第二幕 第一場
電話の音が鳴り響き、おれを夢の世界から現実へと引きもどそうとする。その音は頭痛を刺激し、否応なくおれを目覚めさせる。目をあけてみると、部屋の窓からは朝日が差し込んでいた。
「……幸と不幸のバランスは同じ」おれはつぶやいた。「やっぱり嘘だったよ。そんなの少し考えればわかるのに。だからだまされやすいんだ、おれは」
鳴り止まない電話に毒づきながら、ベッドから体を起こす。眠たい目をこすりながらあたりを見まわし、そこが友人である山崎コウジのマンションではないと知り、思わずはっとする。
「ここはどこだ?」
一瞬、狐に化かされた気分になるも、すぐに記憶がよみがえる。ここは仕事の依頼人である佐久間ヨウヘイの家だ。いま自分はその家の二階の個室にいる。
「……そうだった。自分は留守番をしていたんだ」
おれは二日酔いのせいで痛む頭を手で押さえながら、この家の固定電話のある一階へと向かう。
「二日酔いか……、そんなに飲み過ぎたつもりはないんだけどな。酒に弱くなったのか。それともあれか、やっぱ生ビールだからか。生だから、偽物とはちがうのか。こう……がつん、とくるものがあるのかな」
そんなわけのわからないことを言いながら、寝ぼけた頭で家の中を進んでいく。そうこうしているうちに、電話の前へとやってきた。
電話は依然として鳴りつづけている。それが二日酔いの頭に響き、気分を不快にさせる。すぐにでも止めようと電話に手を伸ばした。そして受話器に手が触れた瞬間、あることばが脳裏をよぎった。
「留守番じゃない……居留守番だ」
おれが受話器から手を離すと、ほどなくして電話は切れた。
「そうだった。仕事は居留守番だった。電話に出る必要なかったんだよ。逆に電話に出たらだめだったんだよな。危うく電話に出るところだった。気をつけないと」
おれはほっと息をつくと、眠気覚ましにその場で軽く背伸びをして体をほぐす。すると猫のサクラがやってきて、おれの足下でじゃれはじめる。
「おはようサクラ」
サクラが鳴いて返事を返した。
「お腹すいているかい?」
サクラはふたたび鳴いて返事をする。
「おれもだよ。それじゃあ準備するか」
おれはサクラにエサをやると、自分の食事の準備に取りかかる。キッチンにある冷蔵庫は大きく、依頼人の言うとおり食材は豊富だ。さらには缶詰やレトルトをはじめとする、保存食も大量にそろっている。
おれは適当にメニューを考えると、さっそく料理をはじめることにした。