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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第五章 砂に埋もれた神人の話
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悔恨の小径

 地下への階段は長く、何処までも続いている様に感じられた。


 岩石で出来たその階段は思いのほか頑丈で、足場が崩れる心配は無さそうだ。だから安心して進んで行けると思いきや、別の問題が足を引っ張った。

 と言うのも、この階段、造りこそしっかりしているが、天井が低く左右の壁も迫っており、通り抜ける為の空間が非常に狭いのだ。それ故に低く屈み込む窮屈な姿勢で下りて行かねばならず、カイは蝋燭の火を消さぬよう、マントの(すそ)を踏まぬよう、常に気を配り続けた。


 無理な姿勢で気を張った状態の中、蠟燭の光は僅か一歩先を照らすのみで、自分がどれ位の距離を下って来たのかも、この先に何が待ち受けているのかも全く見当がつかない。ただ只管(ひたすら)暗く狭い階段を延々と下り続けるうちに、不安が沼底の泥の様に溜り始め、これは本当にエンドゥカの住処へと続いているのか、ひょっとしたら永遠に辿り着く事は無いのではないか?などと言う考えに囚われかけた。


(弱気になるな!)

 己に(げき)を飛ばして、その足が地上へと戻ろうとするのを何とか(こら)え、何か違う事で頭の中を満たし、この場をやり過ごすことにした。


 バスティアス・トゥルギスはエンドゥカに会い、無事に戻って来た、とワリディヤから聞いた。

 彼の逸話を読む限り、非常に奇異な行動を取る人物ではあるが、中身は自分と同じ人間の筈だ。その彼が言葉を交わし、再び地上に戻って来る事が出来た。それはエンドゥカが意思の疎通が成り立つ存在だと言う証に他ならない。ましてや他の神人の居場所と言う、かなり有益な情報を与えてくれる程に。 


 そもそも、四人の神人達は全知全能の筈なのに、己の血肉を狙う者達に対して何も対抗手段を取らないまま、ただ逃げて来た、と歌に記されているのが不思議でならなかった。


 歌の中で一番攻撃的な意思が読み取れるのがエンドゥカだが、付近の町に住む人々はその存在を畏れてこそすれ、近寄りさえしなければ何事も起きないらしく、常日頃から怯えて暮らしているといった様子は特に見受けられなかった。積極的に町まで襲撃しに来る事は無いのだろう。

 住処に近づいた時に毒虫に襲われる危険があるが、その場所には柱の形をした岩などの目印があり、そこに近づかなければ良いだけだ。


 自分が狙われてもただ逃げるだけで、一方的に攻撃して来る事も無い……断定は出来ないが、神人達はかなり温厚な性質なのかもしれない。

 ならば臆する事は無い。こちらに害意が無い事を示し、訪れた理由を話して理解を得よう。

 そう考えながら下り続けていると、ようやく階段の終わりが見えた。



 狭い階段を下り切った場所は真四角の何も無い小部屋で、その壁や天井も砂と同じ色の岩で出来ている。階段の対面の壁には、細かい文様が織り込まれた大きなタペストリが垂れ下がっていて、(わず)かに揺れる布の様子と時折見える隙間から、その先に通路が開けているのが分かる。

 カイはタペストリを片手で(めく)り、蝋燭の火に気を付けながら素早く(くぐ)り抜けた。



「!?」


 潜り抜けた瞬間、視界全てが赤くなった。禍々しい程に赤い光が、その部屋を照らしている。咄嗟に天井や壁に目を走らせるが、不思議な事に、松明やランプ等といった光源となる物が見当たらない。

 タペストリ一枚で仕切られたその景色の、余りの変わり様に狼狽えるカイだったが、すぐに別のものに目を奪われた。


 目の前の床に、恐ろしい形相の人間が仰向けに倒れているのだ。


 驚きつつもよく見ると、それは既に事切れている(むくろ)であった。腐敗する事なく乾いて固まり、土で作られた人形の様な見た目となっている。 

 指を鉤爪の如く折り曲げ、胴体や四肢を捻じってもがき苦しむその姿は、今まで見た事の無いほど凄まじい有様だ。


 そしてそれは一体ではなかった。


 何十体もの骸が──あるものは地面を這いずり、あるものは壁に(すが)りつき、またあるものは天井から吊るされた姿で──苦悶と恐怖に満ちた表情を浮かべており、まるで罪人が死後に墜ちる奈落の光景そのものにしか見えなかった。


(何故この様な……一体、何をどうしたらこんな目に遭わされるんだ?)


 凄惨なその光景に心を痛めながら、カイは周囲に視線を走らせた。ここは人が三、四人ほど横並びに立てる広さを持った一本の通路となっており、およそ三十歩ほど進んだ先に扉が見える。天井は高く、左右の壁には知らない文字が刻まれている。骸はこの通路に(あふ)れかえっているので、先へ進むには彼らの合間を抜けて行くしかない様だ。


 意を決し、なるべく彼らを踏まない様に進もうと、足を一歩踏み出したその時、転がっていた骸が突如起き上がり、カイの足にしがみついた!

「!!」


 絡みつく骸の腕を振り払い、後ろへ飛び退る。同時に剣の柄へ手を伸ばして身構えるが、その骸はそれ以上襲ってくる様子は無い。しかしそれが合図となったかの様に、骸が一斉に動き出した。緩慢なぎこちない動きで、首を捻り、頭を(もた)げ、既に失われ(ただ)のくぼみと化した眼を向けて、全ての骸がカイを見たのだ。

 その余りのおぞましさに、背筋に悪寒が走り、少しだけ膝が震えた。


(罪深き者よ!)


 唐突にそんな言葉が頭の中に響いた。それは地の底から聞こえて来る様な低く重い声で、獣の唸り声にも良く似ていた。心臓が跳ね上がる程に驚き、辺りを見回したが、声の主はこの場には居ないようだった。


(己の心に問いかけよ!)


 再びそんな言葉が響いた。間違いなく念話だろうが、一体何処から話しかけているのか分からない。

 念話の声は続いた。


(一度たりとも嘘をついた事は無いか)


(殺した事は)


(盗んだ事は)


(ここにあるのは裁かれた者共の成れの果て)


(欲に負けて命を落とし、悔恨にのた打ち回る亡者の姿は、この先へ進むお前の未来だ)


(絶望と恐怖を味わいたくなくば早々に引き返すが良い!)

 

 叩き付ける様な言葉の後に、骸達が一斉に口を開いた。舌を失いただの空洞と化した口──そこから聞こえて来たのは、驚く程に鮮明な人の声であり、心を(えぐ)る様な言葉であった。


「逃げただろう!」

「見捨てただろう!」

「一人のうのうと生きている!」

「夢や希望を持っている!」

「お前だけが死を免れた!」

「お前だけが苦しまなかった!」


 始めに感じたのは心臓を掴まれる様な胸の痛みだった。

 次は頭のてっぺんから血が引いた事による眩暈。

 今まで誰からも直に言われる事は無かった。それは彼等にとって他人事だったからに過ぎない。ロゼリアの婚約者であるハイネマンでさえ、言いかけた言葉を飲み込んだ。


『お前は何も悪くない。自分を責めるのは止めなさい』

 養父のアレクサンダー・ワイズに何度もそう言い聞かせられ、自分自身も誤魔化しが上手くなっていた。

 しかし目を逸らす事に成功していても、存在そのものが消える事は無い。 

 (にわ)かに突き付けられた己の罪。その重さに負けてカイは思わず目を閉じた。


 やはり駄目なのだ……少しでも夢を抱いた事が。確かにそれがあの結果を招いた。エミリー……君と喧嘩をしなければ……気持ちに気付いていれば。……許されないのだ。一人だけ生き残っておいて、のうのうと夢を持つ事が。……いや、生きている事そのものが……。


 打ちのめされ、暗転しかけた心の隅で、僅かに抵抗する意識があった。


『今ここで全部投げ出すのか? それじゃ意味が無いだろう! この場所に来た目的が何なのかよく考えろ!』

 年を経て経験を積んだ今の自分が、必死に叫んでいる。


 神人に会いに来た目的は、彼らの持つ力で第三王子の病を治して貰う事だ。 

 それは恐らくアゼラ国の未来に関わる重要な使命だろう。国の未来と言うのは、つまりはそこに住む者達の未来でもある。自分と、自分に関りを持った者達と、さらに彼らに繋がる者達と……。


『やるべき事があるって分かるだろ? じゃあ今じゃない(・・・・・)!』




 それからほんの僅かの時、カイは心の中で懸命に訴えた。


(罪はある……。だが今じゃない。此処でも無い。まだ終わってない……やるべき事がある)

 

(だから通して欲しい。全て終わらせたら……その時に償うから。必ず償うから)


(お願いだ! 先へ進ませてくれ!)


 懇願と同時に骸達の動きが止まった。口を閉じて黙り込み、襲い掛かる事も無く、その場で固まったまま動く様子は無い。ただ視線が──骸達の数だけある、落ち(くぼ)んだ二つの眼窩(がんか)が、じっとカイを睨み続けていた。


 カイはその短い小径(こみち)を、(うつむ)き、足を引き摺りながら、それでも先へ進もうと言う強い気持ちで、骸達の合間を縫って奥の扉へと歩いた。

 

(後悔するぞ)

 扉の前に立った時、念話の主は唸る様にそう言った。声の響きから感じ取れるのは怒りの感情だ。だがどんな脅し文句を言われても、カイの気持ちが動く事は無かった。

 今更、全てを終わりにしたところで帰って来る者は居ない。だったら目的を果たした方が幾らかまし(・・)と言うものだ。


 大きな一枚岩で出来た扉は、どこにも取っ手らしき物は見当たらず、横にも手前にも引く事が出来ない。

 ならば取るべき動作は一つだけ。

 カイは扉を押し開けた。

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