぐ真上に迫ってきているのに気が付かなかった。
目の前に鋭い爪が俺を捉えようと迫ってきているのが見えた。
こんなところで終わるのかと、半ば諦めが頭をよぎったその時。
「死にたくなかったら伏せて……」
幻聴かと思った。自分の息遣いしかわからない中に突然何者かの声が聞こえたのだ。
それでもその言葉があまりにも安心を覚える澄んだ声だったこともあり、声の主を信じてスライディングをするように前に飛んだ。
「ダリャァァ!」
次の瞬間。
ゴォォォォォォン!
耳を劈く爆音と肌を焼くような熱が俺を包んだ。
「「ギャワァァァ!!!」」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
何が起きたか一瞬。理解出来きなかった。伏せたまま振り返ると、そこに見えたのは炎に撒かれた怪鳥と怪鳥に向かって杖を振りかざす人物の姿だった。
その人物、声の感じから女性だろうか?ローブを纏い、手に持った杖を軽く降っている。
彼女が周囲に語りかけるように呟くのが見えた。すると彼女の周囲に突如、3つの火球が現れた。
「……燃えて……」
感情の篭ってない声と共に、火球はまるで生き物のように怪鳥に向かって行った。
ゴォン!ゴォン!ゴォォォォン!!
着弾と同時に轟音と熱風が近くにいる俺を巻き込む。
「熱ッゥゥ!」
余波で身が焦げそうなくらい暑い!
「「グギャァァァァァァァァァ!!」」
怪鳥も炎に巻かれ断末魔の悲鳴をあげている。
怪鳥は燃えたまま地面に落ち、そのまま焼き尽くされた。
俺は伏せた姿勢のまま、非現実的な光景を呆然と見つめていた。
今のが魔術だろか?幻想的というより暴力的な光景に、俺は言葉を無くしていた。
既に事切れ、横たわる怪鳥だったモノから漂う肉の焼ける臭いにを嗅いで
(ああ、やっぱりここ異世界なんだな)
と、改めて実感した。助かった安堵感に大きく息を吐く。そして俺はこれからこの異世界を生き抜かなければならないんだなと、覚悟を決めるしかなかった。
拙い文章ですが読んでいただきありがとうございます。
面白いと言ってもらえるように頑張ります。
明日2話目を投稿予定です。
5/15誤字脱字修正しました。