第四幕 第四場
依頼人である佐久間ヨウヘイとの通話のあと、おれはすぐに家の中をたしかめはじめた。まず最初は玄関のドアだ。外出する機会がなかったので気づかなかったが、そのドアにはサムターンがなく鍵穴があるだけだ。佐久間の言うとおり、鍵を使わないかぎり、内からも外からもあかないようだ。
玄関以外の出入り口を調べる。やはり玄関のドア同様、サムターンがなく鍵穴があるだけだ。ついで窓を調べる。やはりすべての窓は格子窓となっている。はずれるかどうか、試しにやってみたが、頑丈でとてもはずれそうにない。
ほかに外へ出入りできる場所はないかと探したが、そんなものは見つからなかった。
「この家からは出られないか……」おれは暗鬱なため息をついた。
閉じ込められたのだと実感し、打ちひしがれていると、家の固定電話が鳴り響く。自然とおれの足はそこへと向かっていた。またあの女だろうか?
やがて電話の前にたどり着くころ、留守電に切り替わる。「……もしもし、わたしです。松下アヤカです」
やはりあの女だった。また先生とやらに助けを求めて、この家にかけてきたのか?
「聞こえていますか先生?」女は話をつづける。「そこにいるんでしょう。電話に出てくださいよ」
相手が出るのを期待しているのか、女はしばしのあいだ無言になる。
「どうして先生、わたしを無視するの。こんなにも助けを求めているのに。わたしがまだ、わたしでいられるうちに、電話にでてください。わたしはこの家にいるんです。でも自分がどこにいるのかわからなくて……」
「またこの話かよ」おれは眉根にしわを寄せる。「おまえがこの家にいるわけないだろ。もしいたとしても、どうしてここに電話をかけてくるんだ」
「……ああ、そうか。そうなんだ」女がくすくすと笑い出す。「わたしはここにいる。でもここから出られないんだ。そう、そういうことなんだ」
「ここから出られない?」奇妙な一致に思わず眉根のしわをさらに深くする。
「そうですよね先生。だからこの家にわたしがいる。この家の窓は鉄格子で閉ざされ、その扉はすべて先生が持っている鍵じゃないとあかない。そういう施設だからこそ、たしかに安全かもしれない。先生がそう考えるのもわかります……」
「なんだよ施設って?」困惑が胸の内で渦巻く。「どういうことだ?」
「けどね先生、わたしはたまに家の外にやつらがいるのを見かけるの。やつらに対しては、こんなことをしても無駄なの。おかまいなしに侵入してくる。だから先生、わたしをここから出して。早くわたしを助けてください。手遅れになる前に——」
突如として留守電の音声に雑音が混ざりはじめたかと思うと、電話が切れてしまう。
おれは不安な面持になっていた。この家に女がいるはずない、とわかっていても、ついあたりに視線を走らせてしまう。
女が語るその内容は、あきらかにこの家の特徴を言い当てている。この女がこの家を知っているのは確実だ。いったいここで何があったのだろうか?




