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居留守番  作者: 又吉大吉
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幕間 その三

 おれは忍び足で相手に気づかれないよう、例の部屋の前へとやってきた。ゆっくりとドアののぞき窓に目をあてる。するとそこにはひとりの女性が部屋の中を、行きつもどりつしていた。そのため視界に現れては消え、そしてまた現れる。それが繰り返される。


 おれはその動きに合わせながら、相手をつぶさに観察する。その女はうつむきながら歩き、寝癖がついたかのようにぼさぼさになった長い髪を、顔の横から垂れ流しているので、その顔がよく見ない。格好は白いパジャマのような服を着ており、そのためその姿は、話に聞いていたよりも不気味に思えた。


 おれは好奇心から観察をつづける。女はときおり足を止めては何かをつぶやいたり、壁の前で立ち止まったかと思えば、そこへ頭を何度もぶつける。さらには突然叫んだかと思えば、何かにおびえるように部屋の隅でがたがたと震える。


 あの話はほんとうなのだろうか、とおれは疑問に思った。あの女は死んだ人間を、幽霊を見ることができる。にわかには信じがたいことだ。こうしてその姿を見ると、幽霊が見えてしまうから、頭がおかしくなったのか。それとも頭がおかしいから、幽霊という名の幻覚を見てしまっているのか。そのどちらなのか観察しているかぎりでは、その判断はできそうにもない。


 女は部屋にあった椅子に膝を抱えるようにして腰掛けると、その体を前後に揺らしはじめた。そのため床がきしみ、ぎしぎしと不快な音を発する。それがおれを不安な気持ちにさせた。


 ふいに女は動きを止めると、壁のある方向へと顔を向けた。何事かと思い、注意深くその様子を見守る。すると女が見ているほうから、床がきしる音が聞こえた。


「こっちに……来ないで」だれもいないはずの壁に向かって、女が弱々しい声で言った。


 いったい何が見えているんだ、とおれはいぶかしむ。幽霊、それとも幻覚か?


 ふたたび床がきしる。そしてまたきしる。さらにまた。まるでだれかが、女のもとへ歩いていくかのように、一歩、また一歩進んでいくように聞こえる。


 まるでこの部屋に、女以外のだれかがいるかのような雰囲気に、おれは背筋がぞっとするような思いで見つめていた。自然と冷や汗がほほを伝う。


 やがてきしる音がやむと、女がおそるおそるといった様子で、顔を下から上へと動かす。あたかも目の前にだれかがいるかのように。そしてそこにいるだれかと目があったのか、突然甲高い悲鳴をあげた。


 その叫び声におれは思わず小さな悲鳴をあげると、後ずさってしまう。いつのまにか浮き出た額の汗を拭うと、ふたたびのぞき窓に目を合わせた。


「……あれ」おれは小さくつぶやいた。


 女の姿が消えていた。のぞき窓から見える範囲にその姿はなく、視界の外にいるのではないかと思い、のぞき窓に顔をぎりぎりまで近づける。するとつぎの瞬間、血走った目が突如として目の前に現れた。


「わたしを助けてよ!」ドア越しに、女の悲痛な叫び声がくぐもって聞こえた。


 それを聞いた瞬間、おれは悲鳴をあげてしまう。

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