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落涙花〜生還率0%からの起死回生  作者: 末富遊(ゆう)
第一章:流される人生を送ってきた奴らへ
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戦争は演劇である

 青年は、とある大規模武装団の領地で生を受けた。親の顔は知らない。物心がついたときには武装団が運営する兵士養成所にいた。


 生きるとは、耐えること。


 それが青年の人生定義だった。

 兵士につきものの、あらゆる困難を、青年は黙然と耐え続けた。

 昼夜問わず行われる過酷な訓練。武装団員の先輩からの後輩いじめ。日々繰り返される激務。

 その中でも一番の苦痛は、人を傷つけなければいけないことだった。敵と対峙する度に、相手の立場に想いを馳せてしまう自分がいた。


 こいつにも、大切な仲間がいるのではないか?

 仕方なく命令に従っているだけなのではないか?

 本当は紛争なんてやりたくないのではないか?


 一度考え始めると止まらなくなる。

 それでも武装団の任務にあっては、自分の気質などは考慮されない。生きる為には、戦い続けるしかなかった。


『戦争は演劇だ』


 当時の武装団のボスはそう言った。そして、自分と同じく人を傷つけることを躊躇う少年兵たちに、戦い続ける為のアドバイスを施してきた。


『誰かを演じろ』

『我が武装団には手本にすべき兵士が大勢揃っている。状況に応じて、適切だと思う兵士のことを思い浮かべろ。そして、そいつになりきれ』


 その為の特殊訓練までさせられた。

 自分と違う誰かを演じることは思いのほか高度な技術を要した。実践してみると、『自分を他者だと思い込む』というような生易しいものではないことを思い知らされた。演じる対象の、表情、声色、しぐさなどの細部を想起し、それらを脳の随にまで刷り込んでいくような努力が必要だった。


 技術を身につけた青年は、戦場という舞台で、殺戮者を演じ続けた。

 混迷の時代である。太平洋側の各地には数多の武装団が跋扈しており、紛争が絶えることはなかった。当然、戦場での時間の比重が大きくなる。次第に青年は、いざ日常に戻ってからも、演じた役に引きずられ、本来の自分になかなか戻ることができなくなっていった。


 初めて戦場に出た十二歳の頃から、そんな暮らしが三年間続いた。

 気がついたときには、本当の自分がわからなくなっていた。

 青年は、誰かの魂を入れる為の、無機質な器のような人間になった。


 転機が訪れたのは一年前。十五歳になった秋の頃だった。


 生まれた時から所属していた武装団が内部分裂を起こし、崩壊した。無所属となった青年は、数ヶ月間の貧民生活を経て、現在の中堅武装団のボスにスカウトされることとなった。

 現武装団のやり方は、他とは一風変わっていた。『探求』を理念に掲げ、農業を基盤に組織を運営しつつ、その活動の大半を先代文明が残した地下遺跡を探索することに注いでいた。


 その活動方針は青年の性に合っていた。青年は生来より好奇心旺盛な性格で、日々の探求活動に熱中した。古い文献を読みあさり、西へ東へと地下遺跡の調査に赴き、先代文明の謎を考察した。


 生まれて初めて、身体と心が一致したような感覚を覚えた。そして、仲間もできた。感情豊かな彼ら彼女らと生活するなかで、青年は人間らしい感情を少しずつ取り戻していった。


 それでも完全な心の平静が訪れたわけではない。


 心に余裕ができたことで、今まで犯した罪に目を向けるようになり、罪悪感に苦しむようになった。

『お前はあのとき逃げるべきだった』

 強い後悔に苛まれた日の夜は、きまって死者たちに叱責される夢をみた。


『お前はさっさとあの武装団を離脱するべきだった。優秀なお前なら、選択肢はいくらでもあっただろう? 野に臥し、盗賊となってもよかった。日本海エリアに亡命する手もあった。廃墟街の貧民として細々と生きる手もあった』

『お前の余裕のなさが、俺達を殺したんだ』

『人生は耐えることだと? 耐えて、耐えて、耐え続けて、お前はどうなった? 武装団の殺人ロボットとなって、俺達を殺しにきたじゃないか』


『俺達はお前を許さない』



『今回ばかりは紛争に参戦せざるを得なくなった』


 先週、ボスからそのこと告げられたとき、頭に真っ先に浮かんだのは『天罰』という言葉だった。


 天罰が下るかもしれない。


 あれだけの人を殺すことに加担したのだ。自分のような人間が人並みの幸せを享受できるとは思えない。明日の紛争は、自分にとっての裁きの場となるのではないか。


「おにーちゃん」


 耳元で少女の声がしたとき、青年は我に返った。

 秋風が頬を撫でる。眼前の廃墟外壁に蔓延る耐陰性植物の葉がさらさらと揺れた。


「明日の紛争……生き残ったら、ぜったいキスするんだからね」


 紛争の期日が決定して以来、二人きりになる度に言われる言葉だ。青年は苦笑いを浮かべてから、

「またそれか?」

 と昨日と同じように返答した。

「うん。何度でも言っとかなきゃね。いざという時、しっかり思い出せるように」

 いつもの可憐な笑みを浮かべながら、少女も昨日と同じ言葉を返してくる。


『約束』を交わすことが、紛争で生き延びる為の秘策。


 少女が尊敬している女性先輩兵士の考えだった。


『あたしね、むかし紛争のときに致命傷を負ったことがあるの。それで、生死の境を彷徨ったことがあってさ』

 先輩兵士は、彼女特有のハキハキとした物言いで、自身の体験談を聞かせてくれた。

『真っ白い世界だったわね。だだっ広い雪原みたいに。でも、しばらく歩いていたら黒い井戸が見えてきてさ。なぜかわかんないけど、そこに入らなきゃって思ったの。きっと、あのとき、井戸に入っていたら今頃あたし死んでたよ。でも、ギリギリのところで、現世でダーリンと交わした約束を思い出してね。無事に一命を取り留めることができたの』


 前の武装団で口にすれば鼻で笑われそうな秘策だが、今は心強く思えてくる。


 ……死ぬわけにはいかない。


 青年は少女を抱きしめ、決意を奮い立たせた。

 もはやこの命は自分一人のものではない。自分が死ねば少女が悲しむ。


 ましてや少女は、過去に最愛の恋人を喪うという辛い経験をしている。もう二度と、同じ苦しみを背負わせたくはない。


 青年は廃墟で細長く切り取られた空を仰ぎ見た。

 心地のよい秋空は、いつのまにか重苦しい曇天に変わっていた。

「……紛争なんて起きなければいいのにね」

 胸のなかで、少女がぼそぼそと声を漏らした。涙声だった。

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