桃おじいさん(三十と一夜の短篇第21回)
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは夜まで死ばかりを、おばあさんは川で選択をしていました。
「もうこんな時間かの。夜まで死ばかりじゃった」
死ばかりとはどういう状態なのか、よくわかりませんが、おじいさんはおじいさんは、夜まで死ばかりをしています。
一方その頃おばあさんは、川で選択に迫られています。
「も、桃じゃぁ。川を桃が流れて来よった」
拾うか拾わないか。
川上から流れてくる桃。迷うおばあさん。
「危ないかしら。拾うべきじゃないかのう。きっとこれで怪我をしたら、おじいさんを心配させてしまうし、迷惑にもなってしまうわい」
やっと選択をして、おばあさんが帰ろうとしたところ、大声が聞こえてきました。
「桃じゃぞ! ばあさんや、桃じゃあ!」
間違えなくおじいさんの声でした。
おじいさんの好物は、そういえば桃だったのです。
「危険じゃ。おじいさん、諦めるのじゃ! 桃ならば、街で買えば十分なのじゃから、ほら、危ないじゃろ。命よりも大事なものなんてないのじゃぞ!!」
叫びは聞こえていたはずだが、それでもおじいさんは動く気配がありません。
桃にしがみ付いて、決して放そうとしません。
どこまで行っても、流されていても、手を離しません。
「わしは諦めないのじゃ!」
諦めないことが、何よりも大切だとでも言わんばかりに、おじいさんは桃を放しはしないのでした。
決して、決して……