第一幕 第五場
居留守番の依頼人である、佐久間ヨウヘイが出て行って二時間が過ぎるころになると、時刻は深夜十二時をまわろうとしていた。
おれは居間でテレビを見ながら酒を飲んでいた。
「しかし生ビールはひさびさだ」おれは缶ビールをひとくちのどに流し込む。「やっぱり本物はちがうな。発泡酒や第三のビールはどんなにビールのふりをしていようが、それはしょせんふりだ。偽物は本物にはなれない」
おれに同意するかのように、そばにいる猫のサクラが鳴き声をあげた。
「やっぱりそう思うような」おれはサクラに笑顔を向ける。「それにしてもおまえのご主人様、えらく景気がいいな。こうも気前がいいとは」そこで缶ビールを口にする。「おれもオカルトライターにでもなろうかな」
ふたたびサクラが鳴いた。
おれは眠気からあくびをする。「さすがにこれは長いな。オカルトスポットの取材で一週間ってなんだよ。どこへ行くつもりなんだよ。そういえば行き先はどこなんだろう。知ってるサクラ?」
その問いに対して、サクラはあくびで答える。
「おまえも眠いんだな」おれはくすっと笑うと、机の上に置いておいたスマートファンで時刻を確認する。「そうかもう深夜なんだよな。もう寝るか」
おれはテレビを消して、後片付けをすませると、就寝のため二階へと向かった。そして適当にあいている個室を見繕う。部屋には最低限の家具しかなく、それはビジネスホテルを思わせた。
おれはすぐにベッドで横になると、これからのことを考えた。これから一週間、ここで居留守番をする。留守番ではなく居留守番と言われたとき、最初はとまどったけれども、ただ居留守をすればいいとわかったら、とても単純な仕事だとわかり気楽になった。
家から出てはいけないと言われたとき、最初は不安になったが、よくよく考えると出かける必要がないので問題はない。むしろ住む場所があるのでありがたい。しかもこの家に一週間いるだけで十万近くの臨時収入が得られるのなら、それで満足だ。文句のつけようがない。
それにしてもやけに前の住人の関係者を気にしていたが、何かあるのか?
そういえば、募集要項に喫煙者不可って書かれていたのは、このためだろうか。おそらく猫のいる室内での喫煙は禁止されており、タバコを吸うにはそのつど外へ出なければならなくなってしまう。それでは居留守番の仕事にならないってことなんだろう。
そこまで徹底して、居留守番をさせる理由はなんだろう、とおれは思った。トラブルを避けるためだと言っていたが、はたしてほんとうにそうなのだろうか?
……まあ、いい。そんなこといまここで考えてもわかるわけないし、それに考える必要もないはずだ。
おれは考え事をやめると、そのまま眠りに落ちていった。