おっさん金を稼ぐ
「おらっ!!」
スキンヘッドの男のパンチが俺の腕をへし折るかの勢いで迫ってくる。
両腕に力を入れ、飛ばされないように全身に力を入る。
ドゴォッ!
丸太のような腕が防御している両腕に当たり、衝撃が身体を通過する。次の瞬間、スキンヘッド男の右フックが俺を吹っ飛ばすかの勢いで俺の頬にめり込む。
ガッギィッ!
景色が回り、地面に叩きつけられる。目の前には斜めになった観客が見えた。
周りからは歓声が上がっていた。
「俺様のパンチは頭だって砕くぜ!流石にもう立てないだろぅ?死ぬ前にさっさと金貨よこしやがれ!」
スキンヘッドの言葉を聞きながら、ダメージを確認する。うん問題なし、大丈夫だ。
なんでもないように立ち上がる。
「なっ!?さっきから一体どうなってやがる!」
カーーン!
そこで時間切れの鐘が鳴る。
今日、何度目かの響めきが広場を支配する。
「これで何度目だよ!」「ちっ、これで終わるのに賭けていたのに!」「魔術でも使っているのか?」「不死身かよ……」
挑戦者はこれで40人を超えた。金稼ぎは順調といえるのだろうが俺は少々後悔していた。
殴やれ屋を始めて、何人もの挑戦者に殴られ、殴られ、殴られ……ダメージはないのだが、かなりの疲労が蓄積していたのだ。
呪文を使えば簡単に金を稼ぐことができると思っていたのだが、想像してたことと違っていた。
まず、《防御変化》で自身のダメージを無くすことはできても、自分の身体が岩や鉄のように硬くなるわけではないので、相手の力が強ければ普通に吹っ飛んでしまうのだ。
だから、力を入れて防御しなければならず、これが結構体力を消耗することになって疲れる。
次に《速度変化》の呪文は相手に触れて使えば水の中に入っているかのような阻害効果がある。
しかし、挑戦を受けている最中に、相手が突然遅くなれば観客もイカサマを疑ってしまうので、相手に呪文をかけるのはできなかった。
ならば自分自身に《速度変化》を使うとどうなるかとやってみたところ、世界全体の動きがスローモーションにできたのだ。
ただ問題なのはスローモーションに見えるだけで、俺自身が早く動けるようになった訳じゃないことだ。《速度変化》呪文は俺自身の速度を早くするものではないらしい。
だからといって使えないことはない。見方を変えれば、ゆっくりと見えるならこっちも、ゆっくりと避けるなり、衝撃を流すように受ければいいだけの話だ。何人も相手をしていると呪文の感覚を掴めてきた。
前職で訓練したのが生きてると思う。だいぶ感覚を取り戻してきているように感じる。人生どこで何が役に立つのかわからないものだ。
挑戦者も観客も何度も立ち上がることに訝しんでいるだろうが、時折足をガクガクと震わせたり、よろよろに立つ振りをすると俄然頑張ってくれるのでバレることはなかった。
余りにも立ち上がるので賭けが始まってしまったのは仕方ないことだろう。
次の挑戦までの休憩に座って覆面の中の汗を拭う。覆面をしているのは殴られた傷が無いのがバレないように誤魔化す為とはいえ、覆面は視界が悪くなるし、汗で張り付くから結構不快感がある。できるならそろそろ終わりにしたいくらいだ。
「……水……」
次の準備をしているとフレアが目の前に水を入れた容器を差し出してくれた。
「ありがとう」
礼を言って受け取る。冷たくはないけど水が身体の中を染み込んでいくのがわかる。生き返るような気分になる。美少女にもらうことで効果倍増している気分になる。
フレアにはこの殴られ屋をするにあたって、ルールを守って貰うための立会者をお願いしていた。
俺が殴られ屋をするに当たって決めてあるルールは5つ
1、立ち上がれなかったり、気を失った時点で挑戦者の勝ち
2、殴る時間は制限時間あり
3、武器、魔術は使用禁止、素手のみ
4、こちらからは攻撃しない。防御と避けるだけ。
5、挑戦は決められた円の中で行うこと。
※ルールを破った挑戦者は罰則を与える。
ルールを説明しても金貨の為に時間切れになっても続ける奴や暗器を仕込んで参加する奴、参加費を盗もうとする輩が出る可能性を考え、銀貨を渡してフレアには立会者になってもらっている。
実際、ルールを破る輩は何人か出たが、フレアが違反者を火だるまにしてからはルールを破る気概のある者は出ていない。
フレアを立会者に出来て良かった。
「最後まで倒れないに賭けたから……」
フレア自身も賭けをしていたが、まぁ面倒事を頼んでいるのだ。ちゃっかりしてる。賭けが始まってからは俺も自分に賭けているのは内緒だ。
さて、休憩も終わりだ。そろそろ続きを始めよう。周りに聞こえないように小さく《防御変化》の呪文を唱える。身体に効果が出るのを感じてから、次の挑戦者を呼ぶ。
「次の挑戦者は誰だ!」
銀貨を投げよこしながら、プロレスラーのような筋肉の男が出てくる。
「どんな手使ってるか知らんが、金貨は頂くぜ!」
肩を回しながら円の中に入ってくる。
フレアを見ると頷きながら、手に持った鐘を鳴らす。
カーーン!
鐘が鳴ると同時に男が突進してきたのを冷静にいなした。こいつはテレフォンパンチで大したことないな。稼がせてもらうぜ。
「あー、疲れたぁー」
既に暗くなった街並みをヨタヨタしながら歩く。
街並みはもう夜だというのに明るく照らさてれいる。建物の壁に台座があり、そこの丸い石?らしきものが光っているのだ。この世界には電気が普及されていないのは今日1日でわかった。
となると、魔術とか魔法アイテムの類いであろうか?そのうちギルドで聞いてみようかな。
殴られ屋については、結局あの後100人近くの挑戦を受けた。最後の方は払った金を取り返そうとムキになって何回も挑戦する奴が多かった。
それとは別にストレス解消のために只々殴りたいという人間もいた。中には女性もいたのだ。どんな世界でも殴ってストレス発散する人はいるんだな。
店じまいしてからフレアは自分の宿に帰ると言うので途中で別れた。今回の賭けで結構儲けたみたいで、無表情の中に少しだけ口端が上がっていたのがわかった。一体いくら稼いだのやら……
俺も今回の殴られ屋の稼ぎと賭けでなんとか合計金貨8枚分を稼ぐことができた。
これで奴隷身分から解放できる。まぁ、奴隷といっても奴隷らしく扱われる前に終わったから、感慨も何も無いのが実情だけど。
なんだかんだ今日1日だけでも結構たくさんのイベントがあってヘトヘトだし、身体も汗でゴワゴワになった。公衆浴場でも使って汗を流してから帰ろうかと考えていると、ふと胸に何かが張り付く感触があった。
なんだと取り出してみると、それは幽霊男を撃退した時に抜き取った何も書いてない紙だった。
「結局これはなんだったんだ?」
つまみながら掲げてみると
「文字が浮き出ている?」
何も書いていなかったはずの紙に文字が見えた。もしかして炙り出しや水につける事で文字が浮き出るように細工されていたのが俺の汗で濡れたことで見えるようになったってことか。
「何が書かれているのかなっと」
原理は解らないが灯りの下に行って、手紙の中身を確認する。
意味の無い記号の羅列が頭の中で翻訳されていく。
『フォート王国第3王女シャロンの身柄拘束せよ
【鋼鉄の風刃】はシャロン王女を攫ってこい。尚、近くにいる護衛は排除して構わない』
そして、そこにはシャロンの特徴を捉えた似顔絵も書いてあった。同名の別人ではないだろう。
シャロンが狙われている情報が出てきたことで心臓が跳ねるように鳴りだした。他にもシャロンが王女と書かれているが頭がついていかない。今わかったことはシャロンが危ないということだ。
慌ててシャロンの屋敷に向かって路地を駆け出す。
俺が路地奥で襲われたのにも理由があったのた。俺を護衛として身請けしたと考えられたのだろう。
今、屋敷にはシャロンとアイリスしかいない。アイリスも腕に覚えがあるのかもしれないが、他勢で襲われたらいくら強くても女性だ。1人じゃシャロンを守りきれるのかわからない。
「ちくしょう!」
後悔が口から出る。襲撃された後も呪文効果とか、生き延びたことで俺は気持ちが昂っていた。まずはシャロンに関係していることの可能性に何故考えが及ばなかったのか!
俺はシャロンの身を案じ屋敷までの道を急いで駆けたのだった。