アルマ村1日目②
森へ入る小径は村の中と違って歩き易く、すんなりと足が進んだ。
森番の家
森番の家は一階建ての丸太小屋だった。単純な建物だが、その分とても頑丈に作られている。家の周囲には大量の薪が積まれていた。屋根にもしっかりとした暖炉用の煙突がある。夜や冬期の寒さにも十分対応していた様だ。
中に入ると正面の壁に暖炉があり、向かって右側には一人用のベッド、暖炉を挟んだ反対側には机と椅子がある。台所の設備は無かった。料理の煮炊きは全て暖炉で済ませていたと見え、粗末な鍋が暖炉の中の鉤針に引っ掛けられていた。 ベッド横の壁には斧、鎌、鉈、弓が掛けられている。弓筒は矢を一杯にした状態で弓の真下に置かれていた。
ベッドの手前には木の箱が置いてあり、中身は衣類だった。
机の上にはペンとインク壷。インクは乾いてしまっている。机に引き出しが付いているので開けようとしたが、鍵が掛かっている様だ。
カイは鍵を探した。椅子の裏側、暖炉の内側と鍋、衣類の箱と矢筒の中。 ベッドの下の隙間を覗いてやっと奥の方に小さな鍵らしき姿を見つけた。 外で手頃な小枝を拾い、鍵をどうにか手繰り寄せる。
鍵を開けた引き出しの中には一冊の日記が仕舞われていた。
“ケビン・ローランド”と書かれた表紙を捲る。
『新緑の月十五日 森が平和なのは獣達の暮らしが豊かな証拠だ。身近な場所で満腹であれば、彼等もわざわざ人間の住処へ近づくなんて面倒は避けるだろう』
『同月十九日 サイモンが来た。人の性だの業だの、何故そんな小難しい話をするのか? 医者という奴らはそういうものだと言われればそれまでだが』
『同月二十日 ブリックの所の子供達が遊びに来た。ケント、ベティ、ロン。皆元気な、いい子達だ。ケントが細工ナイフを手に入れて自慢そうだったので、研ぎ方を教えてやる。久し振りに楽しい時間が過ごせた』
『同月二十二日 ハワードと立ち話をした。新顔は今まで縁の無かった畑仕事に懸命の様子だ。ここに来る以前は教師をしていたと言う。何があったのか詮索する気は無いが、おそらく都会にいたであろう。その生活を捨てて今の人生を選んだ彼とその妻の幸せを祈らずにはいられない』
『同月月二十六日 珍しく旅人がこの道を通って来た。休める所はないかと尋ねられたのでジェラルドの家に案内する。あいつもやっと村長らしくなって来た』
『同月二十九日 客人はまだ滞在しているらしい。異国の話が皆の興味を引いてる様だ』
『青葉の月三日 サイモンが来てすぐに帰って行った。奴め、何を慌てている?』
日記はそこで終わっていた。
日記を閉じて机に置くと、カイは鞄から筆記用具を取り出した。都市で流通している、木の繊維で作られた小さな紙の数枚の綴りと細長い黒鉛で、日記上の人物を全て書き留めて行く。
ジェラルドは村長。サイモンは医者。ケント、ベティ、ロンはブリック家の三人の子供。そして名前の分からない、異国の話をする旅人。
しかしこの小さな村に医者までいたとは驚きだった。カイのいた村では産婆しかおらず、多少の怪我や病気は各家庭が近くの森から採って来た薬草で治していただけだ。そんな事を考えながら名前を書き終えたカイは、机の板がざらざらしている事に気付いた。所々にナイフの傷がある。癖の強いへたくそな文字で文章が彫られている様だ。
(いちばん……どりの……)
一番鶏の声のもと 六歩下がれ!世界のへそへ 十歩進め!朝日に背を向け
だれにも見られるな ケント
この名前がケント・ブリックの物だとすると、彼は一体何の謎掛けをしたのだろうか? 特徴的な文字を見つめながらカイはそう考えた。
カイは謎の言葉を書き留めると、ふと思いついた様にもう一枚無地の紙を出して名前に重ねて置き、上から黒鉛で擦って形を写した。