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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第二章 邪教徒と生け贄の少女
52/101

潜入 礼拝堂

 隠し戸の向こうは礼拝堂だった。

 潜入してすぐに見た拝殿が縦に奥行きのある形だったのに対し、この礼拝堂はほぼ真四角になっている。規模も拝殿に比べればかなり小さい。

 礼拝堂の四隅には円筒形の石で出来た台座が設置されており、その上に大きな燭台が置かれ、蝋燭の火が灯されている。蝋燭は各燭台にそれぞれ五本ずつ立てられていた。

 

 部屋の奥に置かれた祭壇の上には、木で出来た像が立っている。 

 木の像はバファニールとは違う人形(ひとがた)で、ガウンの様な物を着た髪の長い女性の姿に彫られていた。その顔は美しいが冷たく厳しい表情をしており、両の目には赤い色の石が嵌め込まれている。女性像の頭には蔦の様な植物がサークレットの如く巻かれており、そこから伸びた太い蔓が何十本も垂れ下がっている。垂れ下がった蔓の束は、女性像の後頭部から背中にかけてを包む様に覆っているようだ。

 

 室内を見回しているうちに、背後で隠し戸が閉まった。それと連動する様に、右側の手前にある燭台が僅かに音を立てたのを、カイは聞き逃さなかった。 

 床にランタンを置いて、隠し戸の動きに反応した燭台を調べる。

 燭台には中心と、その両脇から二本ずつ伸びる枝と呼ばれる部分の先に、それぞれ蝋燭が立てられている。カイはがっしりとした金属の枝を掴み、揺すってみた。その結果、燭台は石の台座と繋がっている事が解った。そうなると仕掛けは単純かもしれない。

 カイは枝を利用し、(しもべ)の像と同じく台座を回す様に動かしてみた。すると思った通り、閉まっていた隠し戸が開いた。燭台から手を離すと台座はゆっくりと戻り、時間差で隠し戸が再び閉じる。どうやら開けたままにしておく事は出来ない様だ。

 しかしこれで脱出時に、礼拝堂の外へ出られず窮地に陥る心配は無くなった。

 急いで燭台から離れ、目的の部屋へ続く扉の類いを探す。しかし左右の壁には何も見当たらない。

 物陰に何かあるかもしれないと思い、祭壇に近づくと、


『貴方の言葉を聞かせなさい』

 

 と言う声が女性像から響いた。

 

「……尊き血脈の御加護を」

 カイは咄嗟に僧侶達の会話で聞いた言葉を口にした。この言葉には、バファニールへの信仰とは違うものを感じたからだ。『貴方の言葉を』という言い回しも会話の中に出て来たので、関係がありそうだ。

 勿論、これが合い言葉でなかった場合の事も考える。

 罠が作動するか、侵入者の知らせが僧侶達に伝わるか。カイはこれから起こる事態に備えて、注意深く身構えた。

 

 不意に風切り音がした。

 

 視線を上げた。

 そして予想外のものを見た。


 頭上から一本の蔓が襲いかかって来る!

 

 身を引くも間に合わず、鞭の様に強烈な一撃が胴体に当たり、カイは隠し戸まで吹っ飛んだ。そのまま壁に背中を打ち付け、ずり落ちる様に床に膝と手をつき、激しく咳き込む。そこにまた蔓が勢い良く襲って来た。一瞬だけ息を止め、横に転がり辛うじて(かわ)す。  


 カイは壁に手を付き、懸命に呼吸を整えながら立ち上がると、蔓植物から目を離さないまま胸の辺りに手をやった。痛みはあるが、幸い骨に異常は無いようだ。ただ僧侶の服が胸元から裂けてしまった。

 カイは僧侶服のフードを後ろに撥ね除けると、裂け目に手を掛けて上からそのまま脱ぎ捨てた。これで武器も取り出し易くなり一層動き易くなる。ここに入る前に脱いでおけばもっと良かったのかもしれないが、予想の付かない事はしょうがない。


 そうしているうちにまた一本、蔓の鞭がカイを襲って来た。先端を縦に叩きつけて来る動きを見切り、ぎりぎりで体一つ分横に移動して攻撃を避ける。知能は殆ど無いらしく、一度攻撃を躱されると蔓は大人しく引き下がって行った。横に薙ぎ払う攻撃が来なければ、このやりかたで躱し続ける事が出来そうだ。

 カイは攻撃を避けながら蔓の様子を観察した。

 

 攻撃して来る蔓は、全て女性像の背中から伸びている物で間違いない。女性像の背後では、幾本もの蔓がざわざわと蠢いていた。どういった仕組みで植物を動かし、攻撃させているのかは全く分からない。分かるのは蔓が女性像から伸びている、という事だけだ。

 女性像は目を真っ赤に光らせて、侵入者であるカイを見下ろしている。あの像が植物を操る本体ならば、何処かを壊せば蔓の動きが止まるだろうか?

 主に番人として作られるゴーレムは、体の何処かに機能を停止させる手段が隠されていると聞くが、これが同じ仕組みで成り立っている物かどうかも分からない。

 

 女性像には赤い目以外、仕掛けの装置や魔法の文字らしきものは見当たらない。明らかにあの目が怪しい。光っているという事は、魔力がそこに宿っている証しとも考えられる。

 カイは試しに投げナイフをその赤い目に向けて投げてみる事にした。この手投げ武器を養父の店で手に入れた後、デメイへ行く途中の宿泊地やピッテルムの宿に泊まる度、宿部屋で投げる練習をしてきた。真正面の位置から天井に届くぐらいの高所まで何度も練習した。この距離ならば的を外さない自信はある。

 

 正面にわざと出て蔓を引きつけ、攻撃をかわした瞬間にナイフを投げた。

 手首のしなりを利かせて放たれた一投は、回転しながら鋭く飛んで行き、像の左目に当たった。ナイフを投げた瞬間に横から襲って来た蔓の一本を避けきれず、頭部に一撃を喰らいそうになったが、蔓は像の左目が貫かれた直後に動きを鈍らせた。その御陰でスレスレのところでしゃがんで避ける事が出来、頭部を強打されずに済んだ。

 

 手応えはあった。カイは新たなナイフを手にもう一つの目を狙う。

 ふと突然、蔓がだらんと弱々しくなり、女性像の頭上で一塊に集まって動きを止めた。その様子を好機と見たが、同時に背中を悪寒が走り抜けた。嫌な予感がする。

 勘に従って後ろに下がったその瞬間、蔓が束になって降り注いだ。カイがさっきまで立っていた場所を完全に覆い尽くし、何かを掴み、捏ね潰す様な動きを見せた後で像の背後に戻って行く。あのまま像の右目にナイフを投げていたら、今頃蔓に捕まって肉塊になっていたかもしれない。

 

 カイは冷や汗を拭いナイフをベルトのホルダーに戻すと、素早く床に目を走らせ、さっき置いたランタンの位置を確認した。蔓の束は再び塊になって蠢いている。

 カイはランタンに駆け寄ってそれを拾い上げ、軽く揺すった。油は十分入っているようだ。再び像の前に進み出て、蔓の塊を見て足を止める。

 猛烈な勢いで蔓の束が襲いかかって来た。

 カイは一歩後ろに下がり、攻撃を避けざま渾身の力でランタンを叩き付けた。

 ランタンの火が油によって燃え移り、蔓の束の動きが一瞬止まる。その隙にカイは前方へ躍り出てナイフを投げつけた。

 

 女性像の赤い右目にナイフが当たった。

 両目にナイフが刺さった姿で、像は何かが割れた音を響かせる。その途端、植物の蔓達は脱力した様に床の上に散乱した。

 カイは火のついた蔓を足で踏んで消火し、像に近寄ってナイフを回収すると、祭壇の裏側を覗き込んだ。

 祭壇の下に落とし戸がある。開けてみると、下へ続く階段が現れた。

 カイは隅に置かれた燭台から蝋燭を一本取って、階段を下りて行った。





 少女は穏やかな気持ちで彼等と向き合っていた。

 目の前には十人程の僧侶達がフードを外して立っている。

 全員の手に小さなナイフが握られていた。

 少女はそれを当たり前の様に見ていた。そんな風になったのはいつからだったのか……少女はよく覚えていない。とても昔の事の様であり、ほんの少し前の事の様でもある。ただそんな事はどうでも良かった。

 少女に残る恐ろしい記憶は薄れ、幸せな気持ちだけが胸を暖めている。

 何かを忘れている気もするが、今はこの場の空気に浸っていたかった。

 そう思い、少女は目を閉じる。

 薄らと微笑みながら。



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