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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第五章 砂に埋もれた神人の話
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戦士の間

 

 宝物庫から出ると、細く暗い一本の通路が続いていた。

 カイは手にした蝋燭の灯りを頼りに、人と擦れ違う事も出来ないくらいの狭い通路を静かに進んで行く。


 壁や天井は相変わらず、砂漠の砂と同じ色の岩石を切り出しただけの、すこぶる味気無い代物で、歩けど歩けどその単調で寒々とした有様は変わる事が無かった。しかしその単純な造りのお陰で、罠などがあった場合に見つけ易いとも思えた。

 エンドゥカの住処に入ってから今に至るまで、何とか無事でいられたが、此処から先もやはり油断は禁物だ。蝋燭で足元や天井を照らしながら慎重に歩みを進める。


(…………ん……?)

 歩いているうちに、ふと思った。

 この細い通路は何となく、緩い下り坂になっている気がする。あくまで体感なので断言は出来ないが、もしそうだとしたら──

(あれだけ降りて来たのに、まだ下に行けと言うのか)

 カイは半ば呆れながらも、その通路をひたすら進み続けた。



 延々と歩かされるのだろう、と覚悟していた道行は、思ったよりも早く終わりを遂げてくれたようだ。

 蝋燭の灯りは自分の一歩か二歩程度の範囲しか照らさないので、光で淡くなった闇の中に突然扉が現れた時は少しだけ驚き、それから心底ほっとした。


 扉は頑丈な金属製で、鈍く光る暗灰色の表面にはびっしりと文字の様な文様が刻まれている。ひやりと冷たい扉に耳を当て、中の様子を伺う。


 何も聞こえてこないので、カイは扉の取っ手に手を掛け、まず開くかどうかを調べてみた。鍵はかかっていないようだ。静かに、そして慎重に、細く扉を開け、隙間から覗き見る。中は暗く、何があるか良く見えない。取り合えず直ぐに襲って来る様な生き物の気配は無いので、入ってみる事にした。


 カイが部屋に入った途端、部屋が明るくなった。どうやら壁に松明が幾つも掛けられており、それに火が点いたのだ。

 明るくなった事によって室内の状況が分かった。この部屋は円形状で、非常に狭い。壁と天井はまた今までと同じだが、床には灰色の石のタイルが敷き詰められている。


 そして──

 入ってきた扉の丁度真向かいの壁際に、人間が一人(うずくま)っていた。


 それを見つめながら、カイが蝋燭の炎を吹き消す。


 やがて蹲っていた者がゆっくり立ち上がり──


 革の鎧と盾と剣。


 戦士の武装をした人物が襲い掛かって来た!



 その戦士はカイと同じ位の年齢で、褐色の肌と刈り込んだ黒髪が、エルアガの人々を想起させる。筋肉質で屈強な体躯からも、肉食獣の様な鋭い双眸からも、歯を剝き出した薄い口元からも、抑える気の無い敵意が満ち溢れていた。


 白いトーガの上から装着した革鎧は真新しく、手にした丸盾と湾曲した奇妙な剣もまっさらの新品に見える。格好だけ見れば、たった今武器を与えられた新米兵士の様に見えるが、放たれる殺気は相当なものだ。


「待て! 害意は無い!」

 第一撃を躱しながら叫ぶも相手は反応を示さない。

「エンドゥカと話をしたいだけだ!」

 祠の主の名を出しても反応は無く、聞いた事の無い言葉で喚き返された。

(言葉が通じない!) 


 ここはエルアガではないから当然なのかもしれないが、念話の主とは言葉が通じていた筈だ。動く亡者ですら分かる言葉で喋っていた。なのにこの状況で態々(わざわざ)対話の出来ない者を出して来るとは。そうそう都合良く通しては貰えないらしい。

 戦うしかなさそうだが、命を無下に奪いたくは無いし、奪われたくも無い。そもそも勝てるかどうかも分からない。何とか相手の戦意を喪失出来ないか、と考えを巡らせる。

 

 一応手段はあるのだが、出来れば話し合いで場を治めたかった、などと考えてしまう。だがそうしている間にも、戦士が何度も襲い掛かって来ようとするので、余り悠長にはしていられない。

(……やってみるしかない、か……) 

 仕方なくカイは、攻撃を防ぐ為に剣を抜いた。突発的な戦闘に心の余裕を持っていられるのは、ジグムントによる訓練の成果である。人並外れた彼の動きに慣れた事で、目の前の戦士の挙動を読むのは意外と簡単だ。剣を強く弾き返し、寸での所で躱して空振りさせたりと、相手の疲労を蓄積させてから、壁際へ誘い込む様に動く。


 戦士は怒りを露わに突進してきたが、カイがマントを大きく翻して向きを変えた為、一瞬視界を遮られた挙句、次の瞬間には壁に激突しかけて足を乱した。その好機を逃さず、カイが彼の手を素早く蹴り上げる。  


 不意を突かれた戦士の手から剣が飛んで行った。だが彼は武器を追いかけようとせず、もう片方の手にある盾を前に突き出してカイの打ち込みを防ぐと同時に、盾ごと体当たりをしてカイの体を弾き飛ばそうとした。しかし膂力(りょりょく)はあっても素早さはカイの方が上だ。身を翻してあっさりと躱すとカイは戦士の足元を掬って転ばせ、間髪入れずショートソードの切っ先を彼の眼前に向けた。


 戦士はしばらくカイと睨みあった後、盾を放り出して両手を広げて見せてから、ゆっくりと命乞いの仕草を示した。カイはそれに応じて頷き、ショートソードを鞘に納めて後退(あとずさ)る。戦士は同じ姿勢のまま脱力し、その場にへたり込んだ。その様子で戦意を喪失したと判断したカイは、彼から視線を外して部屋を見回す。


 入室した時は気付かなかったが、丁度戦士が蹲っていた位置に扉があった。始めから存在していたかは怪しいところだが、兎も角、戦いに勝利して先へ進む権利を得たのには違いないだろう。そう考えながら、念の為に戦士を見遣る。

 戦士は床に座ったまま動かず、黙ってカイを見守っている。

(あの様子なら大丈夫かな)

 あれだけ分かり易く放たれていた殺気が微塵も感じられないし、隙を見せても動く気配が無い。ならば後は、この部屋から出て行くだけだ。


 先へ進む為、扉に向かって歩き出したカイが戦士へ背を向けたその瞬間、彼は素早く立ち上がって剣を拾い、叫び声をあげて突進して来た。

(!!) 

 再びギリギリで剣を躱し、突き出された腕を捉え、相手の勢いを利用して壁に強く叩き付ける。だが相手は一瞬だけ顔を歪めただけで、雄叫びを上げながら再び襲い掛かって来た。

 

 流石に恐怖を感じたカイは、ショートソードの平らな面を彼の鳩尾辺りに強く叩き付けた。ジグムントから、命を奪う事無く相手を行動不能にさせる方法を聞いた所、剣の平面で急所を叩けと言われたのだ。首を絞めつけて失神させる手もあるが、加減を間違えると窒息させてしまう恐れがあるから、こちらの方が良い、と。

 

 鳩尾を叩かれた戦士は腹を押さえて前のめりになったが、驚くべき気力で顔を上げ、カイを睨みつけた。やがて口から泡を吹いて血走った目を見開き、狂人の如く滅茶苦茶に剣を振り回して突進して来る。カイは再びショートソードの平面で、今度は戦士のこめかみを打った。その瞬間、戦士は脳震盪を起こして膝から崩れ落ち、床の上に伸びた。


(……大丈夫……か?)

 こわごわと近づき、倒れた戦士の状態を見る。

 気絶している事を確認して、(ようや)くカイは額の汗を拭った。


 何とか終わった様だが、あの気力や体力を考えるとゆっくりしてはいられない。倒れた戦士が再び起き上がる前に、さっさとこの場から消えた方が良いだろう。

 カイは先へ進む扉の前に立ち、取っ手を掴んで開いた。 

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