第三幕 第五場
助けて、そのことばが頭から離れない。何度も何度も頭のなかで繰り返されてしまう。これもすべてあの電話の女のせいだ。あの女が不気味なことを留守電に吹き込むから、こんなことになっている。
電話の女はたしか自分のことを、松下アヤカと名乗っていた。その松下なる人物の話の信憑性はともかくとして、この家に電話をかけてくるということは、ここに自分を助けてくれる先生なる人物がいると思っているからだ。
「先生、いったいだれのことだ?」
依頼人である佐久間ヨウヘイはオカルトライターであり、先生と呼ばれる可能性は限りなく低いはず。だとしたら考えられる可能性はなんだろう?
「……前の住人」
そうつぶやいた瞬間、佐久間が話していたことを思い出す——『わたしの知人や友人がここを訪ねてくることは、まずありえません。もしだれかやってくる人がいるとしたら、前の住人の知り合いか何かでしょう』
その答えに行き着くと、過去にこの家で何かがあったのではないか、と考えるようになる。だから松下という女は、この家に電話をかけてきているはずだ。もしそうだとしたら、先生なる人物はここで何をしていたのだろう?
どうにか考えてみるも、答えはわからない。そのため手がかりを探して、家の中を調べてみることにした。まずは一階を見てまわるも、手がかりらしいものは何もなく、ついで地下室を調べる。だが何も見つからない。そのためおれは二階へと向かった。
二階にある個室を見てまわる。はじめは自分が使用している部屋からだ。部屋は簡素で特に怪しいものはない。なのでつぎの部屋を調べるために外へ出ようとドアに向かったそのとき、あることに気づいた。この部屋のドアにものぞき窓がついているのだ。試しに部屋の中からのぞいてみるも何も見えず、外からのぞくと見えるようになっていた。
「……これはいったい、どういうことだ?」
さらにあることに気づいた。この部屋のドアには、内側からつまみをひねって鍵をかけるためのサムターンがなく、そのあるべき場所に鍵穴があるだけだ。いままで鍵をかける必要がなかったので、気にしていなかったが、これはあまりにも不可解だ。
ほかの部屋のドアも調べてみると、自分が使用してい部屋と同じで、のぞき窓があり、サムターンがなく、内側からも外側からも鍵を使用しなければ、施錠できない造りだ。ドア以外で怪しい箇所がないか部屋の中を探してみるも、特に何も見つからなかった。
鍵のかかっていない部屋を調べ終え、残すは鍵のかかっている部屋だけになった。鍵のかかっている部屋は全部で三つ。その内ふたつはほかの個室同様にのぞき窓がついている。試しにのぞいてみたが、夜のため室内は暗く、中の様子は観察できなかった。
最後に二階のいちばん奥にある部屋へと向かう。そこにはのぞき窓はなく、中の様子はわからない。ドアに耳をあてがうも、何も聞こえてくる様子はなかった。
これ以上、何かを調べることはできない。しかたなしに自分が使用している個室にもどると、その日はそのまま眠りについた。




