幕間 その一
いまおれは、たゆたうようにして宙に浮いていた。そしてそこから地上を見おろしている。視線の先には小学校高学年くらいの男の子がふたり、公園のベンチにすわっている。その姿には見覚えがあるのだが、なかなか名前がでてこない。
いったいだれだろう、そう考えていると、やがてそのふたりが、子供の頃の自分と友人である山崎コウジだと悟った。
いまとはずいぶん顔がちがうな、と思うと同時に、これは夢なんだ、と理解した。
なつかしい気持ちでおれはふたりを見つめる。
「山崎」子供の奥村ヒロが言った。「やっぱりうちの母さんは最低だ。ゲーム禁止で勉強ばっかさせようとするんだぜ。これからの現代人として英語ぐらいしゃべれなきゃだめだ、とか言って無理矢理に英語塾へ通わせる。おれが口答えすると、別れた父さんのことを持ち出して、あんなダメ人間になりたくないでしょう、ってヒステリックになるんだぜ」
「うちも似たようなもんさ」山崎が言った。「毎日のように夫婦喧嘩してるよ。しかもそれぞれへの文句を、わざわざおれに聞かせるんだぜ。親父なんて酒飲んで酔っぱらうと、おまえがいるせいで離婚できないんだ、とか言われる。ほんと最悪だよ。世間体とか気にしないで、奥村の両親みたいにきっぱり別れてくれないかな、あいつら」
「子供は親を選べない。おれたちふたりとも、親に恵まれなかったな」
「ああ、そうだな」山崎は同意する。「おれたち似た者同士だな」
「そんな共通点なんて欲しくないけどな」奥村はため息をつく。「さっさと大人になって家から出て行きたいよ。そしたらおれは俳優になってその名を日本じゅうにとどろかせて、有名人になってやる。だれもおれの名が知らないくらいにさ」
山崎は意外だ、と言いたげな顔つきになる。「おまえ俳優になりたかったのか?」
「ああ、そうだ。けど母さんには反対されたな。そんな不安定な職はやめろ。しっかり勉強して安定した仕事をしなさい。だから勉強しなさい、勉強しないさい、そればっか」
「俳優なんてごく一部の人間しか成功できねえ、博打みたいなもんだってテレビ番組で特集されていたぞ。それに顔もよくないと見向きもされないって」
「ならだいじょうぶだな」奥村は自信満々に言う。「おれは顔もイケてるし、運もある」
「ついさっき不幸自慢してたやつが、言うセリフかよ」山崎はあきれ顔になる。「それにおまえ自分の顔が、かっこいいと思っているのか。おれから言わせればふつうだよ」
「いや、かっこいいにきまっているだろ。それにいまが不幸な分、将来は幸運になるはずだ。幸と不幸のバランスは同じだって、有名な占い師がテレビで言っていた」
「うわー奥村、そんな単純馬鹿なやつだったのか。ぜったいおまえ詐欺師にだまされるタイプの人間だぞ。やっぱりおまえは勉強しろ」
「うるせえ!」奥村は勢いよく立ちあがる。「やると言ったら、おれはやるんだよ」
山崎は肩をすくめた。「どうしてそう人生に前向きになれるんだ」
「……前向きになるしかないだろ」奥村の表情が曇る。「おれもおまえも、どうしようもない両親のせいで苦しめられているんだ。だからせめて希望を信じて前向きでないと、心が壊れそうになるから。だからおまえも——」