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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第四章 失われた手記
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激怒

 あまりにも唐突に、途方も無い事を言われたカイは、すぐには返事が出来なかった。しかし黙ったままではきっと、この理不尽な依頼を引き受けた事にされてしまう。


「誠に申し訳ありませんが……お断り致します」

「何でもやるのが便利屋だろう。やれ」

「出来る事だけ、です。流石にこれは無理だ。出来ません」

「どう言い訳しようと、断ると言う選択肢はお前には無い」


 ここぞとばかりに無慈悲な態度を見せるハイネマンに、忘れていた怒りが再び湧いて来る。冷静になれ、と自分に言い聞かせ、どうにかその場を凌ぐ為の上手い言い訳を捻り出そうと、頭を働かせた。


「引き受けるにしても問題が……どうしても調べるべき事があるのです」

 咄嗟にある事を思い出し、如何にも困った風を装って、そう切り出す。

 ある事とは、アルマ村に悲劇をもたらした、あのアンデッドを生み出した謎の薬に関わる事だ。

 海を隔てた国からやって来たミゲルと言う人物は、その薬を持ってとある場所で人と待ち合わせ、仮面を着けた老人と会う予定でいた。その待ち合わせ場所──『ケタムの笑い狢亭』についての情報を、ヘンリーに頼んでいたのだ。


 リルデンへ戻ってすぐにここへ連れ出されてしまったから、その事を尋ねる暇が無かった。自分には直接関係無い事と言えばそれまでだったが、しかし、今改めて思い返すと、この謎の薬に関する事柄は、今回の事件に何処かで繋がっている様に思えなくも無いのだ。

 ハイネマンが食い付く事は想像に難くない。利用しない手は無いだろう。村人失踪の鍵を握る人物が分かるかもしれないこの好機に、遠く離れる訳にはいかない。

 

「なあ、ヘンリー、調べておいてくれたか? ほら、例の……」

「うん? ……ああ、あれか。それなら」

「ケタムの笑い狢亭なら調べても無駄だぞ」

 ヘンリーが何か言いかけた瞬間、全てを見透かした様な口調でハイネマンが遮った。


 何だかんだ言っても付き合いの長いヘンリーの、僅かな良心に期待したのだが、どうやら無駄だったようだ。彼はカイから聞いた話の全てを逐一ハイネマンに報告していたらしい。ハイネマンはあっさりとカイの目論見を阻止してしまった。カイの落胆をよそに、彼は続けて驚くべき事を口にした。


「店主ごと燃えて消滅した。火の出所は不明だ」

 店が店主ごと燃えてしまったのには驚いたが、それ以上の失意と苛立ちが胸中に押し寄せて来る。「君は心置き無く旅立つ事が出来るよ」と笑顔を見せるクロードにも嫌悪感を抱いてしまう程に。


 カイは俯き、歯を食いしばり、低く恨めしげな声を絞り出した。

「初めから何もかも分かっていたのですか……アルマ村の事も、異国人の薬の事も」

「いや、アルマ村については全くの偶然だ。まさかあんな物が絡んでいるとは思わなかった」

 既に魔法省が動いているのでこちらで調べる必要は無い、と付け加え、ハイネマンは話を切り上げた。

 

 何が何でも、自分をランベアールギエナへ追いやりたいのか。その意地の悪さに、カイは拳を硬く握りしめる。

「そうですか。意趣晴らしだったとは言え、お役に立てて何よりです」

 カイが嫌味たっぷりに言うのを、ハイネマンは意外な程に真摯な態度で返してみせた。

「……私がお前に依頼を繰り返したのは、何も憂さを晴らす為ではない。あの村の生き残りであるお前をいわくありげに行動させて、疑わしき人物達の動向を探っていたのだ」


 まずはセレノア村の事件に似たものを選び、調査させる。次は少し遠方の土地へ赴かせ、何処で誰がどう反応するか観察する。すると、たったこれだけの事で、既に幾人かの者達が動きを見せていた。

 王子暗殺や村人拉致の首謀者を明確にするには、まだ判断材料が足りないが、それに辿り着く足掛かりにはなったと言う。


「お前の行動は役に立った。そればかりか、随所で有能な働きも見せた。そこは評価しよう。だが、まだ十分では無い。持てる力の全てで神人を探し出せ」

 それはきっと今までに無い、長く困難な旅となるかも知れない。しかし同時に最も重要で、最も偉大な任務でもある。成し遂げた暁には相当な名誉が与えられるだろう。

 ただし、報酬に関しては期待してくれるな、とハイネマンは言う。

 

「残念だが今の私は財が底を尽いていてね。もう、大した金額が出せん。だが出来得る限りの支援はするつもりだ」

「どこぞの魔術師がえらく吹っ掛けちまったからですねぇ」

「おや、私の所為だとでも?」

「いや、此処を見つけるのに時間と費用が掛かっただけだ」


 いつの間にか三人のたわいも無い会話が始まってしまった。老人は相変わらず居眠りを続けており、カイだけがその場に取り残されていた。


「いやはや確かに、よくぞ我が住処を見つけられました。感服致します」

 クロードが意味ありげな笑みを浮かべ、それからふと思い出した様に話題を変えた。

「ところで……最近御飼いになられた獣はどうしておりますかな?」

「……ああ。問題無い」

「御気を付けなさいませ。役に立つともあれは猛獣。心を許せば噛み付かれる恐れが御座います」

「その様な事は決して無いのだが──」


「待ってくれ……」


 どうでもいい会話が続く状況に耐えきれず、絞り出したその声は随分と震えていた。両足を踏ん張って立ち、下を向いたまま、カイは言葉を続ける。

「あまりに一方的だ。この依頼は、ここで手を引けと同様に聞こえる」

 それは激情を押し殺すあまり、もはや囁きの様にしか聞こえなかった。言葉使いに至っては考える気も起こらない。それ程にカイは激怒していた。

 

「手を引けとは言っとらん。お前にはお前の役目がある。それが神人を探し出す事だ」

「此の期に及んで呑気に旅に出ろと言うのか!!」


 両親。友達。親しい人々。故郷の地で送る平穏な人生。その全てを失った時から、何がそれを自分にもたらしたのか、解明する事だけを目指して生きて来た。働いて金を稼ぎ資金を貯め、書物を読んで知識を積み、空いた時間は剣の稽古に注ぎ込む。成長して独立してすぐ動き出せる様、何があっても何を言われても続けて来た。

 一介の平民にはそうやって地道に進む方法しか無かったからだ。


 それがここまで辿り着けた。村人失踪の謎を解き明かし、首謀者の手先かもしれない人物に、あと少しで手が届く所まで。もし自分一人だけだったら、どれ程の時間が掛かった事だろう。

 ましてや過去見の能力を持つ魔術師に逢えて、更に協力を得られるなんて、奇跡としか言いようが無い。だからその幸運をもたらしてくれたハイネマンに、一時は深い感謝の気持ちを抱いた、と言うのに。


(許せない!)

 怒りを露わにするカイを、ハイネマンは冷静な眼差しで見返した。

 

「私達が関わっている事案は、かなり危険な代物だ。予想通りなら間違い無く一国家を相手取る事になる。お前の旅にも危険は付き纏うだろうが、それ程では無いだろう」

「そういう問題じゃない! 何故肝心な時に俺を外そうとする!?」

「神人の探索はお前がやってこそ意味がある事。寧ろやって貰わねばならない事だ。一方でこのまま私達と行動してもお前がいる意味は無い。手引きをした兵士の尋問なんぞ誰がやっても同じだ」

「そう言われて引き下がれると思うか!」


「ではお前一人で一体何が出来る? まさか国家相手に、その剣に頼るなどと言うのでは無かろうな?」

 ハイネマンは、眉根を寄せた険しい顔で詰め寄ったかと思えば、急に表情を緩め、気が変わった素振りを見せた。

「……いや、これも腕を見ておく良い機会か? ──よし、私を負かして見せろ。そうすれば考えてやらなくも無い」

 場所を何処か借りたい、とハイネマンが言うと、クロードは皆を隣の部屋に案内した。


 特に咎められ無いので帯剣したままだったカイは、すぐさまショートソードを抜いて構え、ついでに部屋の中を素早く見回した。長方形の部屋は天井が高く、調度品も少なめ。動き回るには適している。とは言え、室内での剣の打ち合いだ。左右の壁に寄り過ぎてしまうと取り回しが危うくなる。気を付けなければ。


 ハイネマンも傍に来た召使いからレイピアを受け取り、迎え撃つ態勢を執る。

「いつでも掛かって──」

 最後まで言い終わらないうちにカイが踏み込み、上段から渾身の力を込めた斬り下ろしの攻撃を繰り出した。

 その一撃を受け止めたハイネマンが、不敵な笑みを浮かべる。

「──なかなか良い心懸けだ」

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