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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第四章 失われた手記
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ロゼリアの手帳に書かれた歌の訳 題不明:



ある日天より四つの異形 彼の地に降り立つ

その力 神に似て神に(あら)

その姿 人に似て人に(あら)

人は呼ぶ 即ち神人(かみびと)


不老不死にして全知全能

その肉体を()って力を示さん

()れを欲するは抗い難き人の(さが)

羨望は切望に 切望は渇望に

欲心(よくしん)の許すまま血肉を求め戦とならん


()くして神人散り散りに

混沌の地に追われ来る


さればエンドゥカ砂に(ひそ)みて

千の仔を成し人に仇なす


水底に座するはパリヤケナン

憂い諦め何も語らず


偉大なるキルギロア 人に歩み寄り

白亜の王国にて我らを導く


最後に残りし無名の神人

全てを見通す天へ去る






「異形……神人?」

 手帳を見つめて呟くカイを横目に、クロードが語り始める。


「古来より人は、姿が定かでは無い、大いなる力の存在を神と呼んでいました。それらは環境に様々な変化をもたらす自然現象や、生命における誕生や死滅の概念、時には人の情念などからも生み出されて来ました。身近に感じるために擬人化はされていますが、実体を持たないと言うのが、神に対する一般の共通認識です。当然そこには血も肉も存在しません」


 半ばうっとりと目を細め、朗々と紡がれる言葉は、研究家としての冷静な分析を示す一方で、大いなるものへの深い感慨にも満ち(あふ)れていた。魔術を司る者は往々にして、人外の存在に対し、他者とは一線を(かく)す心情を抱くものだ。

 魔術師クロードの語りは続く。


「しかし歌の中の『異形』はどうでしょう? まるで神の様に不老不死で全知全能だと言うのに、肉体を有している、とある。力を渇望する者達も、神人の血肉を求めて争っていたようです。神に似た力があり、そして人と同じ肉体を持つもの。それが『異形』を神人と呼んだ理由なのでしょう」


「神であり、人でもある。だから両方を取って神人か……単純な名付け方だが、それ以外には考えられなかったのだろうな」

「……」

 言葉の意味を噛み締めて頷くハイネマンとは対照的に、カイは険しい表情で目を伏せる。そうしてますます、不吉な予感を募らせた。不老不死ではなくとも、その血だけで重い病や怪我を治す少女がいる。 


 今度はハイネマンが解説を買って出た。

「これはある集団が初代のアゼラ王に献上した歌だという」

 公の歴史書には、この集団について一切の記述も載っていない。国王が継承した内容もこの歌一つのみで、彼らが何処から来て、目的が何だったのかは全くの謎だと言う。


「陛下はかつて王妃殿下にこの歌をお教えになったそうだ。殿下がロゼリアに特命を与えられたのはそれが端を発している」

 どういう意図があるにせよ、王族の長子のみが継承を許されたものを教えて聞かせるのは、余程信頼できる相手という事だ。ロゼリアはかつて王妃の事を、先進的な視野と人道的な配慮を持ち合わせた傑物と言っていた。

 現に王妃自らが国王に働きかけ、国土整備や公共事業の基盤強化などを進めて行き、アゼラ国の発展に大きく貢献したのは事実だ。慈悲深い人柄で国民からの人気も非常に高い。

 その様な人物から、秘伝の歌の調査を任されたロゼリア自身もまた、優秀な学者として信用を得ていたのだ。


 ロゼリアは普段の研究で集めていた資料を調べ尽くし、各地の伝承や遺跡の碑文から、彼らがアゼラ国中──統合される前の地域も含めて──を巡り歩いて歌を伝えていた事を発見した。

 そうして彼女は、その集団を歌う国巡りの一族と名付けたのである。


「ロゼリアは歌を読み解き、推理した。この一節を見ろ」


 偉大なるキルギロア……白亜の王国にて我らを導く。


「国巡りの一族はもともと、神人のキルギロアが築いた国の民だった。しかし彼等は集団でアゼラの国土中を放浪している。自分達の国を離れ放浪したのは、誰かを探していたからではないか、というのだ」


 ロゼリアの手記によると、沿岸部に点在していた小国家の跡や山岳民族が暮らしていた高山地帯など、実に様々な所で、正体不明の流浪の民がその足跡を残している。

 共通しているのはかなりの人数であった事、そして必ず歌を歌っている事だった。

 ある所では『素晴らしい歌』。またある所では『恐ろしい歌』。どれも歌詞の内容は不明だが、歌を授けられている事だけ、言い伝えや古文書に残されているという。表現は違えども、それらは全て同じ歌だろう、と言うのがロゼリアの出した結論だ。

 なぜなら、国巡りの一族が現れたと思われる時代、各地で小規模の侵略行為や人狩り、果ては不自然な虐殺行為が頻発していたからである。これらは同一の歌を聴いた時の権力者達が、まるでその歌詞をなぞるように、ある存在を求めて起こしたものではないか、と考えられる。


 そして肝心の、探し人をしていたと推測する理由だが……。 

 アゼラ国北方の辺境に古びた祠があり、それは昔その土地を支配していた部族の名残なのだが、その祠には歌う国巡りの一族と思しき集団に関する、こんな言い伝えが残されている。


何処(いずこ)より参られ何処へと去るも、歌う人々、此処には()らぬと嘆くのみ。名を尋ねても分からず。姿形を尋ねても、姿は変わる、当てには出来ず、と。』


「名が分からない? キルギロアじゃないのか……?」

 一瞬、カイは探し人が彼等の王なのでは、と思った。しかし一族が自分達の王──キルギロアを探していたのなら、名前が分からない筈が無い。他の二人の神人にも名前があり、無名の者は天へ去ったとあるので違うだろう。

 では誰を探していたというのか?

「末裔だ」

 神人の。ハイネマンはカイの目を見つめ、そう付け足した。

 その言葉を聞いた途端、カイの背筋に冷たいものが走った。

 末裔……少し前に、似た様な言葉を聞いた。やはりあの少女だ。アンヌ。神の子孫と呼ばれていた、不老長寿の村の娘。

 そう言えばマティアス・クルーゾーがこう叫んでいた。

 『マトラナという神はいない!』と。マトラナと言う存在が、正確には神ではなく、神に似たものであったとすると……。


 しかしハイネマンは話の鉾先(ほこさき)を、想像もしない方向へと向けた。


「特命を受けてのち、ロゼリアはある村へと調査に赴いた。彼女が各地に残る歴史や言い伝えを調べていく中で、その村は成り立ちが他とは違う事に気付き、歌と関係があると判断したからだ。ロゼリアはその村を取り仕切る老女の家に滞在し……そして村人と共に姿を消した。私はこの失踪こそが、ロゼリアの説が正しいと言う証なのだと思う。セレノア村は正しく、歌う国巡りの一族が探していた神人の」

「何を言い出すんです?!」

 ハイネマンの言葉を、カイは思わず咎める様な口調で強引に断ち切った。そこには既に、取り繕った礼節など欠片も無い。


 どう言う事だ? 何故自分の村の話になる? あまりの事に理解が追いつかず、カイは激しく混乱した。

「納得がいかないか?」

 無礼に対し咎める事もなく、ハイネマンは不思議そうな表情でカイに問いかける。その態度にカイは一層混乱し、怒りさえ湧いてきた。


「何をいきなり……まさかセレノア村の住人が末裔だと!? 確かに心の会話──念話は特異なものだと自覚しています。しかしそれ以外は本当に何も無い、ただの普通の人間です。皆……皆一人残らず、善良で普通の、間違いなく人間でした!」

 悲壮とも言える訴えを聞いて、クロードが静かに口を開いた。

「無理も無いでしょう。当事者と言えど、ただ知らないというだけで、真実からは遥かに遠ざかるもの」

「真実? そんな……違う!」

 カイは強く首を振った。それから急に落ち着きを取り戻し、恐ろしいほど冷静な口調で反論した。

「末裔だなんてあり得ません。神人は不老不死なんですよね? あの村では俺も含めて、みんな普通に歳をとっていた。それにクロードさんの仰る通り、いなくなった者は全員死んでいる。この事が証明になるでしょう」


「確かに、その通りだな。だが私はロゼリアの考察を信じる。お前の村は神人と関わりがある筈だ。お前が見つけて来た覚書にもあっただろう。老女殿に考えを聞かせ協力を仰ぐと、認め受け入れたと」

「それだけでは決めつける根拠にすらなりませんね。……そんな事なら俺よりも確実に近い存在がいる」


 カイは先程見せた、マティアスが刻んだ文字の写し書きについて説明した。神の子孫と呼ばれていた不老長寿の人々、それを忌み嫌っていた高司祭、壁に刻まれた伝説の歌の一行目。

 ナディラ国にも歌う国巡りの一族が訪れていた。そして自らの血で怪我や病気を治す少女がいる。

「彼女なら神人の末裔であると言われても頷けます」

 ようやくこの事を話す時が来た、とカイは意気込んだ。かつて王妃が何を望んでロゼリアに調査を任せたのか想像がつく。神人の全能の力で、王子の危機を救って欲しかったのだろう。


『間に合うと良いのだけど』

 ロゼリアの呟きは、病に倒れた第二王子を案じたものだったのだ。そして王妃は再び奇跡による窮状の打開を望んでいる。

 この状況でアンヌの事を言わない手は無い。


「……生贄と思われていた娘か?」

 カイが監視されていた事は、既に暗黙の了解であった。カイにとっては寧ろ、話が早く済んで助かるぐらいだ。

「はい。早急に保護して下さい。もしこの事が悪人に知られれば……」

 アンヌは自分の能力を人々の救済に使おうとしている。しかし何も後ろ盾がないまま、その存在を公に晒すと無事では済まないだろう。彼女の国に頼ろうにも、残念ながら今のナディラ国王は、バルデラの傀儡である可能性が高い。バルデラは現在、アゼラと友好関係にあるとは言え、古くから侵略支配を繰り返して来た国である。

 彼女の存在をいち早く王妃に知らせてしまえば、王妃側も願ったり叶ったりで、手厚い庇護が期待できそうだ。


「安心しろ。既に手は打った。ブレガモット寺院は今、彼の使いの保護下にある」

 ハイネマンはクロードを見やり、力強く頷いた。

「……確かバネッサとか言う……?」

「そう。私の召使いだよ。我が下僕随一の能力を誇る者だから大丈夫」

 何故王城で保護させようとしない? カイは一抹の不安を感じた。

「その方一人で大丈夫なんですか?」

「不安に思う気持ちもわかるが、どうか私を信じて欲しい」


「……分かりました。お願いします」

 不承不承ではあるが、カイは大人しく頷いた。その横でハイネマンが溜息交じりに皮肉を漏らす。

「その調子でロゼリアの事も信じて貰いたいものだな」

「先程は大変失礼致しました。ロゼリア様(・・・・・)の事を貶めている訳ではありません。しかしながら、到底受け入れる事など出来ません。罰を与えると仰るなら、どうぞ何なりと」

 ハイネマンの皮肉にそう言い返してから、カイは姿勢を正し、丁寧なお辞儀をした。一見いつもの、行儀の良い仕草だが、その背後には噴出しそうな炎の熱が感じられた。理不尽に対する、覚悟を決めた上での抵抗であろう。


 表情と声に出る感情を、見事なまでに消し去ったカイを見て、ハイネマンはこの日何度目か分からない溜息をついた。

「落ち着け。別に罰するつもりなど無い」

 少し前の自分であったら、確かに激怒していたかも知れぬ。だがそれでは、物事は先に進まない。

 どうやら順番を間違えてしまった様だ。自分の身の上話から始めるべきだったのだ。歩み寄る努力をし、事情を知って貰わねば、得られる協力など無い。

 恐らく自分は、権力で全てを思い通りに出来ると信じている様な、ある意味で正しい貴族にはなれないのだろうと、ふと思った。


「しょうがないな……。ならば少しの間、私の身に起きた事を聞いて貰うとするか」

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